50-3(第二十四番 第一幕 第五場)
悪魔
「何をやってるんだ! あの若造共は! ああ? 何を握手なんぞ! ふざけるな! もっと怒れよ! 争えよ! 今までさんざ憎しみ合ってきたんだろう! はいそうですか、で仲良くなんかなれるのか!」
悪魔、群集の周りを駆け回る。
悪魔
「なんだ、なんだ、お前らも! 何をしんみりしてるんだ? 怒れよ! 心の炉に薪を焚べるんだよ! 口を動かせ、罵るんだよ! 手を動かせ、殴り合うんだよ!」
キャピュレット
「ジュリエット、俺は、お前を失いたくない。お前に口うるさく言ってはきたが、これは、それ以上の絶対だ」
ジュリエット
「ええ、お父様、信じています」
夫人
「ジュリエット、教えていない道のりを歩んでいくことは、大変な恐怖を伴うもの、それは分かっていて?」
ジュリエット
「ええ、お母様、分かっています。彼と一緒に、これからその地図を描いていくんです。お父様も、お母様も、どうかそのお手伝いを……」
モンタギュー
「ロミオ、お前の本当の気持ちがそれなんだな? 私がお前を守れる範囲は限られている。どこで誰に石を投げられようとも、構わないんだな?」
ロミオ
「ええ、父さん、そんなことは覚悟の上です」
モンタギュー夫人
「ロミオ、婚姻を取り結べば、死ぬまでその誓いを守らないといけません。誰かに何かを言われようとも、絶対に道を違ってはいけません」
ロミオ
「ええ、母さん、そんなことは百も承知です。これから先、目指すべき未来は分かっています。願わくば、父さん、母さんと、その日を見たいと思います」
悪魔
「なんだ? なんだ? なんだ? おい、まさか承諾したのか! あの馬鹿息子、馬鹿娘の結婚を、あの親どもが、認めたと言うのか! 嘘だろう! 頼む、嘘だと言ってくれ! いや、まだだ。まだ、時間はある、そう、実際の式を挙げるまでの時間が。
はは、そうさ、簡単なことだ。結婚の儀を執り行うまでに、どうせ両家は再び争うはずだ。憎しみ合うはずだ。それで全て、おじゃんになるはずだ」
広間の大扉が開き、パリス伯爵が入ってくる。
パリス
「争いの火種は、どうなりました?」
ジュリエット
「パリス伯爵、あなた今までどちらへ?」
パリス
「ちょっと外へ人を呼びに。だけどまあ、広間を見渡せば、火事になった様子は見られませんね。ジュリエット嬢、あなたは上手くやったようですね?」
ジュリエット
「いいえ、これからです。これからが本番なのです」
パリス
「ですが、河を渡るには、最初の一漕ぎが一番大変なのですよ。さて、このパリス、我が大公が成し得なかった両家の和解に、ひとつお力添えをさせていただきたい。さあ、ロレンス神父、こちらへ!」
ロレンス、広間に入場。
ロミオ
「神父様! 何故こちらへ?」
ロレンス
「何故も何も、パリス伯爵に急いでくるよう連れてこられて……聞けば、どうやらお前たち、結婚をするそうだな」
ジュリエット
「ええ、そうです。今しがた、我々の両親も承諾を……」
ロレンス
「(笑い声)ははあ、確かに伯爵の言った通りだ。きっとそうなるだろうと、彼も言っていた。そうか、お前たち、やったのだな! キャピュレット氏、モンタギュー氏、あなた方のご英断、この神の手先、ロレンス、しかと見届けさせていただき、その役割を全うしたいと存じます」
悪魔
「ふ、ざ、け、る、な! 俺はもう、頭に来たぞ! 何故ここに神父がいる! 争え! 争うんだ! ここは地獄の写絵だっただろう! ロレンスなんかが来るような場所じゃあなかっただろう!」
悪魔、群衆の周りを駆け巡る。
悪魔
「憎いはずだ! きっと憎いはずだ! 思い出せ! 憎かったことを! 思い出すんだよ! 相手を罵ること! 殴り付けること! その気持ちよかったことを、思い出すんだ!」
キャピュレット夫人「これまでご挨拶をしてこなかったことを、お詫びいたします」
モンタギュー夫人「いいえ、こちらこそ、本当に多大なるご迷惑をお掛けして……」
二人、握手をする。
悪魔「やめろ! 握手なんざするんじゃない!」
モンタギューの家臣たち、キャピュレットの家臣たち、武器を捨て、互いの手を取り合う。
悪魔「いられない! こんな場所にはいられない! ここはどこだ? 憎しみ渦巻く街、ヴェローナじゃないのか! ああ! 苦しい!」
キャピュレット
