第41話 Swallow×Key×Vampire
アタシはゴクリと唾を飲み込んだ。そうして鳥籠を見た。銀の中に吸血鬼の灰が練り込んであるなんて……。もっと深く考えようとしてやめた。これは考えちゃいけない。誰の灰かなんて、考えちゃいけない。
「……その鍵はどうしたらくれるんですか?」
素直に聞くことにする。もうアタシには他の道を考えられなかった。このまま話し合っていたらいつかブランが来てしまう。さっき美女が言ったように、たぶんチャンスはこの一度きりしかない。これを逃せばアタシもレオも逃げられない。それからアタシがこのままレオの入った鳥籠を持って逃げてフェリックスさんに対応を頼んだとしても、そのときにこの鍵が残っているかは定かじゃない。アタシが取れる行動は、ここでなんとかその鍵を手に入れてレオを連れて逃げることだ。
「本当は何が何でも渡さないつもりだったのだけれど、貴方の目を見ていたらチャンスをあげても良い気分になってきたわ。試したいこともあるからちょうど良いかもしれない。入りなさい」
美女がアタシを見たまま誰かに声をかけた。
部屋の扉が小さな音を立てるのが聞こえ、アタシは警戒しながら首を回した。部屋に入ってこようとしている人物を確認する。
「え!?」
驚いて思わず声が出てしまった。
男の子だった。白いシャツを着て黒いズボンをはいた、美青年という言葉がしっくりくる男の子。歳はたぶんアタシと同じくらいで、人懐っこそうな顔をした黒髪の日本人。目は、真っ赤。
「うそ……」
あの男の子だ。アタシの目の前でブランに首を切られた、あの男の子。嬉しいとか良かったとかの気持ちよりも先に、なぜが先行してアタシは困惑した。
「籠の中で死にそうだったから契約したの。この子は私の眷族よ。ブランからみれば雑種ね」
美女が手を伸ばすと男の子が美女の腕の中に入り、隣に並んだ。美女は男の子の肩に手を添え、それから指を滑らせて艶めかしく男の子の首を触った。
「可愛いでしょう? だけどまだどのくらい出来る子なのか分からないのよ。だから比べてみようと思うの。黄の王の話が真実なら、まだ野良だけれど貴方も雑種でしょう? 力比べをするには最適だわ」
美女の赤い瞳がアタシを見た。ゾッとするような冷たい目だ。嫌な予感がする。
「ねぇ、この子と殺し合ってくれないかしら。貴方が生き残ればこの鍵をあげるわ」
「そんなこと出来ません!」
アタシはすぐさま拒否した。
「鍵は欲しいですけど、アタシ……他人を傷つけることはしたくないんです」
きっぱり言い放つ。殺し合え、なんて冗談じゃない。ちょっとはまともな人かと思ったけど、この人もやっぱり残酷な吸血鬼だ。
「あら。ブランのことは思い切り殴ったのに?」
「それとこれとは別です。あれは、そう、仕方なく……」
痛いところをつかれた。確かにアタシは一発思い切りブランを殴ってしまっている。殺すつもりはなかったが、他人を傷つけようとしたことに間違いない。
そういえばブランに殴ったことを謝っていなかった。そう思うと途端に罪悪感が湧いてきた。今度会うことがあれば謝っておこう。
「そう。仕方ない状況なら貴方は手を出すのね」
「そんな喧嘩っ早いみたいな言い方やめてください……」
語尾がしおれていく。思い返してみればアタシは喧嘩っ早い方な気がしてきたからだ。ムカツクと手や足が出てしまうのである。人のときは非力だったので問題なかったが、この身体になってからそれは問題だ。力加減は分かってきたが、それとは別に手を出さないよう心掛けねばならないと思った。今の力は迂闊に使えば人を確実に傷つける。アタシは人を傷つけたくない。……殺したくないのだ。あの惨状を二度と見たくない。
「それじゃあ仕方ない状況を作ってあげるわ」
アタシが考えている間に美女はそんなことを言った。また嫌な予感がしてきた。仕方ない状況を作る? 一体どうやって?
美女を見ていると、美女は男の子の耳に唇を近づけていった。そして形の良い真っ赤な唇を少しだけ開き、妖艶な声で
「あーん」
と言った。すると男の子が口を開いた。美女は男の子の赤い舌に右手で持っていた鍵を置く。まさか。
「はい、ごっくん」
「うそっ!?」
男の子が口を閉め、ごくりと大きな音を立てて鍵を飲み込んだ。喉が下っていくのが見える。
待って待って待って待って!? 鍵が、飲み込まれた!?
「え、ちょっうそでしょ!? ホントに!? 吐き出して!」
驚きと困惑と焦りで胃がよじれた。
うそでしょ!? 見たものを疑うんだけど!? 普通鍵を飲み込ませる? そしてそれを飲み込む?
「これで殺し合わなきゃいけない状況になったわね。鍵が欲しいなら、この子のお腹を裂いて出すしかないわよ」
美女がくすくす笑いながら男の子の後ろに移動し、後ろから彼のお腹を撫でた。男の子は少しだけ身をよじってくすぐったそうにした。
「さあ、思う存分やりなさい。貴方のすごいところを私に見せて?」
美女の手が男の子のお腹から胸の辺りまでゆっくりと這っていく。美女の唇が男の子の耳元で色っぽい声を囁く。
「はい。アンナ様」
男の子がにっこり笑った顔で、思ったよりも低い声で言った。
男の子は間髪入れずに地面を蹴ってアタシとの距離を詰めてきた。右の拳を振り上げ、襲いかかってくる。
「わ! 危ない!」
アタシは脇に飛んで逃げ、腕を伸ばした状態で床にうつ伏せになった。男の子の腕が大きな音を立てて壁に突っ込み、籠の中のレオが「気をつけてよね!」と叫ぶ。
レオを無視して振り返ると、男の子が壁から腕を抜いてこちらを見ていた。ギラギラと光る赤い瞳と初めて見る彼の真顔にゾッとする。アタシはとりあえずレオをそっと床に置き、素早く身体を起こして立ち上がった。
「どうするの?」
レオが声をかけてくれる。どうするもこうするもない。
「ど、どうも出来ないよ! どうすれば良いの!?」
男の子がタタッと床を蹴り、向かってきた。アタシは右に走った。男の子もぴったり目の前に張り付いてくる。壁まで来て立ち止まると男の子が腕を振ってきた。頭を下げて避けたが、反対の手が顔面を狙って伸びてきていた。咄嗟に顔の前に手を出して顔を守る。そのまま手を殴られると思ったが、腹に鈍い衝撃があった。
「ぐぅっ」
歯の間から声が漏れる。膝蹴りを食らったんだ。
「わっ!」
バンッ
と思っていると今度は右側頭部に蹴りを入れられた。身体が浮く。こちらは何とか腕を滑り込ませることに成功したが、凄まじい音が耳元でしたので驚いた。
蹴り飛ばされたアタシは床で一回転し、獣のように両手両足をついた状態で男の子を見上げた。ギラギラと光る赤い瞳が見下ろしている。
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