幼馴染が俺以外の奴と同棲を始めていた.txt
只野誠
【第一話】始まる前に終わっていた。:冬至唯中.txt
俺、いや、僕、それとも私だったか、自分の一人称も忘れたよ。
この一年必死で勉強し、ずっと君のことを考えて、想っていたんだ。
一時だって忘れたことはない。
春野千春。
それが僕の、一人称って僕だったか? もうどうでもいいや。
まあ、それが僕の幼馴染で想い人の名だ。
大学の説明会が終わって、帰ろうとしたときだ。
サークルの勧誘活動中の彼女、やっと千春を見つけることができたんだ。
ひさしぶり、と、できる限り自然に声を掛けた僕に彼女は少し困った表情を見せて、なにかを考えた後、僕を大学の食堂へと誘ってくれたんだ。
そこで、僕こと、冬至唯中は春野千春に告げられたんだ。
「私ね、今、同棲している相手がいるんだ。あとで冬至君にも紹介するね」
千春はいつも通りの明るい笑顔で僕にそう言った。
頭が真っ白になる。
いや、真っ黒だ。
何も考えだせない。
やっと、やっと千春に会えたのに、同棲している?
誰と?
後っていつだよ、なんだよ、それ、どうして……
なんで僕はいつもこうなんだ。
いつも、千春は僕の傍にいてくれたのに、僕は行動しなかった。
いつも、いつも、いつだって僕は何かしらの理由をつけて行動することはなかった。
今はタイミングが悪い、次があるって、そう思っていた。
でもなかった。
その結果がこれだ。次なんてない。
後悔の念しかない。
なんであの時もっと勇気を出さなかったんだ、どうして。
と、走馬灯に思い返される千春との思い出を思い出しては、その度に後悔していく。
いや、それも違う。
僕は既に満足していたんだ。
千春の傍で、千春を傍で見ているだけで、僕は幸せだったんだ。
そもそも陰キャの僕と明るい千春ではつり合いが取れない。
いつかはこうなる運命だったんだ。
それが今日だった。
それだけのことだ。
それだけのことなんだけれども、僕は、いや、俺は千春のことがずっと、ずっと好きだった。
それこそ、小学生の頃から。
高校もわざとランクを落として千春と同じ高校を選んだし、この大学だって本来落ちるはずはなかったんだ。
ただちょっと去年は体調を崩していただけで……
ちゃんと千春と一緒にこの大学へ入学できていれば、違う未来があったんだろうか?
俺は勇気を出せていたんだろうか?
わからない、何もかもがわからないし、もう…… もう遅いんだ……
何も考えたくないし、考えられない。
それから、どうなったのかまるで記憶ない。
気が付くと僕はアパートの自室にいた。
今朝までは希望に満ちていた、新生活を始められると、また千春の傍に居られると、そう疑いもなく思っていた自室にいた。
今朝までどんなに自分が幸福であったか、今どんなに、千春が同棲しているという事実を知らない自分が羨ましいことか、それがどれだけ憎いのか、恨めしくて仕方がない。
吐きそうだ。
胸が苦しい。
おかしくなってしまいそうだ。
なにも、何も考えられない。
俺は自室の壁に寄りかかった。
いつの間にかに日も暮れていて辺りは真っ暗だ。
部屋の電気もついていない、つけたいとも思わない。
自然と涙が溢れて来る。
ただただ、俺は声を殺して涙を流し泣くことしかできなかった。
俺はそんな存在でしかない。
そんな、どん底の俺の耳に幻聴が聞こえてくる。
女の声だ。
しかも、喘いでいるような、いや、喘いでいる、完全に喘いでいる、そんなはしたない声が……
それが隣の住人のものだと気づくのに、しばらく時間がかかった。
千春も同棲相手の男と今頃……
そう考えてしまうと、胃からこみ上げてくるものがあり、俺はトイレへと急いだ。
ただただ苦い胃液を吐き出し、何も聞こえないように布団をかぶり、何も考えないようにして、ただただ俺は布団の中で泣いた。
結局一睡もできるわけもなく、それでいて初日から大学を休むわけにもいかない。
こんな時でも無駄に真面目な自分が嫌になる。
もちろん何も喉を通らない。そもそも食欲がない。
酷い顔は洗っても酷いままだ。
水だけを飲んで、酷い顔でも大学へ行かなければならない。
部屋の玄関を開け外に出る。
その時、隣の住人が走っていく後ろ姿が見える。
髪の短い人だった。
後ろからでも服装で女の人だとはわかる。
恐らく同じ大学生くらいの年齢。
あんな子が昨日、あんなにも喘いでいたのか、普段の俺なら喜んでいたかもしれない。壁にひっつき聞き耳を立てていたかもしれない。
でも今は、どうしても千春に紐付けられてしまう。
俺は部屋に戻って、また吐いた。
その後、ふらつきながらもなんとか大学へと向かう。
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