第63話 戦士達の覚醒

 焦土作戦の舞台になったブラジル領小マゼラン星雲は、各種震災、水害経験者の予測を遥かに上回る惨状だった。真っ先にテレポーターゲートが爆撃された後、食料は根こそぎ奪われ、生産施設は破壊され、必要もなく金銭まで奪い去っていった。そこにはただ人だけが残されていた。

 問題は工業系コロニーよりもむしろ農耕用コロニーの方が深刻だった。高濃度のカドミウムを散布したコロニー内の空気はかなり浄化しないと救援に来たボランティア達までもがカドミウム中毒を引き起こし、骨が脆くなり、立つことも動かすことも出来なくなる状態だった。

 

 叢雲はとある工業系コロニーの救援に第一高速戦艦船団と共に向かい、そのような惨状を目にし、急遽食料の前にスープを出す事にした救援部隊は多数のボランティアと共に配給を始めた。

 その目の前でうずくまったままの老人を見かけた叢雲が、そのお年寄りにスープを届けに行った。

「さあおじいさん、まずは飲んでください」

 老人は顔を上げ、叢雲を見て安心したように微笑み手を握り……そのまま意識を手放した。

「おじいさん!こんな所で倒れないでください!もうちょっと長生きしましょう」

 騒ぎを聞きつけた医師が駆け付け、大急ぎで心臓マッサージと人工呼吸まで始めた。叢雲は生憎医術には何も心得は無いが、老人が握った手を手放してはいけないと感じたのだろう。ただそばに居て必死に握りしめていた。

 場所が老人にとって悪すぎた。

 次々と重篤な民間人が運び込まれるこの地において、寿命なのかも分からない老人に手をかける余裕は少ない。最初10人位居た医師や看護師は徐々に他の患者の為に引き抜かれ、30分経った頃には医師、看護師が1名ずつしか残って居なかった。

 多分医師達もベストを尽くしたのだろうが、老人は蘇生しなかった。

「ご臨終です」

 医師の無情な宣告の後、看護師が叢雲を慰めようと声をかけた。

「たまに有るんですよ。極限状態の方は手を差しのべた瞬間に緊張の糸が弛んで死んでしまうんです。でも差しのべない訳にもいきません。叢雲さんは何も悪くは無いのですよ」

 聞いているのかどうかは分からないが、目に涙を溜めた叢雲は、遺族が体力を回復して遺体の引き取りするまでの約7時間、冷たくなっていく手を握り続けた。

 

 第12戦艦船団の船団長、福富昌孝は前回の騒動において、二階級特進した他「ITマスター」という二つ名を得てエンブレム持ちになった。

 年齢46歳。安物の眼鏡に白髪交じりの7、3分けという何とも目立たない様子のこの人物、なにぶんにも運が良い。

 旗艦からかなり離れた場所に有るコロニーに支援物資を届ける最中に事件が発生した。


「レーダーに反応有り。敵です。数は3000!?」

「なるほどね。焦土作戦を長引かせる為に小分けになった分隊を叩こうと言うわけですか。みすみすやられらる訳にも行きませんね。反転逃げろ」

 第12戦艦船団は急遽向きを変え、敵からの逃走を開始する。

 福富は繰り返すが運の良い人物だ。各方面に連絡を入れている折りに、比較的近くに小島鼎が居る事が分かった。福富は小島に誘われ、共同戦線を張る事にした。

「福富さん。今回は大場さん一家が居ないからあの分艦隊の旗艦を沈めてしまうよ。その後のお片付けをお願いしたいんですよ」

「分かりました。全力を尽くしましょう」


 攻撃中に敵の旗艦が瞬時に分かるのは小島と、モンゴル原始共産主義国の人だけだ。本人曰く『攻撃が一瞬早いから分かるよ』なんて言っているが、誰にも分からない。

 モンゴルの人達は旗艦のエンブレムが見えるらしいけど、今回の敵はエンブレムが無いから分からないのだ。


小島は相手の旗艦に20隻にも及ぶ揚陸艦を叩きつけ、旗艦を爆散させた。福富が反転して残党を葬った。

 しかし攻撃や逃走において手放した支援物資は全て奪われていた。福富も小島もやむ無く帰投するしか無かった。


 こんな幸運は希なケースだ。

 各地の分隊の中で撃沈2853隻。戦死判定886名。そして奪われた支援物資多数。今までで一番の被害を出している。


「酷いな。支援を許さない構えとはね」

 結果リストを眺めながら笹本が唸る。

「完全な采配ミスなのかなぁ」

 弱り顔の笹本に傍に居た航宙隊のアリーナ・ガイストと小鳥遊高雄両准将が笹本を励ます。

「目の前ですよ!?目の前に困った人が居るなら助ける事こそ当たり前です!卑怯で非道なのは敵の方です。参謀長さんは当たり前の事をしただけです」

「そうだぞケンジ。敵のジュルジュルルールーは捕えてぶん殴ってやりたい気持ちで一杯だ」

「協力させてくださいねアリーナちゃん。僕は完全なる男女平等主義者です。だからジュルベーズ・ルンルンの胸倉にドロップキックでもジャンピングニーパットでもぶちかますのに躊躇ためらいも呵責かしゃくも無いです」

 小鳥遊とアリーナは盛り上がる。要するに二人とも怒り心頭なのだ。国家連邦政府が用意した救援物資とはすなわち世界の善意だ。その善意を踏みにじった行為が許せないのだ。

 

 今この間にも艦隊乗組員はそれぞれの場所で引き起こされた無数の死を目撃している。実の所笹本はこれで退職をしやしないかと心配していたのだが、叢雲にしろ、不意打ちに敗れて戦死判定を受けたマレーシアの男の子にしろ、行った先で既に何体もの遺体を片付けたウラジオストク共和国の女の子にしろ、逆襲を鮮やかに決めた小島鼎にしろ、笹本の予想を良い方向で裏切っている。

 その殆どが何かに誓ったのだ『もっと強くならなくては』と。


 そのような各員の感情をよそに国家連邦政府は遂に全会一致でジュルベーズ・ルルーを戦争犯罪人に指定。その捕縛任務を目の前にいてちょうどいい感じに捕縛件数が多い第6艦隊に指令。支援物資の配給は編成中の第7艦隊が交代する事になった。

 第6艦隊の為すべきことが急遽変更されたわけだが、逮捕捕縛が狙い目ならば呼び出すべき人物は1チームしかないはずだ。皆もそう言っているのだ。笹本は遠慮なんかしてはいられない。

 そこに自国が苦境して泣いているサントスも、老人の死を運悪く看取った叢雲も、同じフランス人が散々やっていたたまれないエチエンヌも居ない。

 スカスカの参謀陣を実はアリーナと小鳥遊で埋めていたのだが、やる事が決まれば笹本も閃くものだ。狡猾にして残虐な逆襲が今始まる。

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