第48話図書館の思い出

 今、NHK+で「又吉直樹の図書館探訪」というドキュメンタリーを見た。そこでふと、図書館についての思い出を書きたくなった。

 20代半ば、私はフリーターをしていて、ちょっと生活に行き詰まった時がある。収入面もそうだが、精神的に行き詰まった。この先、どうしようかと思い悩んだ。

 そこで、バイトを辞め、今までの貯金を使い、一年だけ自由に生活しようと思った。そう、完全に自由。働かず、好きなことをしてみようと思った。期限は一年間、それだけは守ろうと思った。

 独り暮らしのアパートで自炊しながら隣町の大きな図書館に通って好きな本を読む。これは本当に楽しかった。オニギリを作っていって、お昼になると、図書館の近くの公園で、独りで食べる。ちょっとさみしかったが、ああ、これが自由かと、とても伸びやかな気持ちになったのを覚えている。

 図書館でのお気に入りは、司馬遼太郎。この人の著作は本当に若い頃の私の魂に灯をともしてくれた。

 今でも思い出すのは司馬遼太郎著、「項羽と劉邦」に出てくる、将軍韓信の逸話。「韓信の股くぐり」で有名な人だ。

 紀元前の中国、秦の始皇帝が死んだあと、世は乱れ、その中でも項羽と劉邦という二人の人物の勢力がぶつかり合っていた。

 韓信は身一つで劉邦の陣営に赴き、いきなり劉邦に世界情勢を説き、自分を大将軍にしてほしいと言う。劉邦の側近が韓信の尋常でないことに気づき、韓信を将軍にすることを勧め、見事韓信は浪人風情から一気に将軍となる。

 それからは韓信、一気に本領発揮。劣勢な劉邦軍にあって、独りだけ常勝将軍となる。

ちなみに「背水の陣」という語源になる戦いをこの人はやった。わざと味方を不利な地形で戦わせ、戦意を奮い立たせて、逆転勝利した戦い。

 この韓信の立身出世に若い頃の私は感動した。同じ場面を何回も読み、自分の気を奮い立たせる。そのおかげで、今の私があるといってもいい。

 図書館での一年間、そうして様々な知識を身につけると、会社に共通して必要なのは財務の知識だと思い至る。そこで、図書館で簿記の勉強をちょっとやりつつ、職業訓練校に入る受験勉強を始めた。

 学のない私は一から勉強しなければならなかったが、それはそれで楽しいことだった。職業訓練校の勉強は中学卒業レベルの数学と国語。そんなに難しくはないが、ほとんど満点を取らねば合格しない。図書館に通いつつ、楽しみながら勉強した。

 そのかいあって、訓練校に合格。そこで正式な簿記の資格をとって、就職活動をし、20代後半でやっと正社員として働くことになった。

 私の人生は成功したとはとても言えないものだが、この一年間の図書館通いは私にとっての1番の大切な転機だった。

 人間、自由な時間を持ち、自由な環境で、自由な勉強をすることほど大切なものはない。

 今の学生さん達には是非とも自由に楽しく学んでほしい。楽しく学ぶということは、人生で1番大切なことかもしれない。

 図書館についての思い出を語るとき、若い頃の情熱が再び、体を駆け巡る気がするのだった。

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