第36話 Rescue×Cat×Vampire

 自分で行ったことなのに自分が一番驚いてしまい、アタシはしばらく茫然と木の枝に掴まっていた。


「そんなっ敷地の外へ逃げたわ!」


「ブランボリー様に報告を!」


 メイドさんたちの叫び声で我に返り、アタシは腕に力を入れて枝によじ登った。それから屋敷の方を振り返り、メイドさんたちが四方八方に散っていくのを確認した。急がないと追手が外まで来る。アタシは動物のように木から木へと飛び移って屋敷の門を目指した。門の前には車があるはずだ。


 案の定、門の前に乗ってきたスポーツカーが止まっているのが見えた。スポーツカーの上にはサンダーさんが乗っていて、腕には大きな銃を抱えている。たぶんライフルとかそういうやつだ。


「サンダーさん!」


 木から飛び降りて彼を呼ぶと、サンダーさんは目を大きく開いてとても驚いた顔でアタシを見た。上から下にアタシを見て、もう一度確認するように下から上にアタシを見る。


 驚くと思う。アタシだって驚いている。まさかホントにこうして逃げられるとは思っていなかったから。ホントに奇跡だと思う。


「なんとなんと! すごい格好ですね!」


「そっちかー!!」


 しまったそっちだったか!


「ほうほうそれは赤の王の趣味ですか!? 良いですね良いですね! 私は良いと思いますよ! 胸元のレースが豪華なのでホノカの小さな胸が」


「殴りますよ!?」


 半泣きの状態でサンダーさんを睨んでやった。やめてほしい! 必死で逃げてきたのにこの仕打ち! 服装には触れないでほしい! また恥ずかしくなってくるじゃないか!


「自分でどうにかしろってサンダーさんが言ったから頑張って逃げてきたのに! 褒めてくださいよ!」


 抗議するとサンダーさんは目を細めた。


「本当に一人で帰ってくるとは思いませんでした。その血はホノカのものではないようですし、思っていたよりホノカはタフみたいですね」


 なんだかそれってアタシが帰ってこないと思っていたように聞こえるんだけど、気のせいだろうか。


「ホノカ、先に車に乗っていてください。今、マスターに合図しますから」


 そう言ってサンダーさんは大きな銃を構えた。右手が銃の引き金を引く。瞬間、銃口から金色の筋が見えたかと思うと突然凄まじい爆発音が聞こえた。


「な、なんですか!?」


 ビックリして問いかけると、サンダーさんは銃を構えたまま答えてくれた。


「撤退の合図として屋敷をぶち抜いたんですよ」


「それ合図なんですか!?」


 めちゃくちゃだな!


「さぁさぁホノカ。すぐにマスターが帰ってきますから車に乗ってください」


 促され、アタシは突っ込むのを止めて車に乗り込んだ。他のみんなが乗りやすいように後ろの席へ移動する。そうしてしばらくじっと待っていると、本当にすぐ車の両方のドアが開いて二人が乗り込んできた。運転席にサンダーさん。助手席にフェリックスさんだ。良かった、フェリックスさんは無事みたいだ! 見たところ大きな外傷もないみたい。


「無事で良かったですフェリックスさん!」


「ホノカ君も。……その血はホノカ君のではないようだね。その格好は」


「触れないでください」


 何か言われる前に断っておいた。何度も触れられたらアタシのメンタルが粉々になる。


「ところでレオは? まだなんですか?」


 問いかけるとフェリックスさんは暗い顔をした。アタシはその表情に嫌な予感を覚えた。


「彼は私を逃がすために残ってくれた」


 頭の先からさっと血の気が引いた。


「そんな! 助けに行かないと!」


「いけないホノカ君」


 身を乗り出そうとしたアタシの手に手を重ね、フェリックスさんは首を振った。


「彼は私に行けと言ったのだ。自分のことは顧みるなと。私が逃げる時間は稼ぐからと。友の言葉は聞かねばならない。友の言葉を私は信じた。だからこうして逃げてこられたのだ。私たちの生還が彼の最後の願いだ」


 この人は何を言っているんだ? 焦燥の中、アタシの頭は混乱していた。


 確かにレオはそう言ったんだろう。「オレが時間を稼ぐからご主人サマは逃げて! オレのことは気にしないでいいから! みんなで逃げるんだ!」そんな言葉がレオの声で、頭の中で容易に再生される。レオならそう言う。そう言ってくれるだろう。でも、それを真に受けてレオを置いてきたのか? そんなのあんまりだ!


「レオを置いていくなんてできません! そんなの、そんな言葉、信じて、じゃぁねなんて、アタシは言えません!」


「ホノカ。ホノカ、仕方のないことです。諦めてください。こうしてマスターとホノカが逃げられただけでも良いでしょう。もし、もしここで私たちも共倒れすることになれば、レオの犠牲は無駄になってしまいます。彼の覚悟を無下にするのですか? それでも良いのですか?」


 サンダーさんは目を細めている。


 そう、こうして三人そろっただけでも奇跡なんだろう。何しろ敵の数はアタシたちの何倍もあったんだから。これだけでも良くやったよと言って称え合わなければならないのかもしれない。けど、けど! アタシにはレオを見捨てることなんてできない!!


「十分……いえ、五分。五分でいいのでアタシにください。五分経ったらアタシも捨てて二人で逃げてください。お願いします。アタシにレオを助け出すチャンスをください」


 アタシは二人を交互に見て懇願した。少しだけで良い。少しだけ時間をくれればそれでアタシは満足する。どんな結果になろうとも、アタシは満足するから! 助けられそうな命を見捨てるのは嫌なんだ! アタシは誰も死なせたくない!


「よかろう。五分待つ。サンダージャック、援護してあげなさい」


「分かりました」


「ありがとうございます!」


 決断すると彼らの行動は早かった。サンダージャックさんが素早く車から出る。フェリックスさんも車を出たのでアタシも後部座席から這い出した。


 車から出ると低い音を立てて門がゆっくりと開いていた。隙間からいくつかの影が蠢いているのが見える。それが全て敵だと頭が認識した途端、怖くなってきた。


「策はあるのかね?」


 フェリックスさんが腕まくりをしながら言った。色はないが逞しい腕が露わになる。サンダーさんは車の影に隠れて銃を構えている。


 アタシはごくりと恐怖を飲み込んでから自信満々に答えた。


「正面突破の奇襲です!」


 フェリックスさんの口の端が上がった。


「それは良い。存分にやってきなさい。ただし、五分だけだ」


「分かっています!」


 アタシは素早く車の二メートル後方くらいまで後退した。胸に手を当て、ドクドク鳴っている心臓を落ち着けようと試みる。しかし、上手くいかなかった。敵の中に突っ込んでいくなんてホントは震えるほど怖い。けど、アタシはアタシの所為で命が零れていくのには耐えられない。

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