「今日は二人の子の祝いの日となる。酒も食べ物もある。どうか、もてなしを受けてはくれまいか」
モンタギュー
「剣を持って、この家に上がった非礼をまず詫びよう。して、この祝いの日が嘘偽りのない、和解の記念碑になることを祈ろう」
二人、握手する。
悪魔
「ああ! ああ! もう、やめてくれ! 頼む、やめてくれ!」
悪魔、広間を駆け回る。
悪魔
「どこに! どこにいけばいいのだ、俺は!」
ロミオ
「さあ、手を」
マーキューシオ
「ロミオ、俺は、不安だよ。今晩、毛布に入り、明日の朝に目覚めれば、きっと再び憎しみを抱いているに違いない」
ベンヴォーリオ
「僕もだ、ロミオ。頭では分かっていても、心は正直だ。今まで憎んできた相手を、明日や明後日、これから先もずっと、笑って許せるか、自信がない」
ジュリエット
「今はそれで結構です。今この瞬間だけでも、互いを許し合えたのなら、それはきっとまた訪れます」
ロミオ
「この薄氷のような和解がいずれ壊れそうになった時は、僕とジュリエットがいる、きっとまた一緒に取り結ぼう」
ティボルト
「夢見がちだな、お前たちは。その先に一体何があるんだ? 俺らにあるのはこの剣だけだ。これを捨てて、俺たちに何が出来るって言うんだ」
ロミオ
「反対だろう。これまでは剣しかなかったんだ。これからはきっと何でも出来るさ」
ティボルト
「(笑い声)今までだって、困ったことはなかったぜ?」
ロミオ
「でも少なくとも、今後、夜道に後ろを気にする必要はなくなる」
ティボルト
「夜が自由になるのか。しかし、俺らの手に負える代物かね、その自由って奴は」
ジュリエット
「いずれ上手く使えるようになるでしょう」
ティボルト
「お前はせっかくの安全な籠を出てしまったんだな」
ジュリエット
「いずれ望まずとも人は、巣立ちます。雛鳥のままでは空は飛べないでしょう。さあ、手を」
ティボルト、手を差し出す。
マーキューシオ、ベンヴォーリオ、手を差し出す。
三人で固く握手をする。
悪魔
「ああ、もうダメだ、耐えられない。身が引き裂かれそうだ」
悪魔、広間の出口へと向かう。
ロレンス
「さあ、ロミオ、ジュリエット、こちらへ来るのだ」
ジュリエット
「神父様、少しだけお待ちになって。
(悪魔を追いかけて)悪魔、悪魔、あなたには大変感謝をしています。それだけは本当の気持ち。あなたの真意が両家の憎しみにあったんだとしても、私にやり直しの機会を与えてくれたことは事実。そのお陰で、私は愛する人と今度こそ本当に一緒になれる」
悪魔
「どこかに駆け落ちをしたって、一緒にはなれたはずだ。二人で死んだって、その魂は一緒になれたはずだ。何もこんなことをしなくたって、良かったはずだ。お前だけで幸せになることも出来たはずだったのだ」
ジュリエット
「でも、それだけじゃダメだった。逃げ出した先にだって、醜い争いがあった。過去でも未来でも、ずっとずっと人々が争い続けていた」
悪魔
「だから? だからお前さんが、両家の和解に尽力したって言うのか?」
ジュリエット
「そんなに大層なものじゃない。でも、どうせなら私だけが幸せになるのではなく、ロミオと一緒になって、それからお父様とお母様に、乳母に、神父様に、ティボルトに、ロミオの友人に、そしてヴェローナの街に、祝福してほしいと、そう願ったの」
悪魔
「その結果がこれだ。俺の居場所は無くなった」
ジュリエット
「ごめんなさい」
悪魔
「謝ることはない。俺はお前のそばに、いすぎたのだ。お前のことを面白い見ものだと思って、居続けてしまったのが良くなかったのだ」
ジュリエット
「どうせなら、最後まで見ていってちょうだいよ」
悪魔
「無理だ。ほら見ろ、もう夜が明ける。向こうへ行け。神父が呼んでいるぞ」
ジュリエット
「本当にありがとう、そして、さようなら」
ジュリエット、悪魔のそばを離れる。
床に散らばる仮面と武器
天と地を繋ぐ美しい奏楽
人々が幾重にも円を描き
手を取って紡がれる寿ぎ
婚姻の秘蹟
聖なる誓い
天に捧げられた口付け
花が舞い陽に抱かれる
ヴェローナ初めての朝
永遠(とわ)に二人が結ばれる
以上が、ロミオとジュリエットの物語。
(悪魔、退場。その悪魔の名は『分断』)
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