第299話 リュベーク州定例会議

「では定例の会議を始める」


 ここはホルステンにあるリュベーク州を治める領主屋敷。領主であるゴードマン・リュベークの声で会議が始まった。大きな円卓の一番奥にある豪奢な椅子にゴードマンが座り、各業務貴族が円卓を囲うようにそれぞれ座っている。


「まずは毎年悩まされている至暖病の件であるが……、ノーライト卿から提案があると聞いている。クボン、申せ」


 その声でクボン・ノーライトが椅子から立ち上がった。


「実はアーヘン州にいる、市井の薬師によって対応策を提示されました。その効果のほどは私を見てもらえば分かって頂けるかと思います」


 周りにいる貴族の大勢は鼻をかんだり、涙を拭ったり、時折咳をしているにも関わらず、クボンにはそういう様子は見られない。


「それは真か、クボン? 確かに貴殿も去年は酷かったが……」


「確かでございます。懇意にしているカウン商会の商会長とその供の者にも効果が出ておりますし、我が娘が特に症状が酷く、例年悩まされておりましたが、随分と症状が軽くなりました」


「その口に付けている布当てもその一環か?」


「左様でございます」


「ふうむ……。それで?」


「効果は実証済みでございます。個人としてではなく、リュベーク州としてこの薬師に薬とこの布当ての大量製造を依頼したく存じます。貴族、平民問わずこれに悩まされている者は多い。州にて予算を付けて頂きたい。これで効果が出れば、州の生産性が上がるため、予算を税金として取り返すのは容易でしょう」


「アーヘンの、それも市井の薬師に頼るのか……」


 ゴードマンは難しい顔をしている。この男、とにかく州外の力を借りる、頼るのを嫌っている。自分の州が他州に劣っているように感じるからだ、とにかく全部自前でやりたがる。それがリュベーク州とホルステンの閉鎖的な雰囲気の主たる原因となっている。


「州から市井の薬師に直接と言うのは色々と問題になろうかと思います。ですので、アーヘン州のドミニク卿を頼ろうかと思います。先日お会いしましたが、良好な関係を築けております」


「ドミニクを頼るだと……?」


 ゴードマンはさらに難しい顔をしている。ドミニク・アーヘンと、そのドミニクが治めるザレの評判の良さはここにも届いている。ドミニクは稀代の名君だとも。そのような男を頼るというクボンの発言に機嫌が悪くなっていた。


「父上。クボンの申し出はもっともだと思います。まずは急ぎ流通させることを優先すべきです。十分に流通し、件の薬師に十分な報酬を与えた後、特許などの調整を行い、許諾を得てから処方などを解析しホルステンでも作れるようにすれば良いと思います。もしくは薬師の薬局の支店をホルステンに作り、薬師の師事を受けた者で運営し、得られた売上・利益を渡すという方式もあります」


 同席していたゴードマンの息子、次代のリュベーク州を治める貴族になるだろう長男のシュナーンがクボンに賛同した。ゴードマンはますます不満げな様子になった。


「クククク……、外部のしかも平民に頼るとは栄えあるリュベーク州貴族として恥ずべき行いですな」


 誰かが声を上げた。


「おお!! 流石はアクトゥルよく言った!!」


「閣下。その薬ですが、ノーライト卿より見せて頂いたことがあります」


「ほう、それで?」


「結論から申しますと、私の方でも調合可能でございます。もっと言えば、私の方が高品質な物を調合出来ますぞ」


「おおおおお!! 流石はアクトゥル!!」


 アクトゥルの発言で議場がザワつきだす。


「馬鹿な!! あれだけで薬の中身が分かり、調合が出来るだと!?」


 クボンに向かって、アクトゥルが下卑た笑みを見せた後、ゴードマンに向かってさらに発言する。


「閣下。こうなる事を見越して、この薬の量産準備はすでに整えております。予算を付けて頂けるのであれば本日より量産を開始し、ホルステンに行き渡るよう手配いたしますが?」


「でかしたアクトゥル!! 流石はリュベーク州が誇る薬業貴族たる男よ!! 予算は必要なだけつける、すぐに量産を開始せよ!!」


「閣下のご英断、ありがたく頂戴いたします」


「しかし!! ゴードマン様、件の薬師を裏切るような真似もさることながら、十分な効果を得るにはマスクなどの複合的な……」


「くどいな、ノーライト卿。市井の、それも他州の薬師など気にするだけ無駄というもの。さらには奴が作った薬は不十分な未完成品である事を確認している。ゆえに貴殿が付けている不格好な布当てなどを使わねばならぬのだ。私が作る薬は完璧、予防策など一切不要。余計な口出しはせぬようお願いしたいですな」


「よく言ったアクトゥル! この案件はアクトゥルに全面的に委託するものとする!! 以上だ!!」


 クボンとシュナーンは納得が行かない顔をしている。だが、最高責任者である領主がそう言った以上言い返す事も出来ない。


「アクトゥル、ちなみにその薬の名は何と言うのだ?」


「完青竜湯でございます」


「これにて病を完治させる竜の力を秘めし薬という事か。中々良い名だ。この件は終わり、次の議題だが……」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 会議が終わり、各々が帰っていく。帰ろうとするアクトゥルにクボンが声をかけた。


「一体これはどういう真似ですか、ミチャルケ卿!!」


「どういう真似も何も、会議で言った通りであるが? 儂に文句を言うということは、閣下に文句を言うと同義。それと分かっての事ですかな?」


 そう言って、アクトゥルは嫌らしい笑みを浮かべた。


「ぐ……!?」


「貴公は黙っていればよろしい」


 そう言って、アクトゥルは去って行った。クボンは怒りで強くこぶしを握り締めた。


「クボン」


 後ろから声をかけたのは、シュナーンだ。立場は違えど、シュナーンはクボンの昔からの友人である。


「シュナーン……」


「まったく親父の外部嫌いには困ったもんだ。あれがこの州の停滞の原因だろうに。アクトゥルの野郎は、件の薬師の薬を解析でもしたのか?」


「しかし、ごく少量を短時間見せただけだから解析など出来るわけないと思うんだが」


「俺が調べた感じだと、奴はどうも前々から裏がありそうだからな。この件、その模倣薬だけで上手く行くもんなのか?」


「分からない。ザレの薬師は、薬だけじゃなくてこの布当てなど全てを複合して使っても効果が出るか分からないと言っていたからな」


「とすると奴が足元をすくわれる可能性もあるわけだ。とりあえず詳しい話を聞かせてくれ」


 シュナーンとクボンは話をしながら議場を去って行った。そして、誰も居なくなった議場からとある影が消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る