第4話 魔法の鏡からの提案
地獄のハーモニーが奏で終わり、少し落ち着いた頃。
『……なるほど。前世の記憶を思い出したあなたは、この世界が『白雪姫』? っていう物語と同じだと思い、家族が壊れるのを阻止するために私を壊そうとやってきた、というわけですか』
「……そうだ」
鏡は納得したように、俺が語った内容を数行でまとめた。グズッと鼻を啜りながら、俺は頷いて王杓を握りしめる。
「そういうわけだから、ちょっと俺に壊されてやってくれ」
『ちょっ、ちょちょっ、ちょっと、待ってくださいって‼』
「俺の話を黙って最後まで聞いてくれたことは感謝している。出会うのがもう少し早ければきっと、お前とは友達になれていたかもしれないな……」
『いや、強敵を前にした主人公キャラみたいな発言、止めてください‼ 少しは私の話を聞いて――』
「悪いが、愛する家族を破滅から救う方法は、たった一つ。お前をぶっ壊すことだけだ」
魔法の鏡の必死な発言を、言葉を重ねることで遮ると、俺は王杓を握りしめた。
腕を振り上げながら、一歩踏み込んだそのとき、
『私を壊しても、王妃様の破滅は避けられないと思いますよ‼』
魔法の鏡の突き刺さるような叫びが、俺の腕を止めた。自分の言葉が俺に届いていると思ったのか、鏡が、チャンスとばかりに言葉を畳みかける。
『王妃様を破滅から救いたいのなら、私を壊すよりも、もっともっと良い解決方法がありますよ』
「……良い方法?」
『ふふふっ、分かんないですか? ……って冗談ですよ! すみません、調子に乗りました! 私めはあなた様――いえ、ご主人様の忠実な下僕でございます! だ、だから王杓を握る手に力を溜めないでください~~‼』
「分かればいい」
俺は、どちらが主導権を握っているか、調子に乗りつつあった魔法の鏡に分からせてやろうと込めた手の力を抜いた。
魔法の鏡は、はぁーっという特大溜息をつくと、先ほどとは違う自信満々な声色で俺の質問に答えた。
『ご主人様が私に成り代わり、王妃様に助言をなさるんです』
俺が、こいつのフリをして、アリシアに助言をする?
予想だにしない提案に、ポカンと口を開けたまま固まってしまった。だが鏡は、俺の気持ちを置いてけぼりにしたまま話を続ける。
『王妃様は私めに非常に心を許しておられます。何かなさろうとされたとき、私めが【止めた方が良い】と申し上げれば、思い留まる可能性が高いでしょう。ならば私めを破壊するのではなく、今申し上げた方法で上手く利用する方が、王妃様を破滅から救う確率が上がると思うのです』
「た、確かに……ぐぬぬ……」
敵たる魔法の鏡に正論をぶっさされた悔しさで思わず、ぐぬぬ、なんて漫画でしか見たことのない発声をしてしまった……
俺の感情は別にして、鏡の提案自体は正直説得力があり、なおかつ現実的だと思う。
信頼関係が築けていない夫から何を言われても、アリシアには響かないだろうし、こちらの方が超重要事項なのだが、俺がアリシアにごちゃごちゃ言うことで、今以上に夫婦関係が悪化してしまったら……俺の心はゆっくりと死に向かうだろう。
でも魔法の鏡に成りすましていれば、アリシアに嫌われても、俺自身が嫌われるわけじゃないし。
……よし!
「なら鏡、協力しろ。上手く彼女との関係を修復できれば、お前を壊さずにいてやる」
『え? 王妃様を破滅から救うのが目的でしたよね? 目的が変わっておられませんか?』
「……何か言ったか?」
『え、い、いいいい、いえ、いえいえいえいえいえっ‼ 私め、お二人の仲を取り持つため、誠心誠意をもってご主人様にお仕えさせて頂きます‼ 何なりと私めにお申し付けくださいませ!』
「じゃ、とりあえず【鏡】って呼び方だと不便だからお前の名前、今から【ポチ】な」
『ぽち……って酷すぎませんか⁉ 少しくらい鏡の尊厳を大切にして――』
「……返事は」
『ひぃぃっ! 今日から私めの名前はポチです! あなた様の忠実なる犬でございます! だから王杓を振り上げないでください――‼ いくらでもワンワン鳴きますからぁぁ~……』
鏡――改めポチの少し涙声の混じった甲高い絶叫が、俺の鼓膜を激しく揺らした。
いやいやいや、俺は別に怒ってなんていないぞ?
怒っているから、【ポチ】なんて名前をつけたわけじゃないぞ?
