第56話 ポーション売ります。



 近くの席から男の怒号。会話を邪魔された感じがして、留美は冷え冷えとした視線を送る。

 足が一本無い。ここで生計を立てているのなら致命的だろう。


 ……一瞬イラッとしたけど、もしかしてグッドタイミング? 大人の欠損がちゃんとこの量で治るのかっていう実験と、成功したら実演販売になるやん。


 仕掛けたようなタイミングの良さに、頭が冷静になっていく。パニックにならなかったのはそれだけ効果に自信があるから。



 クリスティーナさんは困ったように眉を下げて、顔を手で触った。


「あの人は少し前に足を失くしちゃってね、たまに雑用しながら毎日ああやって、仲間の帰りを待ってるのよ」


 へぇ〜大変だ。などと思っていると、男が怖い顔のまま、片足で近づいて来る。


「どうなんだ」



 全然信じてへんけど、こういう人こそ宣伝になる……はず。留美は別に商人になりたいわけじゃないから、週一くらいで一個売れれば文句ない。

 宣伝になるったってタダで渡すわけにはいかんよな。普通に、いちゃもんつけられてムカついてるし。



「一個金貨十枚です」


「俺の足が生えたら、払ってやるよ」


 怖いぃ。

 びびってるのを隠して、私は自信満々に言う。


「ちゃんとお金あるんですか? 金額を見せてください」


 気圧されたら負けや。堂々としてろ留美。頑張れ頑張れふぁいとー!



「ほらよ」


 めんどくさそうにポーチから金貨を出して、机に置いた。

 ほんまに持ってるし……、結構稼いどったんやな。まぁ、お金があるなら文句はない。お金があればご飯に困らない。美味しいもの食べれる。遊ぶ道具も買える。


『鑑定』


『欠損ポーション』

 欠損が治る。

 一口で良いっぽい。



 よし。


「お試しあれ」


 欠損ポーションを男に手渡した。


「本当にこんな少量で治るんだろな? 嘘だったら半殺しにするぞテメェ。片足がなくてもお前ひとり殺すくらいは出来るんだ」


 え、なにそれ怖い。

 私を片足で倒せるんだったら、ゴブリンくらい簡単に倒せるんじゃ……。ていうかこの人殺人予告してますっ!


 男が騒ぐせいで、あちこちから視線を感じる。


 顔を青くする私を睨みつけながら、手に持っている欠損ポーションを呷った。



 ゴクン。



「……ほら見ろ。嘘じゃねぇ—か」


 きっと回復に時間がかかってるんや。きっとそう。あの子供は一口でいけたし、鑑定さんが一口でいいって言ってるんやから。


「もうちょっと待ってください」

「時間のぅグッ」


 男は膝をつく。


「お前……、毒じゃねーだろうな……」



 こんな大勢の前で、毒を飲ませるとかありえへんやろ。商売は信用が第一やって言うしな。

 あ。生えて来た。っというより、現れるように治んねんな。

 私は男を見下ろしてにっこりと笑った。


「ポーションだって言ってるじゃないですか」

「ならこの痛みは……くっ」


 無いはずの足に触れてるの気づけ?



「まだ痛みますか?」


「……いや。治まった」

「それは良かったです。お金は貰いますね」


 男は私の言葉に怒りを覚えたらしい。笑顔でお金を持っていこうと伸ばした手を、力強く掴む。


「治って……え? 足だ。足がある!?」


「はい。治ってよかったですね。んで、痛い離せ」


「……悪い」


 男は一瞬バツが悪そうにしたが、自らにある足を撫でて喜びを噛み締めていた。

 留美は男の横で、お金を稼げたことを噛み締めていた。

 これがウィンウィンの図である。


 金貨十枚〜! わははーぃ!



 本当に治ったのか確認しにきたらしく。カウンターから出てきたクリスティーナさんまで、驚きを隠せずに感想を述べる。


「凄いわね〜。本当に治るんだったら、もっと値段あげてもいいんじゃない?」


「いえっ。値段あげたら、お金持ちしか買えないじゃないですか」


 お金を持っていない側としては、そんなに高値で売りつけたくないっていう思いがあった。



「なんて優しい子なの!?」


 クリスティーナさんに抱きしめられて困惑する。

 なに、なに!? さっき質問し終わった時は、あんな冷たい顔してたのに、今めっちゃ笑顔やねんけど!?


 く、苦しい。ギブ……。

 人間嫌いっ!



