食欲の秋特別編 ニシン蕎麦の章
麺職猫ミズー ニシン蕎麦への挑戦1
とある朝の事。ハーラー薬局の営業開始時間は遅い、つまりはトールとジルの朝も遅い。今日も今日とて、まったりとした朝の時間が流れていた。
トールがベッドで微睡んだような状態で眠っていたところ、布団の上から確かな重みを感じた。おいおいジル、朝から熱烈じゃないか。そう思い、布団から手をだし重みを抱きしめるとなんかしっとりしている。
半分寝ているような状態で頭が回らないのもあり、トールがジルは随分湿っぽくなっているなあと意味不明な事をぼんやりと考えていたその時、隣からジルのうめき声が聞こえた。あれジルが横にいる、そう思うと同時に一気に意識が覚醒した。
トールが目を開けると、布団の上にどでかい薄青色の毛玉が鎮座していた。ベッドで寝ている俺たち二人に向かって、ミズーが圧し掛かっていたらしい。
「……何をしているんだミズー」
ジルも目が覚めたのか、小さい悲鳴を上げた。前もこんなことがあったような気がする。
『いつまで寝ておる。早急に起きよ。非常に重要な案件がある』
「非常に重要な案件ってなんだよ」
『ともかく急げ』
そう言って、ミズーは一階へとにゅるりと降りて行った。防犯も兼ねて一応二階への扉に鍵をかけているのだが、ミズーにはそんなものは関係が無い。
「重要な用事って何だろう?」
ベッドから出てジルが着替え始める。俺もベッドから出る。
「多分めちゃくちゃどうでも良い事だと思う」
「でももしかしたら本当に重要な事かも?」
「いや絶対にない」
「ふふふふ、まあそうだよね」
ジルと二人で着替えを終えて一階に行くと、リビングスペースでエジプト座りしているミズーがいた。いつになく真剣な表情をしている。こういう表情してる時は大体しょうもない事を考えてる時なんだよなあ。
俺とジルが椅子に座る。
「んで、わざわざ俺たち二人を起こしてまで伝えたい非常に重要な案件ってなんだよ」
『うむ、実は昨晩祖の所へ行っていたのだ』
「不動なる地母の所へか? 何しに行ったんだ?」
『それが重要な案件だ』
不動なる地母が出てくるとなると、本当に重要な案件なのかもしれない……。俺たち二人はミズーの次の言葉を待つ。
『そこで祖にお伺いを立て、ついに判明したのだ』
「……何が判明したんだ?」
『ついにニシンがどういう魚かが判明したぞ!』
その一言で、テーブルに顎肘をついていた俺はズッコケた。ジルは苦笑いしている。
「お前、まだニシンの事を諦めてなかったのかよ!! つーか、そんなくだらない事をわざわざ聞きに行くなよ! 俺の傍を離れたらダメなんだろ!」
『一階に別の調整者を念のため置いていたため問題は無い。そもそも、お主が祖にお伺いせよと言ったではないか』
「そんな下らない事を本当に聞きに行くとは思わなかったんだよ。そんな馬鹿な事聞くなって怒られたんじゃないか?」
『いや、ニシンそばを献上するなら良いと仰っていた』
はー……、こいつもこいつだが、祖も祖ってやつだな。
『お主の言うニシンは、皇国では「カドタツクチ」という名らしい。皇国だとやはり北の方で取れるそうだ』
「完全に同種の魚なのか?」
『完全に合致しているわけではないとの事だ。だが、ほぼ同じと祖はおっしゃっていた』
「北の方ってなると……、バードーラン州が候補になるか。バードーラン州の事なら、ベーデカさんに聞いたら良い漁港とかを教えてくれるかもしれない」
「ベーデカさんってこの薬局の建屋を安くで譲ってくれた人たちだっけ?」
「ああ、ジルに会う前の話だよ。親切な人たちでバードーラン州で余生を送りたいからって事でさ」
「へーそうなんだ」
「そういやジルと結婚したって話をしたら、会ってみたいから今度来る時は連れて来て欲しいって言ってたな」
その時点でエーファとは結婚前だったから、当然エーファについては何も伝えていない。
『よし、そういうことであれば早速ベーデカの所へ行こうではないか』
「早速行こうって……、いつの話だよ」
