故郷に別れを告げる (終)

 春休みいっぱいバイトをした。どうにか後釜になりそうな学生アルバイトは見つかった。これで心置きなく辞めることができる。

 店長は俺を冷やかすことを忘れなかった。

「良いところのお坊っちゃんになるそうじゃないか。羨ましいな」

「誰から聞きました?」

「ここに客としてやって来るたくさんの君の友だちだよ」

「あいつら。代わりにバイトしてくれるかなと思って連れてきたのに一人も後釜にならなかった……」

「良いよ、良いよ。向き不向きがあるからな」悪ダチどもはお断りと言っているようだ。

 三森菜実みもりなみは本当に名残惜しそうだった。「いじる相手がいなくなるじゃない」

「これで三森さんがいじられ役ですね」

「なんでそこ丁寧語。これまでさんざんタメ口利いてたのに」

「タメ口利いたら敬語使えとか言うくせに」

「三つも下だからな~。でも弟みたいな感じでもないし」

「悪ダチでいいっすよ」

「すぐに帰ってきそうだね」

「それはわからないよ」

「いや、きっと帰ってくる。そしてまたここでバイトするんだ」

「はいはい」

「いつも適当だね」

「こういう性格なので。そうそう、明日発つので今日でお別れです」

「そうだったあ」三森は泣き真似をした。

 引き上げる時に店長が花を用意していた。それを俺に渡す役割を三森がした。

「バイトに花を用意するなんてしないんだけどな、君は特別だ」店長がひねくれた口調で言った。

 実際そうだろう。アルバイトが辞める時に花なんて渡さない。

「不良のクセに愛されてるね」三森が花を渡す。

「こういうの困るなあ。でも花代かけるならバイト代上乗せして欲しかったなあ」

「最後まで最低なやつだな、君は」

「お世話になりました」俺は笑って頭を下げた。

「時々帰ってきて遊びに来いよ。客として来てくれても良いな。いやボランティアで厨房業務かな」

「ブラック~」

 最後まで賑やかな店だった。


 旅立ちの日、俺は新しい高校の制服を着た。リュックには入れられないからだ。だから私服の方をたたんでリュックにしまった。

「荷物それだけか?」雷人らいとが呆れていた。

「ああ、必要最小限にした」

「すぐに帰ってくるかもしれないものね」飛鳥あすかが笑う。

「それじゃ、ただのお出かけじゃないか」日帰りの。

「でも似合っているわ」叔母の玲子れいこが見とれるように言った。「本当に、良いところのご子息って感じ」

 制服は、編入試験の日に採寸して合格通知が来た後に送られてきたのだ。ボタンではなくジッパー型の詰襟。濃いめのグレーだからアニメに出てくる士官学校の生徒かよ!と俺は思った。

 それを着て背中に大きなリュックを背負うから少し違和感はある。

「せっかくの新品の制服に変なが寄らなければ良いけど」叔母はそれが心配なようだ。

「高速バスの乗り場まで送ってやる」叔父の歳也としやが言った。

 そしてなぜか雷人、飛鳥、玲子が一緒にワゴン車に乗った。祖父じじいは玄関で見送っただけだ。

 じじい、あばよ!

「大袈裟だなあ」俺はみんなの方を向いて頭を掻いた。

 しかし見送りはそれだけではなかった。バス乗り場には胡蝶日和こちょうひより佐内一葉さないかずは神津真冬こうづまふゆまで来ていた。

「なんだよ、お前ら」勢揃いかよ。

「「「見送り」」」三人が声を揃えた。

「ハーレムじゃん」飛鳥は引いていた。

「学徒出陣だな」叔父の歳也が言った。

「万歳三唱なんてするなよ」

「それはさすがに恥ずかしい」飛鳥は笑った。

「じゃあ、行ってくる」

 こうして俺は故郷に別れを告げた。


(了)

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