ろくろ首の六道さん

榎木扇海

第1話 隣の席の六道さん

 それは唐突な衝撃だった。


 隣の席の美少女、六道りくどうさんはお昼直後の数学の時間、この殺人的な暑さにやられたのか、はたまた殺人的な授業のつまらなさにやられたのか、こくりこくりと揺れていた。

 彼女の幸せそうな寝顔に触発されたのか、こっちまで眠くなって大きくあくびをした。その瞬間、


ごとっ


「え」

首が、落ちた。―――違う、伸びた。

 長いストレートヘアに隠されてはいるが、彼女のりんとした背筋と、机に突っ伏した頭をつないでいるのは、間違いなくあの白い首だ。


 僕の困惑のつぶやきはどうやらボリュームを見誤ったらしく、静かな数学の時間、先生含めすべての目が最後列の座席に向かった。

 その視線に気づいて、僕は半ば本能的に、彼女のこの首は隠さなくちゃいけないと思った。

「りっ、六道さ…!(超小声)」

急いで腕を伸ばしたとき、すでに彼女の頭は元あるべき場所に収まっていた。

「へっ!?」

また僕の大きな一言だけが教室に響く。皆の視線はザッと一気に僕を捉え、六道さんもその丸い目をこちらに向けていた。

 最近頭が寂しくなってきた数学教師が、忌々しげに僕を睨んだ。

「どうした、さっきから騒ぎ立てて。なにかわからないことでもあったのか」

僕は、本当のことを言うわけにもいかず、慌てて「すみません!さっきの問題がイマイチわからなくて!」と早口で答えた。

 すると、先生の目は突然暗くなり、声色がぐっと優しくなった。

「おまえ…さっきの問題は二ケタの掛け算をするだけなんだが…」

おもっくそ恥をかいた。


 赤面して席に着いた僕は、今だ拭えぬ視線に気づいて隣を向いた。

 六道さんと目が合った。僕は黙ったまま、そっと顔をそらそうとした。

 しかし彼女は、それを咎めるようにぼそりと言った。

「…見た?」

僕はすぐに答えられなかった。彼女の大きな瞳は、僕の感情の乱れは見逃すまいと爛々としていた。

「何を…?」

なんとか絞り出すと、彼女はそっと目を細め、小さな唇を噛んだ。

 その暗い表情かおに、傷つけたかと思って慌てて体を傾けて近づこうとしたとき、彼女のほうが僕のネクタイをひっつかんだ。

 そのまま前に倒れ込むような形で、彼女の椅子で体を支える。すると目の前にふわりと、黒い綺麗な髪が流れた。

「ありがとう」

小さなその声が、直接届いて僕の耳を爆発させた。




 六道りくどうよい。長いまつげと大きな瞳と艶やかな黒髪、そのすべてを併せ持つ絶世の美少女である。

 クラス全員と幅広く仲が良く、成績優秀で先生からの評価も高い。

 いわゆる完璧美少女、高嶺の花。

 そんな彼女は、どうやら首が伸びるらしい。

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