決して先ほどの発言――『王妃様は私めに非常に心を許しておられます』――に嫉妬して、八つ当たりのために【ポチ】って名前にしたわけじゃないからな?
*
とりあえず、詳しい話は別の場所でとポチが提案したので、一先ず俺は寝室に戻った。
周囲の者たちには、少し疲れたので休憩すると言って部屋に引きこもっている。
今、俺の手に乗っているのは、四角い黒色の手鏡。何の飾りもついていない、超シンプルな代物だ。
こいつは物置部屋から出る際、ポチの本体から音も無く現れた。
なんでも奴の分身ならしい。
手鏡をひっくり返したり、鏡の中の自分を見てキメ顔を作ったりしていると、
『ご主人様、聞こえますかー?』
手鏡からポチの声が聞こえてきた瞬間、俺のキメ顔が鏡の中から消えた。
物置部屋で初めてポチと話した時、鏡に俺の姿が映らなくなった現象が起きたのだ。
どうやらあいつが出てくると、鏡は本来の機能を失うようだ。
まあ分かりやすいからいいけど。
「ああ、聞こえるぞ、ポチ」
『良かったです。これでいつでも私めと会話が出来るようになります。後この手鏡は私めの本体とも繋がっているため、その手鏡を通じて本体の前にいる人物と会話することも可能です』
「うむ」
『では、基本的な説明をしますね。手鏡には、私めの前にいる相手の姿が表示されます。向かって右下の部分には手鏡の持ち主――つまりご主人様の顔が小さく映し出されます。もし相手と話したいときは、鏡面に触れながらお話しください』
んー……Z○om、もしくはLI○Eのビデオ通話かな?
っていうか手鏡四角いし、完全にスマホじゃないか、これ。
とりあえず、前世の記憶という予備知識があったお陰で、手鏡の使い方や画面の見方などはすんなり頭に入った。
前世の知識があってよかった。
こんな所で役立つとは思わなかったな。ちょっとラノベ展開とは程遠い役立ち方だが。
前世の知識に思いを馳せつつ、俺はずっと気になっていたことをポチに訊ねた。
「ポチ、お前、王妃とよく話すのか?」
『ええ、まあ。ほぼ毎日会話してますね』
毎日⁉
……こいつの名前【ポチ】じゃちょっと生ぬるかったかなぁ、ぐぬぬ……
「で、一体何を話しているんだ? 白雪姫の話通り、そして城内の噂通り、夜な夜なお前に、世界で美しい人間を訊ねているのか?」
『まあ色々ですが……そうですね。さきほどご主人様が私めに訊ねられた質問と、同じことを王妃様もお訊ねになられます』
「……で、お前はその質問に誰だと答えるんだ?」
『もちろん、白雪姫様だとお答えしております』
魔法の鏡もこんな奴だし、万が一の可能性を思って聞いてみたが……やはり白雪姫の物語通りの展開なんだな。
現状、アリシアはビアンカに冷たい。
冷たいだけでなく、ビアンカを見るアリシアの目が滅茶苦茶怖いのだ。それにビアンカに対する態度だって、十歳の子どもに対する態度かと思うくらい非常に厳しい。
俺に対しては無関心という冷たさだが、ビアンカに対しては攻撃的な冷たさのように思える。
前世を思い出す以前、ビアンカに対する態度をもっと優しくして欲しいと、アリシアに間接的に伝えたのだが、ビアンカから、
「お父様、大丈夫です。王妃殿下は私のことを考えてあえて厳しくされているだけ。だからあの方を責めないでください」
と言われ、結局そのままになってしまっている状態だ。
ビアンカ、よい子過ぎる……
あの子はああ言ってはいたが、これも全て、継子への嫉妬からくる態度なのだろうか。そして今後、嫉妬を拗らせまくって、ビアンカに危害を加えるようになるのだろうか。
正直、信じられない。
いや、信じたくない。
「……まあ、お前の言う通り、ビアンカは滅茶苦茶可愛い。将来は絶世の美女になることは間違いないから、その答えで合っているが……でもお前さ、世界で一番美しい人間は誰かと訊ねてくる相手に、よく別の人間の名前を出せたよな? そこは世辞でも、訊ねた人間の名前を出すだろ……後々厄介ごとに発展するとか考えなかったのか?」
ほんっっっっと、これなんだよな。
こいつがいらんことを言ったがために、白雪姫の物語も、この現実も、えらいこっちゃになったわけで。
俺の気持ちを感じ取ったのか、ポチが不服そうに声色を低くする。
『そう仰いましても。白雪姫様だとお答えすると、王妃様が大層お喜びになりますので』
「そう……か、それなら仕方ない………」
…………
…………
…………
…………
へっ?
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