第9話(3)悪い足癖

「よくやったぜ、イチロー!」


「さて、どんどん行くぜ……」


「ちょ、ちょっと待て!」


「ああん?」


「ここは下がれ!」


「……なんでだよ?」


「お前も自分で言っていただろうが! これはあくまでも肩慣らしだ、他に譲れ」


「だからなんでお前に従わねえといけねえんだよ……」


「何度も言わせんな! この場で俺の言うことはあの御方の言葉だと思え!」


「ちっ……」




 イチローが舌打ちをしながら下がる。ジャックが顎をさする。




「ったく……」


「な、なんだか揉めているみたいですね……」




 ヴァネッサがジャックたちの様子を見ながら呟く。




「ああ、そのようだねえ、今の内に一気に決めさせてもらおうか……!」




 オリビアが拳銃を取り出し、素早く発砲する。




「!」


「なにっ……⁉」


「オ、オリビアさんの銃弾が……⁉」




 オリビアとヴァネッサが揃って驚く。オリビアの放った銃弾が撃ち落とされたからである。ジャックが額に流れる汗を拭いながら笑う。




「へ、へへっ、ロクな挨拶も無しにいきなり発砲してくるとは、焦らせやがってよ……」


「発砲音はしなかった……一体どうやった?」




 オリビアが首を傾げる。ジャックが問う。




「なんだ、気になるか?」


「そりゃあね……」


「おい、ジロー、前に出ろ!」


「……」




 ジャックの呼びかけに応じ、ジローと呼ばれた小柄な男性が前にゆっくりと進み出る。




「お、おい、なにか返事をしろよ」


「そんな義務はない……」


「ぎ、義務っていうか、ちゃんと聞いているのか気になるだろうが」


「こうして前に出たのが答えだ。お前の目は節穴なのか?」


「! な、なにを……!」


「……それよりもなにか一言無いのか?」


「ああ?」


「今、守ってやっただろう」


「あ、ああ……よくやったな」


「……そこは『ありがとうございます』だろう?」


「なっ⁉ 今の俺はあの御方の代理のようなものだ、頭を下げるわきゃねえだろう!」


「ふん、まあいい。うるさいからちょっと黙っていろ。さっさと終わらせてやる……」


「くっ……」




 ジローの言葉を受けてジャックは黙る。オリビアが目を細めて呟く。




「この小柄な男が銃弾を撃ち落としたのか? 丸腰じゃないか……」


「銃使いのエルフとは随分と珍しいな。厄介そうなお前から始末する……」


「‼」


「……!」


「ぐっ⁉」




 再び拳銃を発砲しようとしたオリビアだったが、その手に、短い矢が刺さる。




「なかなかの早撃ちのようだが、それでも遅いな……」


「ど、どこから矢を……?」


「それを知る必要はない……!」


「うぐっ⁉」




 オリビアの左腕に矢が刺さる。ジローが感心したように呟く。




「心臓を狙ったが、わずかにかわしたか……しぶといな」


「あ、足のつま先に矢を仕込んでいるのか……」


「ほう、気がついたか……」


「キ、キックの要領で足を振れば、矢が放たれる……極端に言えば、構えや予備動作もほとんど必要としない……確かに早撃ちだ……」


「鋭い洞察力だな、それなりの狙撃手だということが分かる……」


「はははっ! どうだ! これが、『弓脚のジロー』だ!」


「わざわざ洞察を補強してやるな……」




 ジローがジャックを睨み付ける。ジャックがわずかに怯む。




「む、むう……」


「くそっ……」


「今度こそとどめだ……」


「待てよ、ジロー……エルフは美形だ。あの御方に献上すれば覚えもめでたいぜ?」


「イチロー……単にお前が楽しみたいだけだろうが」


「へっ、バレたか……」


「まあいい……膝でも射抜いて動きを完全に封じるとするか……」


「オ、オリビアさん! 危ない!」




 ヴァネッサが足をドタバタとさせて、大きな土煙を起こす。ジローとオリビアの間の視界が遮られる。ジローが舌打ちする。




「ちっ、ゴブリンめ、小癪な真似を……」


「も、もらいました!」


「ふん!」


「ぐはっ⁉」




 横から勢いよく飛びかかったヴァネッサだったが、ジローの強烈な回し蹴りを食らう。その脇腹には矢が刺さっている。




「かかとからも矢が出るようになっているんだよ……!」


「ぐ、ぐうっ……!」




 ヴァネッサが後ろに吹っ飛ばされ、オリビアは膝をつく。

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