第42話 陳興道会戦3

 目の前に残る敵艦隊は2つ。しかし笹本自身は割とプレッシャー少なめに指揮を出来ている。これはカノープスの時と違い、目の前にA+ランク提督であるアレハンドロ・パーラが居ないからだ。公国の提督ランクは誰一人分からないが、多分笹本と同じ素人だ。

 ならば以前から溜め込んだ知識が指揮に影響する。笹本は薬局の店長としてランチェスターの戦略と孫子の兵書をよく読んでいたし、割と歴史が好きで、戦争に関わる読み物や戦術を眺めるのが好きだったのだ。

 それが活かされて、ざま無く副提督兼参謀長なわけだが。


 本来ここに居る筈のグェン提督だが、艦隊内には不在である。提督は自分が艦隊の為に出来る事を模索する内、敵のコントロールアウトしたリモート艦船の破壊、回収の為にベトナム国内を頼み歩き、小規模なパトロール艦隊を多数急造してベトナム宇宙軍と第6艦隊のサポートをし出したのだ。

 集まった退役軍人会やら宇宙軍養成所学生、義勇兵に急遽艦船が与えられた。退役軍人会のロートル達は廃棄間近の旧型艦で。養成所学生には試験運用が済んだだけの超新造艦に乗り込み、20近くのパトロール艦隊が周囲に居るのだ。グェン提督はその内の1部隊の指揮官をしている。養成所の生徒の中にどうしても提督を名乗れるほどの傑物が居ない艦隊が出てきたためだ。

 

「で?ササモト。次はどうするのかしら?」

 テレポーターゲートをくぐって帰ってきたエチエンヌ・ユボーが笹本に聞いてくる。

「ユボーさんおかえりなさい。今日ほどユボーさんを待った日は無いよ」

「え?そんな」

 思わず顔が赤くなるエチエンヌ。思いのほか純情乙女だ。笹本は無線機を渡してエチエンヌに告げた。

「右側の提督の名はジュルベーズ・ルルー。同じフランス人として出来るだけ長電話してください」

「はぁ?面識ないわよ。貴方ならやるの?『左の提督はナタカ・ゴンザエモンさんです。同じ日本人同士長電話してください』って言われて」

「健康相談なら乗ってやるとも」

「そう。作戦なのよね?バカバカしいけどやってやるわよ。二度目は無いと知りなさい」

 その間に叢雲も帰還してきて挨拶をしたが、笹本もエチエンヌもかなりガチになっていて気が付きもしなかった。その間はサントスが防御一点張りで頑張っていた。


「初めましてジュルベーズ提督、こちらは……はい」

 エチエンヌが仕方なく無線を繋げた中笹本が始める。

「今はとりあえず左側の艦隊を攻撃しましょう。こいつの方が難しいと思うから」

 左側の艦隊の提督情報から読み取れば、慎重過ぎるきらいがあり、長引きそうな人物である。

「そういう個性は良いよね」

 笹本が2回目の斉射を喰らわすと、左側の艦隊は後退する。比較的に公国の斉射がかわされてしまいなかなか有効打にならないからだ。

「あ。斉射諦めましたね」

「ああお帰りなさい叢雲さん。こっちには守護神サントスが居るからね」

 笹本は今更のように叢雲に挨拶した。

「今しばらく右側を攻撃しましょう」


 『待ってました!』

 『やれ!かねてからの打ち合わせ通りだぞ』

 『ああ聞いてる。さてさて何が貰えるかね』


 航宙隊の無線が慌ただしい。若い航宙隊は意外にも些細な違いを見落とさない。無線で長話に興じているジュルベーズの船団だけ微妙に攻撃や機動が散漫なのだ。航宙隊は独自にマーキングをしていて早くもそれに攻撃を仕掛けている。

「航宙隊のみんな。その中に指揮艦が紛れてるよ。それを射抜いて名を上げろ!」

 『緊急クエスト発生中!』

 『その手柄、このワルきゅ~れが貰ったぁ!』

 『この素経苦汰悪スペクターを忘れて貰っちゃ困るぜ!』

 

