第39話 ウルシュラ・キタ

「おい笹本君、今日どうせやる事無いんだろ?私に付き合ってくれるかい?」

 そう言って3Dホログラムで通信してくるのはウルシュラ・キタだ。その日休日だった笹本は前回の戦いである現時点での正式名称『陳興道チャン・フン・ダオ12-2の戦い』についての反省点とレポートをまとめようと、朝から全体寮の自室に有るデスクに向かっていたところだった。

「え?前回の戦いの総決算をしようかと思っていたんだけどな」

「総決算を大学ノートとシャープペンでするのかい?アナクロな人だなあ」

「いや。全く以ってその通りだね。ホントだ、アナクロだね」


 笹本はノートを閉じてホログラムに向かい合った。ウルシュラが休日に笹本を誘い出す事なんか2度3度の話ではない。

 何か面白い物を開発しては見せびらかし、何か解析しては見せびらかすのだ。

「で?今回はどんな面白メカを開発したの?」

「なんだいそれどこの戦隊イエローだい?まあ、それは見てのお楽しみさ」

「伺うよ」

 交代制でウルシュラはその日は出勤日だったので、笹本はわざわざ軍装に身なりを整えて艦内に向かった。

 ウルシュラは艦内に勝手に作った開発室的な何かの部屋にいた。


「やあ笹本君、私の開発室にようこそ」

 ウルシュラは大きく口を開けた笑顔で笹本を歓迎した。顔立ちは悪くないが笑顔は下品だ。普段は着ていないオレンジ色の作業繋ぎのエンジニア制服と作業キャップが妙に似合っている。

「で?今日は何を見せてくれるんだい」

「以前改造した生存者チェッカーを更に改造したんだ。使ったら分かったんだ。意外と居るものだね」

「え?密航者?」

「いんや。鼠とか虫とか。この艦内にも結構いるんだ」

「やだ燻煙しなくちゃ」

「取り敢えず駆除ロボット作ったから様子見ておこうよ。これだよ」

 ウルシュラは何でも作る。有効かどうかは別問題なようだ。手のひらサイズのちょろちょろ動くマシンがスススと部屋を出て行き、何かを狩りに行った。

「なんであんなの作ったんだい」

「茶色いあのカサカサした虫ならまだ良いんだけどさ。それが戦艦を食べる地球外来生物だったら困るじゃないか」

 はたと手を叩いた笹本が納得した。

「それは困るな。いや茶色いカサカサした虫も嫌だけどさ」

「まあ嫌だよね。で?レポート提出どんな事書く気だい」

「無駄が多い内容だったなって」

「そうかなぁ?笹本君がそう言うのならそうかも知れないけど、案外衛星に取付いてのお祭り騒ぎも楽しかったし相手のイライラを充分に買えたよ」

「そうか。そうなのかな」

 そう聞いてしまうと考え込んでしまう。


 しばらく沈黙が続いた。

「ねえ笹本君」

「はい?」

「私は無駄とかより笹本君が軽くぶちギレした時が怖かったよ。全軍突撃とか言わなくて本当に良かったと思ってるよ」

「そんな小島さんでも有るまいに」

「まあ結論私が軽くぶちキレて散々無線ジャックしちゃったんだよね。アハ。笹本君が提督を尊敬しているように、私は笹本君に感謝しているんだよ。ペテン師呼ばわりなんか私が許さないよ」

「よりによって僕なんかに何を感謝するのさ」

「各艦別会合の事、覚えてるかな」

「3ヶ月前の事だもの。覚えてるさ」


 研修の後半に第6艦隊に艦船が割り当てられ、艦内に乗り込んだクルーの自己紹介から始まったのだ。それが各艦別会合だ。提督やら参謀、更には特務役職の者も乗り込む『チェリーブロッサム』号は他の艦船より乗組員が多い。ウルシュラはそんな特務役職者の一人だった。

 メンテナンス担当のウルシュラはポーランド生まれの26歳。前職は各種農機具販売の営業マンだったそうだ。彼女は第6艦隊で見せている通り技術屋だ。メンテナンスや修理改修改造はお手のものではあったが、ひたすら売れなかった為、恐ろしい程安くこき使われたそうだ。

