第68話 ブラックホールトライアングルの戦い2

「一番目行きます!」

 新型揚陸艦が敵の分乗艦に次々突き刺さる。

 突き刺さった揚陸艦から師団長とAI歩兵がテレポーターゲートから出てきて白兵戦闘に移行する。


 どうやら敵の艦船にはAI歩兵が居ないらしく、モニターを何故か破壊してから白兵戦闘を開始している。

 あまりに沢山の分乗艦が有る為、未だ大場一家の出番は無いが、生身の人間同士の戦闘では第6艦隊の兵員の方が強いようだ。

「あれ?うちの師団長達強くないか?」

 ハイライト画像を見た笹本が思わず呟く。

「大場一家が渾身の指導をしていますから」

 その呟きに答えたのはコミュ障っぽい秘書官、各務原若葉だ。いつも似たようなリクルートスーツにギャリソンキャップ。美しい訳ではない顔立ちが逆に秘書官に向いていると言われそうな奴だ。


「あまり過酷な訓練していなければ良いんだけどな」

 笹本が答えると、今度はエチエンヌが答えた。

「なんでもカタという物を用意して自分のペースで反復練習出来るようにしたらしいわ」


 笹本が何となく理解しかけた所にウルシュラから声がかかる。

「敵の第2斉射来るよ。今度は劣化ウラン弾だね」

「当たる気しないよ。ケンジ」

 すかさずサントスから報告が来る。

「ホントにね。あれは当たらないね」

 主砲は遥か下に向けられている。


 笹本は気付かなかったのだが、ブラックホールはより近い側の対象がより真下方向で奥に見えるらしい。ブラックホールの吸引力は可視光をもねじ曲げるのだ。

「斉射来ます」

 案の定ビーム撹乱膜を嫌った劣化ウラン弾による実弾斉射なのだが、これは笹本は狙い済ましていた。

 ビームは光の速度で放たれるが、実弾は音速の5倍程度の速度しかない。

 そんなものはむしろブラックホールの吸引対象だ。撃ち出された主砲は、しんなりと放物線を描きながらブラックホールに吸い込まれる。


「ウハハハハハハハハハ!!」

 その様子がおかしかったのかウルシュラが爆笑した。割と酷い奴だと笹本は思ったが、確かに落っこちていく様は見ようによっては腹を抱えるほどおかしいだろう。現に観戦武官や弔問客も何人か吹き出している。

 第2斉射を司令し、相手はその間に駆逐艦によるナハトドンナーミサイル攻撃をしてきたがこちらもとんだ方向にしんなりと落ちるだけだ。多分次回位から放射状に撃ち込んで弾道を割り出しに来るだろう。

 

 その間も新たなる衝角ラム戦と斬り込み戦が発生している。

 通常なら公国は旗艦に全ての乗員を集めて、そこからリモートしている。

 理由は旗艦以外の艦船が乱造品で、機密が保たれていないからだ。これは以前にもウルシュラが確認していたが、別段真空状態でも動けるライトバリアーを使っている訳ではなさそうだ。機密性の高い艦船を優先して回して貰っているようだ。

 一回目に突入した揚陸艦が遂に艦橋ブリッジを攻略した報告が為された。まずはある程度テレポーターゲートからAI歩兵がやって来て苦戦した事と、逮捕者212名、急いで帰投しますとの事だ。

 何となく嫌な予感がする。


「あ。ケンジさんあれ見てよ」

 突入によってリモートが解けた艦船が再集合を始めだした。

「あいつらプロバティまた弄りましたね」

 福富が淡々と解説する。要するにブラックホールの肥やしにする前に戦力の一部に加える為に追加でプロバティを弄り、一人が持てる艦船の頭数を増やし、それを補う為に今ほどリモートが外れた艦船を旗下に加えているのだ。

 

 笹本の見立てでは約3割程がブラックホールに飲み込まれたが、それでもかなりの艦船が集まり、再び武装を放つ。

 しかもここに来てジュルベーズは逃げ出す算段までたて始めている。進路を自分たちの真上に取り始め、つき抜けを狙い始めた。笹本は逃すつもりはない。後退を指示してジュルベーズ艦隊を付け狙う。


 その頃叢雲は第1軽巡洋艦の船団長とともにブラックホールのひとつを周回していた。

 その足取りが恐ろしく速い。これは計算ソフトのもう一つの機能である最速コース計算が働いて居るためだ。

「気付かれませんかね」

 思わず叢雲が軽巡洋艦内で呟いた。

「気付く訳有りませんよ」

 意外にも答えが帰ってくる。

 つい最近軽巡洋艦筆頭船団長になった22歳の男性だ。

「ブラックホールの周囲は光が歪みます。真後ろの光は途中で捕まり見えなくなります。まあ難しい話ではありません。多分接敵3分前にやっとレーダーが関知してくれる位ですかね。そうなると回頭も何も間に合いませんよ」


 船団長は随分細かく話してくれたが、叢雲には訳が分からなかった。彼を軽巡洋艦筆頭船団長に強く推挙したのはエチエンヌ・ユボーらしいが、理屈屋同士反りは合いそうだ。


「なるほど分かりません。でも見えた頃には手遅れなのですね」

 叢雲は恥ずかしがらず、堂々と答えた。

「あ。すみません意味不明な話を」

 頭を掻きながら回答した。

「はい。見えた頃には手遅れです」

 

 船団長席の周りには量子力学と宇宙論を解説した書物が沢山無造作に置かれ、今さっきもあちこち開いて読んでいるかのようだ。

 掻いた頭からパラパラとフケが落ちる。鼻にずり下げた眼鏡は何か汚く、そこら辺はエチエンヌは嫌いそうだ。

 

「別の話になりますが、参謀本部に来てみませんか?」

「え?私がですか?呼ばれてもいませんよ」

「では私が次回呼びますよ。先輩さんはあなたを歓迎するに違い有りません」

「先輩さん?ああ、参謀長の事でしたか」

「はい。あの人は変わり者をコレクションしてるみたいですから」

「え?」

「え?」

 変わり者と言われてキョトンとした船団長に、叢雲は自分を変わり者と思っていない所がますます変わり者だという聞き返しをしていた。

 

「ヘックション」

 笹本がくしゃみをした。

「おや?風邪かな?身体は大事にしておくもんだよ」

 そばに居たウルシュラがくしゃみに言った。

「いや。風邪は無いかな。ところで戦死判定の人数は?」

「うん。現在33名。想定よりも少ないと思うよ」

「そうか。確かに少ないね。福富さん、軽巡洋艦は?」

「順調です。あと1分で背後に回ります」

 

 福富の解答は堂々としている。

 紺のブレザーにくすんだ色合いのネクタイ。しかしその制帽は赤い作業キャップという呆れた軍装のおっさんは自信に満ち溢れて答える。

 ジュルベーズの最後のあがきが始まった。事も有ろうに衝角ラム戦に陥った分乗艦を自ら攻撃し、突入した師団長と分乗先の乗組員を諸共消し去りに来た。ジュルベーズの行動は末期症状だ。

 そのような中でも戦闘は続く。

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