 軒並み航宙隊が元気になりだした。まだ褒章も提案してないのにだ。若くやる気に満ちて喜色満面。あれ?何かサイコな気がするぞと笹本は困惑したが、別の事を呟いた。

「良い子達ばっかりだな」

「そうだね」

 ウルシュラがその呟きを返してくれた。

「左の奴再び接近してきます」

「艦船は左。航宙隊はそのまま長電話を攻撃しましょう。案外まぐれで終わってくれるかも」

 そう言っている内にまぐれは発生した。

「あら?無線が一方的に切れたわよ」

「エチエンヌさん。ビンゴです」

 レーダーから黄色に紅い薔薇のエンブレム、ジュルベーズ・ルルー旗下のエンブレムがごっそり消えた。まぐれが発生してしまったのだ。

「ユボーさん……お手柄です?」

「私は無線してただけよ!ついでに何で疑問形なのよ!」

「お叱りは後でご存分に。さあ前進しながら陣形は紡錘陣形。臆病者を追い落とします。航宙隊もついておいで」


 『了解』

 『承知しました』

 『うちの副提督はありゃあ、尻に敷かれるタイプだな』

「え?今のユボーさんのお怒り、なんでみんな知ってるの?」

「あー。ハイライトの5番目に入ってるわー」

「ちょっと!私酷い女じゃない?でも良いわ。抜け抜け酷い女演じてやるわよ」

 立場は逆転した。防御しなければならない第6艦隊は規模が同じなら追う側に充分立てる。反面慎重すぎる敵の提督はじりじりと後退していく以外の道が無くなってしまった。

 しかし笹本達はあまりこれをゆっくり料理している訳にも行かないのだ。他の5艦隊を相手にしているベトナム宇宙軍第2、第3艦隊を救援しなくてはならないのだ。しかも敵の提督は自分の意志で斉射を使っていない。これは勝利以外の道はない。短縮有るのみだ。しかし堅固な宇宙円陣を駆使する敵の逃げ腰提督、イギリス人のフォックスと言う名前らしいが、コイツには笹本が手こずっている。

「ケンジ、このじり貧を僕にやらせてよ」

 サントスが珍しく自己主張した。笹本は任せるしかなかったが、サントスは意外にも簡単にやっている。

「円陣の弱点は一点突破されやすい所なんだ。だから揚陸艦のリモート艦を先頭にして」

「次は駆逐艦。良いですね、槍先のように尖った陣形でいこう」

「航宙隊は先端の艦船をナハトドンナーで潰しておいて下さい」

 サントスの丁寧な指示に艦隊が動く。そんなサントスが突如狂気に満ちた司令を飛ばす。

「リモート揚陸艦を揚陸速度で突っ込ませます。突撃!」

「やれ!運が良ければ指揮艦に突き刺さるよ」

 

 残念ながら揚陸艦はフォックス提督の指揮艦には届かなかったが、円陣にどでかい穴が開いている。サントスはその瞬間を逃がさなかった。

「全艦突撃!中にフォックス提督が居ますよ」

 サントスに煽られたように突撃した揚陸艦や駆逐艦は、残った円陣の防御を破ったり浸透して指揮艦に5発のナハトドンナーミサイルをぶち当て勝敗を決めた。ここについに第6艦隊は目の前のどこかに行っちゃったレーム提督以外の4艦隊に圧勝したのである。

「僕が墨守と堅守だけの人だと思っていたかい?ケンジ」

「済まないサントス。ずっと思ってた」

「いや。その通りだからこそ勝てるんだ。自分が防御をしていても弱い所がボロボロ見えてくるんだよ。そこを突かれたら負けてしまうってね。そこを突いたまでだよ。それにあいつは守ってなんかいない。逃げていただけだ。そんなの堅守でも墨守でもない。逃亡だもの」

 艦船はベトナム宇宙軍の応援に舵を切る。風景が変わり恒星陳興道チャン・フン・ダオが正面に来る。サントスはそれに思わず片目を閉じて眩しさに手をかざしながら更に続けた。

「僕が勝てなかったらカナメに笑われるよ。声を合わせる位言ったんだもの『落ちなかった城塞は無い』ってさ」

 サントスの一撃は見事であり、かつその顔立ちはいつにも増して精悍だった。 

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