第86話 オーストラリア有限会社国後退戦 万国戦艦博覧会

 恒星ハダルは磁気嵐が酷い為、慢性的に無線やレーダーが使えない地域であり、宇宙開発歴初頭は『不毛恒星』などと呼ばれ嫌われた星であった。その不毛恒星に笹本率いる第6艦隊が滑り込む。背後に136万隻にも及ぶ公国の艦船を引き連れてだ。

 優雅な曲線と多弾頭旋回砲塔を前面に供えたフランス宇宙軍『シャンパーニュ級宇宙戦艦』と、前方の×型密集主砲の後方が折れそうなくらいにスリムなポーランドの『コペルニクス型宇宙戦艦』の脇をすり抜けたそこで第6艦隊はとんでもない物を見てしまった。それは恒星の陽光に紛れて潜んでいる多国籍軍の群れだ。

「これは凄い。万国戦艦博覧会の様相だね」

 思わずサントスも呟いてしまう。

 全長309メートル、船幅48メートルという、パナマ運河を通したい海軍の特徴を色濃く継いだのはかつてアメリカ合衆国と呼ばれた国の後継国家、株式会社USAの『ファラガット級宇宙戦艦』だ。この国はむしろ航宙母艦に特徴がある国だが今回は随伴していない。恐らくキリマンジャロの風作戦で航宙機を使い切ったのだろう。

 艦影が上下左右で対称形の艦船は英国『ランカスター級宇宙戦艦』だ。本来の戦闘では後方の主砲は役には立たないが、世界で一番逃げ撃ちが得意な戦艦だ。

 小マゼランで痛い目に遭ったブラジル宇宙軍も居る。カラフル極まりない配色とアホみたいな装飾が華美な戦闘艦だが、ブラジルらしいと言えばあまりにブラジルらしい。

 第8共和政ドイツの戦艦は船足が遅いのが特徴ではあるが、ベトナム宇宙軍の戦艦以上に頑丈で、装甲が厚い。格闘戦に向いた船と言えばそうなのだろう。


 一際異彩を放つのはチベット永世王府国の『リン・チェン型戦艦』だ。日本同様一切の戦闘に核の使用を禁じたこの国は、光子力エンジンの光子取入れの為、艦船に帆を張ったのだ。世界で一番美しい戦艦との呼び声が高い。


 斉射を最初に敢行したのは先頭に居たフランスとポーランド、ベトナム。そして主砲が小さい代わりに射程が長くて充填、装填が速い株式会社USAの戦艦、巡洋艦群だ。各国によって色彩が異なるビームを照射する。


「なにこれ?こんなに頼んだ覚え無いですよ。どうなってるんですかこれ?」

 何かの勘違いを引き起こしたのか、3Dホログラムで小鳥遊が問い合わせをかけてきた。

「世界の宇宙軍……暇なの?」

「暇って言い方無いでしょ酷いわね!」

 グェン司令長官の元には一斉に世界各国の国軍から加勢の挨拶が舞い込んでいる。

「ああ。暇だったのさ」

 急に3Dホログラムの回線が開き、テンガロンハットと高級ブランドのサングラスをかけた株式会社USAの派遣軍司令長官が笹本を庇う。

「今回戦艦の役目は航宙母艦の護衛だけだったんだ。花形の戦艦としては口惜しすぎる。頼むから混ぜてくれよ」

 笹本たちの脇には更に世界の戦艦が姿を現す。横に平べったい形のアンゴラ宇宙軍、これといった特徴が無い四角四面の角を取り、カンガルーのシルエットをあしらったオーストラリア有限会社国。

 今の所笹本達はまだ向きなおれない。その為のスペースが不足しており、突き抜ける以外に手段がないのだ。

 

 今笹本達から遠ざかり、側面か後方を狙いに向かっているのはおどろおどろしい姿をしたルーマニア宇宙軍と、ブーブーと何かを鳴らしながら離れていく潜水艦のような姿をした南アフリカ共和国の艦船だ。

 ここでやっと向き直った第6艦隊ではあるが、総数400万隻を超える多国籍軍の前にやれることなんか限られた事しかない。

「こ、航宙隊発艦急いで。敵の船足を喰いとめて」

 笹本の指示も思わずぎこちない。何か国かは残ってくれたら嬉しいなとは思っていたが、この残り方は明らかにオーバーキルだ。

「笹本さん?他の指示は?私が手持無沙汰なんだよ?」

 小島は衝角ラム戦のチャンスを伺っているが、ここまで集合してしまうとむしろ送り出す方が危険だ。

「今回小島さんは見事突撃オブザーバーという大任を果たしたよ。それで勘弁してください」


「多国籍軍に半分帰って貰えば私の出番出来るよ?」

 小島が人も無げな事を言い出した。

 ここで共和制ナイマン国からご挨拶が笹本の元に舞い込んだ。

「おやまあ辛口なお嬢様だ。そうは言わずに仲間に入れてくださいな。やり足りないんだ。お嬢様が欲しいように我々にも戦果が必要なのさ」


 そう言われてしまうと割と何も言えない。

「まあ。今回はお譲りしますよ」

「ありがとうお嬢様。今は我らの名誉の為に、戦功を心の隅に留めておこう」

  

 ブツリと切れた挨拶に、小島が「カッコ良い事残しますよね」と言いながら3Dホログラムを切った。


 フランス宇宙軍の旋回砲搭はなかなか有効だ。上面に3連砲が2つ、下面に第一砲塔が5連、第二砲塔が6連、第三砲塔が7連という豪華砲塔が側面を向きながら公国の側面に回り込む。ベトナムやポーランドは側面スラスターを使い正面を向きながら回り込むのとはかなり対照的だ。


 笹本が放った航宙機が、フランスやベトナム、ポーランドの本来の援軍の航宙機と共に敵の脚を鈍らせる。数は戦闘規模に比べて少ないが、表層に居る敵艦をいじめれば渋滞を引き起こすのには充分と言えるだろう。

 

後方には既に小粒なだけに脚が速い株式会社USAの大艦隊が回り込んで、早くも第2斉射を浴びせている。

株式会社USAは核融合エンジンを2つ積んでいるためエネルギー充填が早いのだ。

 

「参謀長さん、今回突入が無いのは仕方ないけど。指令はどうなのかしら?」

 大場あられが3Dホログラムから聞いてきた。

「仕方ないよ。僕らも敵を包囲する壁の一枚になろう。許してくださいね」

「構いませんよ。私も死亡判定は喰らいたくないわ。皆にも影響しそうだし。しっかり包囲の壁になりましょ」

 大場霰さんは流石に大人だ。

「助かります」

 ここでマレーシア宇宙軍も合流した。しかし集まった大艦隊を前にやれる事は少ない。開いた所を埋めるべく移動を開始した。

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