『今だ』
ミズーが東大卒の某予備校教師みたいな事を言い出した。
「お前、ニシンのためだけに今からバードーラン州まで出かけるとか嫌だぞ俺は」
『駄目だ。ニシン蕎麦を献上しないと祖にお叱りを受ける事になる』
「お前だけだろ、お叱りを受けるのは」
『トールが渋ったと祖に報告する』
「やめろよ、俺も怒られるじゃねえか」
『では行くしかあるまい』
「え~~? マジで今から行くのかよ」
「トール。最近旅してなかったから行っても良いかなって私は思ってるよ」
『やはりジルヴィアは話が分かるな』
ミズーがそう言って頷いている。
「トールがお世話になったベーデカさんって人たちにも妻として会ってみたいし」
元々旅が好きなジルはミズー側だったらしい。
「は~~~、しょうがねえな。じゃあ店を臨時休業にして出かけるか? エーファは……多分来ないだろうな」
エーファはフィールドワークがあまり好きではなく、研究開発をとにかくしたいタイプで、かなりの出不精なのだ。外に出るのは気分転換の散歩や、買い物ぐらいのものだ。となるとニシンのためだけに出かけるのは当然NGだろう。
「どうせ魚を取るならカマボコを作っても良いかもな。元の世界だと、うどんやそばの付け合わせの定番だったから」
『なに!? そのカマボコというのはなんだ?』
「魚のすり身を蒸した物だよ。魚と塩だけで良いんだったっけか……?」
カマボコは魚の身を細かく切ってから、粘りを出すために塩を入れてからよく練って、板の上に成形してから蒸せば良かったはず。某アニメでは板に成形するのが結構難しいから、金属の容器に流し込んでたっけか? 火消しの江戸っ子親父も納得だ。そう言えば、片栗粉とか卵の白身を入れるって話を聞いたような……。まあ、多分魚と塩だけでも出来るだろう。
『よし、ではニシン蕎麦にカマボコを入れた物を最終系としようではないか』
「しかしニシン……、じゃなくてカドタツクチを手に入れたととしてだ、ザレで試行錯誤しながら調理するってなるとそれまでに腐ってしまう可能性があるぞ」
『凍らせればよい』
ああそうか、こいつなら水に入れたカドタツクチをそのまま水ごと凍らせるって手があるのか。そうするにしても血抜きぐらいはしておいた方が良いだろう。
「そうするにしてもクーラーボックスみたいな容器が無いと持って帰れないだろ」
『くーらーぼっくすとはなんだ?』
「俺がいた日本で魚とか生ものを傷まないように冷えた状態で運ぶための箱だ。保温性が高い容器で、生ものを氷とかと一緒に入れておくとしばらくは持つ」
「本当、トールのいた日本って国はなんでもあったんだね。行けるなら行ってみたいよ」
「まあどうやっても行くことは出来ないだろうけど、多分ジルが日本に来たらビックリするぞ」
『日本の事はどうでもよい。ともかく保温性が高い容器を準備すれば良いのだな? よしダイチの奴を呼んで作らせよう』
「おいおい、そんな事のためにダイチを呼ぶなよ……」
『豆腐を餌に釣ればすぐに来よう』
「待て!? その豆腐って俺が作るんじゃないだろうな?」
『ともかく旅の準備を急いでせよ。くーらーぼっくすとやらと旅の準備ができ次第ここを発つぞ』
ミズーは俺の都合が悪いであろう問いかけには無視している。マジで困った奴だ。
程なくしてダイチが来て、俺の説明でクーラーボックスのような四角い箱を作り出した。ただ、ダイチに聞く限りではその断熱能力は地球のクーラーボックスを遥かに超えたスーパークーラーボックスらしいが。そして、やはり豆腐を要望された。
突如としてバードーラン州へ向かう件や、豆腐の件など腑に落ちない所は色々とあるが、ともかくミズーがカドタツクチを凍らせて、ダイチが作ったクーラーボックスに入れれば余裕でザレまで持ち帰れるようだ。
……甘露煮ってどうやって作るんだろう、醤油と砂糖で煮込めばいいんだろうか?
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