第1話(2)ネガティブからのポジティブシンキング

「ええっ……マジかよ」




 俺は露骨なまでにテンションが下がってしまう。それもそうだろう。この『レジェンドオブ』シリーズというのは、伝統的にステータスの上限値が9999だ。つまり4桁。そこまで到達しているキャラクターはさほど多くはないとはいえ、俺のそれはたったの8というのは……。これは厳しいにも程があるというものだろう。




「レベル上げすれば、ステータスも上昇するよな……いや、無理だ……」




 俺はまたも即座に自身の呟きを否定する。さすがに各モンスターのステータスを暗記しているというまでではないが、いわゆる『雑魚モンスター』でも、各種のステータスがすべて一桁というのは記憶がない。つまり……今の俺は雑魚以下の存在ということになる。




「か、悲し過ぎる……」




 俺の頬を涙が伝う。泣いちゃった。いや、泣きたくもなるだろう。せっかくゲームの世界に転生したというのに、雑魚モンスターに遭遇したら逃げ出さなければいけない――頑張れば激闘の末、ワンチャン倒せるかも――モブキャラになってしまったのだから。




「……寒い……」




 俺は体を両手で抱く。日は燦燦と照りつけているので、体感的には特に寒くはない。しかし、心が寒いのだ。何故だか全裸だし。いや、なんでだよ、マジでさ。そういえば、【職業】の欄が無職とか書いてあったな。だからって下着一枚も付けてないってありうるのか?




「どうする……?」




 まあ、まずするべきことは大事な部分を隠すことだろう。俺は浜に打ち付けられていた大きめの海藻を手に取り、大事な部分を覆い隠す。俺は指を差して、声を上げる。




「ヨシ!」




 冷静に考えてみれば、いや、冷静に考えなくても、全然良くはないのだが。もうこれで良いじゃんと思った。転生の初っ端から、もはやどうでも良くなってきてしまっている。気分はヤケクソ状態だ。




「しかし……」




 俺は転生に至った経緯についてあらためて考えてみる。この場合、転生に関するメカニズムみたいなものは無視だ。どうせ人智の及ばぬところだろうから――案外、神様の気まぐれってやつかもしれないが――問題はその前だ。




 何故頭を打ったのか? それは転んだから。何故に? バランスを崩したから。なんで? 頭が急にふらついたからだ。どうして? 酒を飲んでいたのか? いいや、キンキンに冷えてやがった缶ビールはまだ開けていなかった。シラフだった。つまり……




「クソブラック企業でのこれまでの疲労の蓄積と、緊張の糸みたいなものがプツンと切れて……頭がふらつき、倒れ込んで頭を打ってしまったと……」




 俺は少々、いや、かなり乱暴ではあるが、そういった結論に達した。会社を辞めた途端に過労死したというわけだ。




「……い、いや、悲し過ぎるな……」




 俺はまた泣きそうになる。そんなことってあるだろうか。やはりこの世界には神様はいないのだろう。いたとしても、かなりの〇ソだ。いや、それはさすがに言い過ぎか……。




「まあ、過ぎたことはもう仕方がない……」




 俺は静かに首を振って、自らに言い聞かす。今の俺は『レジェンドオブインフィニティ』というゲームの世界に生きる『キョウ』という人間なのだ。こちらについてもあらためて現状を確認する必要がある。




「えっと、年齢も多少は若いのかな……筋肉質な体は悪くはないな……ただ、各種ステータスが8……さらに、島の砂浜で、全裸の状態でスタートか……うん」




 俺は一呼吸置いてから、空に向かって口を開く。




「無理ゲーだろうが!」




 気が付いたら俺は叫んでいた。もしいらっしゃるとしたら、この世界の神様はク〇だ。




「いや、ネガティブなことばっかり考えてもいて仕方がない……ここはポジティブシンキングでいこうじゃないか……」




 俺は視線を前方に戻す。水平線が広がっている。ここはいわゆる島だ。そういえば、転生する前にゲームマップの東端にある小島に関するデータを眺めていたっけな。……ということは、今俺はその小島にいるということになるのではないだろうか? そういう考え方で概ね間違ってはいないはずだ。




 だとすると……確か、近隣の大きな島の管理下に置かれているということだが……大きな島というのは、まあ、国のようなものと考えても差し支えないだろう……。つまり、この島には人の手が入っているということになる。不意に野良のモンスターと遭遇するというリスクは低いのではないだろうか。俺はホッと胸をなで下ろす。しかし……。




「……人もいねえな」




 ざっと周りを見回してみても、人っ子一人いない。まさか無人島なのか? いや、そんな記述は無かったはずだ。人口のデータなどをもっとちゃんと見ておくべきだったか……。嘆いていてもしょうがない。少々いやらしいが、ここはメタ的な視点で考えてみよう。




「例えば俺がこのゲームの開発者だったとして……こんな小島に全裸の男を一人だけ配置なんて馬鹿なことをするか? いいや、しないね」




 俺はすぐに自問自答を終える。そうだ、他にも何人かいるはずだ。その中には当然……。




「……女もいるよな……」




 俺はいやらしい笑みを浮かべる。さらに想像が膨らむ。




「そ、その女も裸だったりして……うへへっ……おっと」




 俺は膨らむ股間を抑える。この程度の想像でこうなるとは――前世では、悲しいくらい女性と縁がなかったからな――我ながら情けない。うん……?




「……ステータス画面、まだ残っていたのか? これ、どうやって消すんだ? キャンセルとか念ずれば良いのか? んんん? 画面が縦になっているぞ?」

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