第13話 陛下にもっと嫌われるには、どうしたらいいかしら?

「ねえ、鏡。陛下にもっと嫌われるには、どうしたらいいかしら?」


 ……アリシアさん、今日はいきなりぶっ込んで来ますねえー。


 妻の恐ろしい発言にヒエッ……となりながら、ポチに成りすましにすっかり慣れた俺が答える。


『どうなさったのですか? 何か今の現状に問題でもおありですか?』

「大ありです‼」


 アリシアは珍しく、黄声以外で大声を上げた。が、慌てて周囲を見回し、外に声が洩れていないことを確認すると、胸に手を置いてホッと息をついた。

 そして、ポチの本体に顔を近づけると、声を潜めて話しかける。


「陛下のご様子が、以前と違うのです」

『陛下のご様子が? 具体的にどのようなことが?』

「ええっと……まずは、私に話しかけられることが多くなったのです……」


 ふーん?

 ふーーーーん?


 俺の口角がニヤリと上がる。


 俺は今、彼女との接点を必死に持とうとしていた。

 朝の挨拶から始め、廊下で出会ったら必ず会話のラリーを四回することをノルマとして自身に課している。


 とはいえ、必ず最初は天気の話題から入るので、そこから卒業したいところだ。

 今度は、万国共通の話題【音楽】を振ってみるか……うん。


「先日、チェリックの話をしたときなど、【綺麗だろうな】と仰って……いや、分かっているのです! 花について仰ったことだと……で、でも私を見ながら仰ったので、まるで――」


 彼女の白い頬が、チェリックの花のようにほんのりピンク色に染まる。


「わ、私に向かって仰ったように、錯覚してしまいそうで……倒れそうでした」


 いや、全然そんな様子見せてなかったですけど?

 いつもと同じように、サラッと俺の言葉を流していましたけど⁉


「まあ、咄嗟に唇の裏を嚙んで意識を保ったので、事なきを得ましたが……」

『事なきを得ている……のでしょうか、それは……』


 それ、敵から精神攻撃を受けた主人公が気合いでなんとかするやつなんだが……俺との会話、精神攻撃になってたりする?


 まあいっそのこと倒れてくれれば、そこから解決の糸口が見つかるかもしれないのに、ほんっとこの人、崩れないな……


「それに、あのとき陛下からチェリックの花も頂いて……」


 それって、アリシアの頭についていた花弁……だよな?

 俺の手にのっていたやつを、アリシアが持っていったけれど、あんなものすぐに捨て――


「感動のあまり、永久に保存できないか、方法を模索中です。もし何か良い案があれば教えてくださいね?」


 いや、あげるから!

 そんなに嬉しかったんなら、チェリックの木ごとプレゼントするから!


 なんならそこに、別荘もつけるわ‼

 邪纏いに頼らないでくれー!


 とりあえず俺からのファーストコンタクトは、効果抜群だったようだ。その後のジャブという名のこまめな会話も、それなりに効いているらしい。


 ――が、アリシア。

 今日はそれだけじゃないよな?


 俺の気持ちが伝わったのか、恥ずかしそうに身悶えしていた彼女が、パッと顔を上げた。


「そうそう、それだけじゃないのです! 今日なんて……朝食を一緒にとったのよ⁉ いつもは別々にとっているのに……」


 そう。

 今日俺は、アリシアと一緒に朝食をとったのだ。

 

 彼女の言う通り、いつも食事の時間は別。食事の時間を別にしていた理由は、特にない。


 なら、食事の時間を一緒にすることにも、理由はいらんだろ?


 ってことで、アリシアが朝食をとっている時間に乱入してやったのだ。


 もちろん、食事中に俺たちの会話はほとんどなかった。


 あのときの給仕たちの表情ときたら……俺とアリシアの間に流れる空気が冷たすぎて、胃が痛いって言わんばかりの表情だったな……


 まあ、アリシアさんは安定の氷結顔でしたけどね!


 とにかく、アリシアが俺からのアプローチに気付いているのが嬉しい。まだまだ氷結を崩すことは出来ていないが、ポチに相談するレベルまでは意識させることに成功したようだ。


 ニヤニヤしている俺とは正反対に、アリシアは深い溜息をついた。眉間には皺が寄っている。


「以前の陛下なら、私が必要以上に関わりを持ちたくない素振りを見せれば、それ以上関わってこられることはなかったのに……今だって、そのようにしているのですよ? むしろ以前よりも無関心を装っているというのに、陛下は私と関わろうとされるのです……」


 一応、アリシアも抵抗はしているようだ。

 俺が交流を図ろうとすると、以前にも増してスンッという反応が増えた。ちなみに演技だと分かっていても、ちょっと凹んだが、それはまあいい。


 アリシアがクワッと両目を見開いた。


「この幸せ、もっと続いて欲しい――いえ、そうではなく……このまま私にとってのご褒美が続けば尊死――ではなく断罪されるさい、陛下が私を庇う可能性もあると思うのです!」

『お、王妃様……本音が、本音がダダ漏れ……』

「なので陛下が、【この女など庇う必要はない! 処刑せよ!】と、私をスパッと切り捨てられるくらい、徹底的に嫌われようと思うのです‼」

『いや、そんなに目を潤ませて、今にも泣きそうな表情で仰いましても……』

「なので今思いついたのですが、陛下を責めてみるとかどうでしょう?」

『責める……ですか?』


 グズグズ鼻を啜ったアリシアの提案に、俺は思わず聞き返した。

 それと同時に、【責める】という単語に一瞬だけトゥンクと鳴った胸の鼓動は聞かなかったことにした。


 俺の問いかけに、アリシアはソッと目許を拭うと、自信満々に胸を張る。


「ええ。陛下の欠点を述べて咎め立てるのです。これなら陛下に鬱陶しい女だと思われ、嫌われるでしょう」

『は、はぁ……』


 気のない返事をしつつも、俺の心は戦々恐々としていた。


 無関心とか塩対応だとかは、たまに泣きそうにはなるが、なんとか耐えられる。

 が、ここに悪口が加わったら……俺の心は死ぬ。


 演技だと分かっていても、絶対に死ぬ。

 だって演技とはいえ述べられた欠点は、彼女が俺に対して駄目だと思っている部分ってことだろ?


