31話 愚弟とバカな魔族を嵌める
数日後。全ての用意が整った状態で、ローランたちは命令に従い出陣していた。
すぐ後ろにはルウ・ル・クローゼーと、その配下である騎士団たち。魔族エンギーユの姿は見えない。
また同じ失敗をさせぬようにと、ルウたちは身近で見張る心づもりらしい。
しかし、そんなことは全て見透かされている。
元々、ローランが危惧していたのは、弟のルウやクローゼー家が誰と通じていたかである。他国に情報を流していると予想していたのだが、実際はそれ以上に悪い相手、魔族と通じていた。
協力者たちも、クローゼー家と何者かの繋がりを見つけることができず困っていたが、それが魔族だと分かってしまえば、どう動くのかを調べるのは難しくない。
どこに向かっているのか。どういった作戦なのか。
ルウは隠しているつもりだったが、ローランたちは全ての情報を得ていた。
主戦場では、魔王の幹部である六魔将が戦場に姿を現したと騒ぎになっている。ルウたちはそこから離れ、横を突く動きを取ろうとしていた。
六魔将と話が済んでおり、手傷を負わせるのか。はたまた、その副将辺りに深手を負わせるのか。ローランになにかしらの功績を積ませる謀略があることをすでに知っていた。
しばし進むと、崖際の開けた空間へ辿り着く。
ローランは足を止め、アリーヌに斥候を頼んだ。
「兄上。斥候などは必要ありませんよ」
「戦場では何が起きるか分からない。常に情報は必要だ」
「やれやれ。まぁ、いいですけどね」
敵などいないと知っていたルウがこの案を受けたのは、単純に自分が疲弊していたからだ。運動不足がたたり、彼の足はすでに痛みを訴えていた。
ルウは椅子へと腰掛け、休憩を始める。こういったときのために、配下に椅子を背負わせ、運ばせていた。
部下たちの怠慢もひどい。誰も周囲の警戒などはせず、ダラダラと井戸端会議をしている。
木々の奥でチカッとなにかが光った。それを合図に、ローランは行動を開始した。
「おい、ルウ」
「ルウ・ル・クローゼー様でしょ。何か用ですか? 今、休んでいるのが見て分かりません?」
「気が変わった。お前を拿捕して突き出す」
「……はぁ?」
ルウが驚くのも当然だろう。
今、この場にはローランとマーシーしかいない。戦力の要である、アリーヌは斥候として送り出してしまった。
対して、ルウは数十人の騎士を率いている。戦えば、どちらが勝つかなど考えるまでもない。
「頭でも打ったのですか? ……もしかして、あの小生意気な女と、そこの小姓に手を出そうとしたことに怒ったんですか? なにもしなかったんだからいいでしょう。素直に従ってください」
今は疲労を優先させたいと、事態を軽んじているルウに、ローランはハッキリと告げた。
「よく分かっているじゃないか。愚弟に仲間を傷つけられたことが許せない。兄として、その性根を叩き直してやろう」
「……あぁ、そうですか。エンギーユ!」
「あいよ、聞こえてたぜ」
崖上からエンギーユが姿を見せる。すでに上空へ水の魔法を展開しており、いつでも打ち下ろせる状態となっていた。
「とりあえず、元聖女の手足を一本ずつ」
「――バカが」
ローランが手を上げると同時に、エンギーユの姿が炎に包まれた。
崖上には事前に仕掛けられた魔法陣により、炎の球体による結界が生じていた。
エンギーユは呆れた様子で言う。
「おいおい、あの女に結界を張らせたのはいいが、相性差を忘れたのか? それに、維持したままオレに勝てるとでも?」
「それはそう。1対1で勝つのは難しいと思う」
炎の球体の中へ、姿を現したのはアリーヌ。
その両方の手には、すでに魔剣が握られていた。
「じゃあ、時間稼ぎってわけか。お前が死ぬより早く、弟を捕えようってか? たった2人で? 無理だろ! ギャハハハハハハハハッ!」
エンギーユが腹を抱えて笑っていると、そこへ数本の炎の槍が襲い掛かった。
しかし、エンギーユが手を振れば水の魔法が生じ、全ての攻撃を霧散させる。
「面倒だからもう殺すぜ」
意趣返しのつもりだろう。エンギーユは無数の水の槍を展開させる。
だが、それはすぐに霧散した。
「……あ?」
なにが起きたのか分かっておらず、エンギーユは目を瞬かせる。
アリーヌの後ろには、いつの間にか1人の男が立っていた。
「前もって言った通りだが、私は援護しかできない。しかし、特殊な結界で君の力は増幅されている。あの程度の相手ならばどうにかなるな?」
「クルト・エドゥーラ? てめぇ、死んだはずじゃ……」
エンギーユの顔に焦りが浮かぶ。
クルトの実力は一等級冒険者に比類する。そして、アリーヌ・アルヌールは言うまでもなく一等級冒険者。一等級冒険者が2人となれば、必然的にエンギーユの勝算も低くなる。
しかし、まだ2人だ。悪く見ても五分と判断したのだろう。エンギーユは水の魔法を展開させるべく、魔力を練り始めた。
「……?」
エンギーユは困惑の表情を浮かべた。なぜか、うまく魔力が練れない。
その理由を理解している唯一の人物であるアリーヌは、まず右手の魔剣を掲げた。
「炎の魔剣イグニス」
刀身に赤い紋の入っているイグニスは、その名の通りに持ち主の炎の力を強化する。効果の強さに差はあるが、決して珍しい効果ではない。
問題はもう一本だ。
アリーヌは左手の魔剣を掲げる。
「魔剣ラアナ」
漆黒の剣には、対象とした相手の魔力を吸収し、自身の力へと変換するだけでなく、その魔力をかき乱すという強力な効果があった。
直接効果を受けているエンギーユは、自身の魔力を奪われていることに気づいている。だが、エンギーユが驚いているのは、なによりもその効果だ。
相手の魔力を乱し、吸収する。それは、先代の魔王の使っていた、冥の魔剣マレディクシオンに備わっていた力の一つであった。
「あり得ねぇ! なんで人間に、その剣が使えやがる!」
アリーヌは目を瞬かせた。その焦りも、意味も、理解できていないからである。
彼女にとって、これは物心ついたときから所持していた魔剣だ。他の誰にでも使えると思っているし、だからこそ1度はローランに預けていたこともあった。
だから、分からない。分からないから、彼女は気にしないことにした。
「さ、やろっか。魔剣は解放したし、1人じゃ勝てないから2人にした。準備は整ったからね」
「質問に答えやがれ!」
「そんなこと言われても、知らないもんは分からないでしょ。正直、どうでもいいし」
エンギーユは唖然としていたが、彼女の言葉に嘘はない。
今、彼女の胸の内にあるのは、「君にしか頼めない」とローランに言われたこと。
強さを信じ、準備を整え、任せてもらったのだ。エンギーユを打倒すること以外の全てが、今の彼女にとっては雑音だった。
もう不甲斐ない姿は見せない。その期待に応えてみせる。
アリーヌは決意を2本の魔剣に籠め、魔族エンギーユとの戦闘を開始した。
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