「うおぁぁああーー!!」


 足が治った男は雄たけびを上げた。そして近くにいるパーティーに、嬉しさを爆発させる。


「なぁなぁ! あるよな!? 俺の足!! くぅー。これでまた復帰できる!」



「ああ、あるよ」

「良かったな!」


 話しかけられたパーティーは迷惑そうにせず、一緒に喜んでいた。優しい世界……。


 クリスティーナさんから逃れた私は、男に掴まれた手をさする。

 実はめっちゃ痛かった。

 あの人、本当に強い人なのかもしれない。


 クリスティーナさんが机に置いてあるポーションを持って、興味津々に問いかけてくる。


「これ、どのくらいで作れるの?」


「あ、えっと。材料があれば三日で四個。ってところでしょうか。仲間の動きによりますね」


「こっちは?」


「材料があれば、五個くらい? です」


「なら――」

「な、なぁ! 俺にも売ってくれ! 仲間の一人が腕をなくしたんだ!」


 クリスティーナさんと話していると、今のを見ていた男が距離を詰めてきていた。

 わぁー。金貨二十枚ゲットー。



「いいですよ。金貨十枚――」

「待ってくれ! 俺に売ってくれ! 金貨十二枚払う!」


「なら私は十五枚払うわ! 売ってちょうだい!」


 それから騒がしくなっていき、ワーワーギャーギャー言い始める。

 怖いんやけど。


 そのどさくさに紛れてポーションを盗もうとする人がいた。けれど、見つかって。騒いでいた人たちにボコボコにされる。

 一応死んではないようだ。そのまま死ねばよかったのに。



「静かにしやがれ!!」


 クリスティーナさんが男になった。

 完全に男だ。


 ブルブル。


 彼の声で、ギルド内は静寂に包まれる。争奪戦に参加していない人たちまで静まり返り、虫一匹の声だって聞こえない。


 そんな静まり返ったギルドを見渡し、彼の視線は私を見た。それに準ずるように人の視線が私へ。

 私は視線という恐怖の圧に、一歩下がり直立する。


 怖い。


「留美ちゃん。誰に売るか決めていいわよ」



「え? えっと……」


 皆、目がギラギラしてて。……こ、怖い。

 そりゃそうなるわな。もうちょっと時間帯考えるべきやったわ。どうやって決めよう。どうしよう。公平に決めるには。どうするのがいい?



「何人くらいいますか?」


「今は三十一人ね」


 即座に答えてくれたクリスティーナさんがにっこり笑う。


 視線が怖い……けど、腹決めろ留美。ビビってたら舐められる。

 私は決めるのが苦手だ。嫌いだし、出来るならやりたくない。なので。勝負!



「皆さんじゃんけんって知ってますよね?」


 大丈夫そう。


「とりあえず数減らしってことで。私に勝った人のみここにいてください。負けた人とあいこの人は下がってくださいね」


「ズルはダメよ〜。私がちゃーんと見張ってるから」


 ほのぼのとした声色に戻っているものの、先程のことを思い出して、ゾクッと悪寒がした。

 誰もズルなんてしませんようにっ。



「じゃーんけん、ぽいっ」


 そんなこんなで減った数。

 急に三人になったので、お互いでやってもらうことにする。



「うおっしゃー!!」


 天へガッツポーズを決めた女と、崩れ落ちた二人。


「ナイスヤシロ!」

「やったー!」


 精神戦に勝った女性たちは大喜びで抱き合っている。

 今回が最後ってわけじゃないから、おいおい買ってくれれば良いのに……。まぁ、親しい人の怪我を治せるなら治してあげたいって思うのは普通よな。

 きっとみんなそう思ってる。……だから睨まないで睨まないで、怖いんですけど。負けたのは自分のせいじゃん。



「本当にありがとう」


 にっこり笑っておく。


「おい、俺に優先して売れ」

「なんで私に売ってくれないの!?」

「自分の好みで選んでるんじゃないのか!?」



 は? 何こいつら、うざ。ジャンケンして好みの人選べるかドアホが。

 こういう人ら嫌やわー。……あはは、そんなこと思ったらあかんよな。この人らも欲しくてたまらんのや。だからちょっと、ヒートアップしちゃってるだけ。落ち着くんや留美。


 …………ブチギレそう。



「アンタたち賭けに負けたんだから席に戻りなさい。三日待てばまた作ってきてくれるから」

「いやよ! 早く治してやりたいの!」


 お涙ちょうだいは余裕がある人にしか聞かんよ。

 別に善意でやってるわけじゃないし。金貨二十枚あれば当分ご飯に困ることないし。こういうことなるなら、面倒くさいからもう良いや。


「もうないです」

「あるでしょ!」


「じゃぁもう売りに来ません。面倒臭い……」

 留美はため息をつく。


「っ!?」

「ミレアちゃん。妹さんを治してあげたい気持ちは分からないでもないけど、留美ちゃんを責めるのは見当違いよ」


「そうだけど……」



 そうそう。クリスティーナさんの言う通りや。留美に当たられても困るわ。

 騒いでいた人たちは黙ると、元の席に帰っていく。


「留美ちゃん、三日後補充お願いね」


「は、はい」


 圧が……。選択ミスったかもしれん……。

 強くならならないと。奪われたり搾取されたりしないように。



「ヒールポーション、買う人いませんかー?」


 しんみりしてしまったが、空気を読まずに商売を続ける。

 欠損ポーションのせいで、だいぶ印象が薄れてしまっただろうし。せっかくなので、こっちも試してほしい。



「俺が買おう」


 鎧の人来た。

 がっちり防御を固めて、腰には剣がある。


 うわー。めっちゃ強そう。戦士って感じ! かっこいい〜!


「何個買いますか?」

「何個ある?」


「三つです」

「全て買おう」


「金貨三枚が三個で、金貨九枚です」


 チャリン。


「ありがとうございます」



 ペコリと頭を下げた鎧の人が去っていく。


 口数少ない人やった。

 それが強そうって感じを高めてるんかも。……ああいうのとは戦いたくないなぁ。いるとすれば、デュラハン? 勝てる気しねぇ。



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