閑話 約束への信頼
ローランが勇者の替え玉として旅立ってから三ヶ月後。
ドゥークは頼まれた通りの期間を空け、王立騎士学院を訪ねていた。
これだけの期間を空けたのは、アリーヌが追って来ることを、ローランが危惧してのことだ。恐らくその予想は当たっており、正しい判断だったと言える。
近衛騎士に呼び出されたアリーヌはただ困惑していた。実力では引けを取らずとも、今はただの一学生に過ぎない。近衛騎士に呼び出されるようなことをしでかしたのかと、慌てるのも当然のことだった。
立場のある人物を招いた時に使われる、貴賓室にアリーヌは呼び出される。
その姿を見た瞬間にドゥークは立ち上がり、胸に手を当て、小さく頭を下げた。
「ドゥークと申します。突然のお呼び立て申し訳ありません」
なにかあったのではと思っていたアリーヌは、頭を下げられるとは思っておらず、さらに混乱を深くする。慌てているアリーヌを座らせ、ドゥークは話を始めた。
「まず、こちらを」
机に置かれた箱の中身は金銭。アリーヌが貸したものに、パラネスが勝手に色をつけたことで、量がかなり増やされたものだ。
覚えのない金銭にアリーヌは目を瞬かせたが、1つの答えに辿り着き、その箱を押し返した。
「いくら渡されても、騎士学院を辞めるつもりはありません。わたしは、騎士になりたいんです」
誤解されていることに気づいたドゥークは、最初にすべきだった説明を、今さらながらに口にした。
「こちらはローラン様から預かったものです」
「ローランから? え? なんで? どうやって稼いだんですか?」
彼の性格を考えれば、増やして返す可能性はある。しかし、どのようにすれば、この短期間で稼ぎ、さらには近衛騎士に届けさせられるのか。まるで想像もつかなかった。
ドゥークは事前に用意していた理由を、アリーヌへと語る。
「実はローラン様に助けられ、お礼にと金銭を渡そうとしました。そうしましたら、アリーヌ・アルヌール様に届けてくれないかと頼まれ、その通りにさせていただきました」
理屈は分かる。だが、なにかがおかしい。アリーヌは首を傾げる。
「あの、他にはなにも言ってませんでしたか?」
「……約束は守れそうにない、とお伝えするように頼まれました」
この言葉を聞いた瞬間、一等級冒険者にまで上り詰めたアリーヌの直感が警報を鳴らし始めた。
ローラン・ル・クローゼーはアリーヌ・アルヌールを嫌っている。
そして、嫌いな相手と取り交わした約束を、後になって守れそうにないなどと伝えることはあり得ない。
異常事態だ。なにかがある。受け取ってしまえば、もうローランには会えないかもしれない、と。
立ち上がったアリーヌは、腰元の剣に触れる。攻撃するつもりはない。だが、返答によってはいつでも抜くと、近衛騎士であるドゥークに取るべきではない行動を、躊躇わずに選んでいた。
「ローランに会わせてください」
「それはできません」
「彼は無事ですか」
「はい、ご無事です」
「今はですか? それとも、今後もですか?」
ドゥークは言葉に詰まる。決して気圧されているわけではない。ただ、ここまでの問いかけをされると思っておらず、どう答えるべきかの判断に惑っていた。
そして、その惑いをアリーヌは見逃さなかった。
「ローランに会いに行きます」
話は終わりだと、ドゥークに背を向け部屋を出ようとする。
彼女は一等級冒険者だ。その人脈を駆使すれば、いずれローランの元へ辿り着いてしまう。
ドゥークは自分の失敗を認め、苦い顔をしながらアリーヌを呼び止める。
「お待ちください」
「ローランはどこですか」
「それは……」
「なら、話すことはありません」
力づくで止めることはできるかもしれない。だが、誠意ある対応をしたいと考えていたドゥークは、これ以上は自分では無理だと判断し、小さく息を吐いた。
「自分からはなにも申し上げられませんが、その権限を持つ人の元へご案内いたします」
「その人ならローランの場所を教えられるんですね?」
「分かりません。納得してもらえる説明が受けられる保証もありません。しかし、その方にお会いしていただけませんか?」
ドゥークにとっては最大限の譲歩。己の失態を全て受け入れ、自分の立場を失うことも覚悟した上での回答だった。
フッとアリーヌの発していた圧が消える。
どうすべきか、どちらのほうが早いかを冷静に判断し、アリーヌは頭を下げた。
「案内をよろしくお願いします」
ドゥークは苦々しい顔で、小さく首肯するしかなかった。
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