 いや無理。

 面と向かって言われるとか、ほんっと無理。


 俺に対して駄目だと思っている部分は、墓の下まで持っていってください、お願いします。


 さすがにこの提案は阻止すべきだと思い、発言しようとしたとき、アリシアの表情が曇った。少し俯き、両腕を組んで難しい顔をしている。


「……でも一つ、この作戦には大きな問題があるのです」

『問題……でしょうか?』

「……責めるべき陛下の欠点が何一つ、思いつかないのです」


 アリシアの青い瞳が、どうしましょう? と鏡を通して俺に問うている。


 本気の顔だ。

 本気で困っている顔だ。


 思わず鏡面から指を離してしまった俺の隙をつき、ポチが口を挟んだ。


『……いや、あると思いますよ? それも、たくさんあると思いますよ?』

「え、ありますか?」


 言われて初めて知りました、といわんばかりに、アリシアは大きく瞳を見開いた。


 ポチは後で絞めるとして……いや、ナニコレ。


 滅茶苦茶嬉しいんですけどーーーーーーーー!

 滅茶苦茶幸せ過ぎるんですけどーーーーーーーーー‼


 こんなことある?

 夫の欠点が全くないっていう妻なんて、存在するものなのか⁉


 うちの妻、女神すぎる……

 おい、自称女神。今すぐアリシアに女神の座を譲れ。


 というのは、次に自称女神に会ったときに伝えるとして……このままだと、ポチが俺の欠点をアリシアに伝えてしまい、暴言を吐かれて俺の心が死ぬ未来が見えているので、急いで別案を出さなければ。


 俺は、ポチが話し終わったタイミングで、鏡面に触れた。


『でも、陛下の欠点が思いつかないというのなら、この作戦は止めておくべきですね』

「え? 鏡が教えてくれれば、私がそれを、心を殺しながら陛下に伝えますし……」

『い、いえ! こういうのは心がこもっていなければ、演技ではないかと相手に悟られてしまいますので!』

「……なるほど。聡明なる陛下なら、私の稚拙な演技など、すぐに見破ってしまうでしょうね……」


 納得するように頷くアリシア。

 ……いやあなたの氷の演技は完璧ですけどね。演技だと分かった今でも、全く見破れていませんけどね。


 そんなことを考えながら、俺は自分にとって都合の良い代替案を出した。


『その代わり、陛下を散歩にお誘いしてはいかがでしょうか?』

「えっ?」


 アリシアが驚きの声をあげた。


 それもそうだろう。

 悪口の代替案が散歩なのだから。


 しかし俺は、彼女を説得する言葉を持っている。


『陛下は毎日剣術の訓練を行っておりますが、実はそれほど運動はお好きではなく、可能であるなら一日中ゴロゴロしたいと思われているのです。毎日充分に運動をなさっているのに、さらに散歩をしろと言われれば……どう思われるでしょう?』

「……散歩など行きたくないと思うでしょうね」

『はい。恐らく散歩など必要ないとお断りなされるでしょう。しかし、そこでしつこく王妃様が散歩に誘えば、陛下は王妃様のことを鬱陶しく思うはずです。さらに!』

「さらに……?」

『常日頃から陛下は机仕事が非常に多いため、こまめに身体を動かすことは健康に良いのです。王妃様は陛下から嫌われることが出来る。さらに陛下の健康に貢献まで出来る!』

「……一つの石で二羽の鳥を落とすとは、このことですね?」

『その通りでございます』


 俺の提案に、アリシアはワナワナと唇を震わせている。青い瞳からは、称賛が見て取れた。


 んーーーーー……アリシアってもしかして……俺が思っている以上にポンコツ可愛い子なのかな?


 これで、俺への悪口作戦は阻止出来た。

 さらに、一緒に過ごす時間も作れそうだ。

 さらにさらに、彼女に散歩に誘われた俺がもちろん断るわけがないので、言われたとおりにしても俺に鬱陶しがられなかったぞと、アリシアのポチに対する信頼&好感度も下げられる。

 

 フフフッ……一石三鳥とはこのことだ。


 とはいえ、二人で過ごす心の準備はまだ出来ていないが、まあ今すぐでもないだろうし、それまでに覚悟を決めればいい。


 手鏡の中に映るアリシアを見ると、彼女は画面の右下にある俺の映像――執務室で書類に向かっている俺の過去の映像――をジッと見つめていた。

 彼女の唇が、楽しそうにニヤリと笑う。


 あーーーもーーーこういう企みを含んだような笑い方も可愛いなあ!

 鏡越しじゃなく、対面で見てみた――


「丁度陛下も、随分仕事が捗っているご様子。そんなときに私が散歩に誘えば、もっともっと鬱陶しく感じるはずです。今すぐ行ってきます!」


 ……………………

 ……………………

 ……………………

 ……………………


 え?

 今から?

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