第10話(4)(男の)水浴び観察

                  ♢


「ふう……」


「お疲れ様でありんすね……」




 通りがかったアヤカに対し、座っていたエリーが声をかける。




「む……貴様らも休憩か?」


「ええ、保養施設が近くにあるというのは便利でありんすね。いつでも好きな時に温泉に入れることが出来るでありんす……」


「……そのように頼んだのだからな、普段はこのような利用は出来ない……」


「はいはい、感謝しておりんす……」




 エリーが適当な敬礼をする。アヤカが苦笑交じりに指摘する。




「全然感謝していないだろう……」


「バレたでありんすか」


「バレる」


「あらら……」


「別に感謝など要らないが……」


「え?」


「気持ち悪いだけだからな」


「ひ、酷い言われようでありんすね?」




 エリーが自らの胸の前で両手を合わせ、上目遣いでアヤカを見る。




「魔族の話す言葉にはどうせ裏があるんだろう」


「いいえ、これは純粋な感謝でありんすよ」


「純粋さとは、もっともかけ離れている種族だろうに」


「それは偏見でありんす!」


「……」


「な、なんでありんすか? こちらをジッと見て……」


「……確かに貴様はある意味純粋なのかもしれんな」


「え……」


「いや、この場合は単純と言い換えた方が良いかもしれんが」


「ちょ、ちょっと!」


「半分冗談だ」


「半分って」


「……それよりもイオと一緒では無かったのか?」


「あ、ああ……ちょっと……」


「しっかり見ていないと駄目だろう」


「あ、あちきはあの娘の保護者ではありんせん!」


「どこへ行ったんだ。風呂嫌いなのか?」


「あまり慣れていないようでありんすね……近くで水浴びをしてくるとか……」


「水浴び……」




 アヤカが顎に手を添える。エリーが尋ねる。




「あのニンジャガールは? ご一緒ではありんせんのでありんせんか?」


「ああ、ちょっと術の練習をしたいと……」


「術の?」


「うむ、『水遁の術』とか言っていたかな?」


「水遁……」




 エリーが腕を組む。アヤカが尋ねる。




「どうかしたのか?」


「いいえ……」


「そうか」


「しかし……ここで待っていて、本当に山の王たちはやって来るのでありんすか?」


「……ここから比較的近くにそれなりに大きい軍の基地もある。まずはそこを攻略し、拠点にするのではないかと考えている。よって、この辺りを通過する可能性は極めて高い」


「ふむ……」




 アヤカの説明にエリーが頷く。




「それに……」


「それに?」


「現状で、この国を本気でどうにかしたいというのなら、キョウ殿を排除することをやはり考えているのだろう」


「なるほど、それは確かに……そういえばキョウ様は?」


「滝の方に行かれたと思ったが……」


「しまった!」


「ど、どうした⁉」


「先を越されたでありんす!」




 エリーがその場から走り出す。アヤカが追いかける。二人は茂みに入る。




「なんだというのだ……」


「うおっ⁉」




 茂みの中には、オリビアとヴァネッサが身を潜めていた。アヤカが呆れる。




「……揃って何をしている?」


「い、いや、狙撃についてのレクチャーをヴァネッサにね……」


「キョウさんの水浴びを覗こうじゃないかとおっしゃって……」


「うおおい! ヴァネッサ! 君は誤魔化すということを知らないのかい⁉」


「まったく、油断も隙もないでありんすね……!」


「……なんだ、注意しに来たわけじゃないんだね」


「もうちょっと、そっちの方に詰めて下さい……」




 エリーがオリビアとヴァネッサを軽く押し退ける。アヤカが首を傾げる。




「キョウ殿の裸体など、いつでも見ているだろう……」


「おやおや、分かっていないね~。隙だらけであろうところが良いんじゃないか」


「おっ、さすがは長命のエルフ。分かっているでありんすね~」


「分かりたくない境地だな……」


「あ、あの……ウララさんとイオさんがあそこに……」




 ヴァネッサが指を差す。キョウの近くの水に、ウララたちがジッと潜んでいる。




「ああっ⁉ 水浴びだ水遁の術だとか言って、ちゃっかり良いポジションを確保しているっでありんすね! 完全にしてやられた‼」


「うおおおおっ‼」


「⁉」




 キョウが滝を一瞬で“駆け”上がってみせた。ヴァネッサがボソッと呟く。




「もう、キョウさんだけで良いんじゃないですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る