 さすがに会社に見切りをつけて宇宙軍に入ったが、会社からは厄介祓いが出来たと喜ばれ、メンテナンス等で知り合った顧客からは惜しまれたそうだ。

 笹本は『それはあなたの会社が愚かなのです。辞めて良かったじゃないですか』と言った。あの時ウルシュラはブチキレ気味に『売上アップの邪魔なんだとさ!』と叫んでいたが、これが笹本とウルシュラの初対面シーンだ。


「あの後メンテや改造した顧客から何度も電話が来てさぁ。また色々して欲しいと懇願されるんだ。会社は買い替えしか勧めないから。信用されなくなって業績が伸び悩んでいるらしいよ」

「ほら見ろ会社が愚か者じゃないか」

「そんな愚かな会社に……」

「会社に?」

「復讐だ」

 ウルシュラはいたずらに顔を強ばらせて答えた。

「え?」

「私は全てに対して復讐する」

「やっぱこの人怒らせたらあかん奴や」

「いやいや単なるネタ発言だからさぁ。ただ教官に許可貰えたから準備してたんだ。まあ見てよ」

 そこにはUrszla waウルシュラrsztat工房とか書かれたテレポーターゲートが有る。

「私の実家なんだ。かつてのメンテ相手の更なる要望に答える為に会社立ち上げたんだよ。実は企んでいた事がこれなんだ」

「ダブルワークだ!あ。ここだったらポーランドじゃないか。パスポート持ってないよ」

「気にしない気にしない。教官達から認められた会社の視察だよ。で、予算がかかりそうな話は私に振りなよ。多少融通するからさ。その為の会社だよ」

「僕そんなに金遣い荒らそうなのかな?」

「いや。秘書さんがうるさいだけだよ。なんだいあれ?笹本君の奥さんなのかい?」

「嫌だわ!」

「言下に大否定かぁ。ワカバも気の毒だね」

 なんとなく外を見れば山林が広がる長閑のどかな景色の中、笹本とウルシュラはとりとめの無い話をして時間を過ごした。電話番をしているウルシュラの母がお茶とお菓子を出してくれたり。悪い時間の過ごし方では無いだろう。

「良い景色の地域に住んでいるんだね」

 笹本は表を見てウルシュラの実家を誉めた。

「そうだろうとも。この風景の中私は父が使っている農耕機械の修理を手伝って育ったんだ。工具は私の指の延長だと言えるくらいに使い込んだよ」

「お父さんは今日はどちらに?」

「ああ。今頃畑に居るんじゃないかな」

 宇宙開発歴の初頭から人口が増えても誰も困らなくなった。スペースコロニーで大規模な農業を行い、それが増えた人類の胃袋を満たすからなのだ。

 ところが地球内で農業を営む農家も同時に増えてきた『地球産作物』という名前で半分ブランド化し、高く売れるのだ。

 それにこの牧歌的な情緒なんかこれだけで観光名所になる資質があるなと笹本はいい気分になった。

 ウルシュラは早速舞い込んだ改造依頼を手にかけ、何やら楽しそうだ。願わくばこの時間が永遠に続けばいい。しかしそんな事は絶対に起きない。なぜなら彼らが軍人で、今が戦時中だからだ。


「ウルシュラさん帰ってきてください。羅針盤座α陳興道チャン・フン・ダオに合計10艦隊の敵がやって来ているんです。ピンチです。あ、あれ?先輩さん?」

「やあ叢雲さん。話は聞かせて貰ったよ。すぐ行きます。叢雲さんは敵の情報が来たらウルシュラさんに送ってください。何時間後に接敵しそうですか?」

「このままだと5時間後です」

「十分ですね。打合せは出来ませんが必ず勝ちましょう」

 笹本とウルシュラは大慌てで艦橋ブリッジに走った。近域に残っているベトナム宇宙軍との連携も必要だ。急がなくてはならない。

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