第34話 攻城開始

 翌日から攻城は開始された。アリーナが使うべき掘岩機等はまだ来ていないが、別段足並みが揃わなくとも開口部への嫌がらせなら始められる。これにはベトナム第2、第3艦隊も協力を申し出てくれ、当初の目論みより濃密な嫌がらせが演出出来そうだ。

 

 同時進行で無線傍受及びジャックに必要な資材や施設を第2惑星の地表に降ろし、ウルシュラ・キタが我慢出来ずにAI歩兵を引き連れ、自ら設置しに出掛けた。開口部から出撃されたらどうするんだというほど接近して作業に勤しむ辺り。マッドエンジニアの面目躍如といったところだろうか。


 濃密な嫌がらせの割に笹本の身の回りは比較的に余裕が有った。元々ブラジルの旋盤工だったサントスが話しかける。

「ケンジ、あっという間にこんな城塞を作る技術の持ち主なんか、僕は一国しか知らないんだけどな」

「それだよね。やはり聞いてみようか」

 笹本はカノープスの戦いの後に日本の技術士官と親しく会話しており、連絡先の交換までしていた。

その人物に技術漏洩や協力などしてないか聞いてみた。

「ああ。時限式ブラックホールだね。でもあれコツとやり方が分かれば工業高校の学生でも作れるよ」

 と、技術士官は子供向け科学雑誌の切り抜きを見せてくれた。高校生がナノミリ程度のブラックホールを作った記事が載っている。

「こいつはね、制御と用途が難しいから秘匿してるのさ。実際嫌だろ?ブラックホールテロで地球滅亡だなんてさ。ちなみにボクらがやるなら開口部は1キロ以内に抑えた上で八ヵ所位開けて自在に出入り出来るようにしてやるさ。ただ、本気でやるならこんな馬鹿げた事はしないよ。その内に分かるさ。やるなら異空間に作るよね。アレ、最悪に不味い結果になりそうだね」

 だそうだ。何だか西暦年間の核開発の時と同じような口上を聞かされた。

 ただ漏洩も協力もしてないしする気も無いらしい。

「時限ブラックホール、自前で用意したんだね。敵は強い」

 思わずサントスは呟いた。

 

 アリーナは『いっそ賑やかに』掘削する手法に関して覚えが有った。研修の時笹本が連れて行ってくれた真夏の夜の素敵なイベントだ。 

 屋台が有り、神輿を担ぎ、そしてラインダンス盆踊りが有る。ついでにアニメドザえもんとプリティーキャッスル。時代劇のオーバーザレインボー将軍も流してしまおう。最高じゃないか。

 「ほう。賑やかについて驚くほど斬新なアイデア持っていますね」

「これは良いぞ!サナエの斬新、いただいた」

「将軍もかっこいいですからね。『今日も天晴あっぱれオーバーザレインボー』」

「『皆で作ろう。夢と希望の江戸の街』やっぱりかっこいいな!巨悪を憎み敵を討つ。そうだ、これ籠城している奴らにも配信してやろう。改心してくれるかもしれないぞ」

「それは素敵なアイデアです。ファンのすそ野が世界に広がります」

「よし。企画案書くの手伝ってくれ私の素敵な重戦車」

「構いませんよ。重戦車叢雲頑張っちゃいます」

 戦略眼のセンスは艦隊内でも笹本の次に鋭い子。そして指揮官適正は笹本より高得点なのだが、サブカルが絡むとちょっとおバカになるのが珠に瑕な女の子である。


 グェン提督が結局ティック・クワン・ドックオオトカゲの担当になってしまっていた。叢雲があの調子だからだが、アリーナ単独でやらせてしまうと何が起こるか分からない危険を孕んでいるので、そのまま叢雲をサブに付けておいた方が良いとは笹本は判断した。

 しかしまさか叢雲が半ば暴走気味になっているのを笹本はまだ知らないでいた。


 グェン提督の前には既に研究者が何人か招集されてやって来ている。全員ベトナム人であるためか、和やかな雰囲気だ。後から話を聞いたところ、真空中では次々に増える見た目はトカゲっぽい生き物なのだが、鉄などの鉱物を食べ、酸素に当たると、また気温0度以上の地にいるとすぐに死んでしまう生き物なのだそうだ。その為地球に持ち込むことが出来ない生き物だそうだ。トカゲっぽい見た目だが重力への抵抗は凄まじく、火星の重力程度なら飛翔しているかのようにジャンプするらしい。

 この話を聞いた笹本は『使える!』と思わずサムズアップした。

 

 脅迫や帰順を促す担当のエチエンヌ・ユボーは友人のフランス人男性と随分な文章を幾つも作って準備万端との事だ。概ねの報告が出そろったところで笹本は落ち着いた。早くも無線傍受が始まり、傍受された無線を文字列で拾い始めた通信手のミアリー・ラボロロニアイナから変な報告を聞いた。

「副提督、中でラジオ局みたいな物を用意しています。今リクエスト曲がかかりました」

 その報告を聞いた頃、当番の第6艦隊が実弾主砲を発射する。この斉射はこの時間に開始するという物ではなく、ある一定の時間内に良い感じに放つことだけを条件にしている。しかも実弾主砲とはいえ中身はベトナム各地から出てきた色々なゴミである。バリアに当たっても表面に留まるのだが、バリアを止めたらどうなるのか見ておきたくて暗視カメラまで設置していた。

 ゴミはバリアが切れると恐ろしい速度で中に吸い込まれて行っている。笹本は徐々に攻略の糸口をつかみ始めていた。それと同時に各セクションから上がってくる報告に一喜一憂した。

 

「あのねアリーナ?何故お祭り?何故ドザえもん?そしてオーバーザレインボー将軍?」

「賑やかの形だろうが」

 アリーナはドヤ顔だ。

「敵にオーバーザレインボー将軍を配信して帰順も促せます。正義と勇気を植え付けるのです。斬新です」

 叢雲もドヤ顔だ。

 ちなみに掘削はもう開始されている。問題は賑やかの取り違えと行き違いだ。その企画案を何故かウルシュラが笹本からひったくり、耳元でささやいた。

「ウルシュラ?それでうまくいくかな?」

「行くと思うよ。まあ、お祭りは派手に行こうよ。私も歓迎だし」

「オオトカゲなのだが研究者の皆さんが100匹送り込めば増えると言っていた。ただ第2衛星で増えすぎても困るので確実に全滅させておいて欲しいそうだ」

「ササモト、文章随分出来たわよ。なんてもの作らせるのよ全く」

「じゃあケンジ、オーディションしなくてはいけないんじゃないか?」

「そうだね。もうやるなら派手に行こう。若干ヤケクソ気味だ。さあ、世界一楽しい攻城戦の幕開けだ。こんなの序の口序の口」

 一斉に動き出す第6艦隊。実は最近になって宇宙軍育成のモデルケースにしたいとマレーシア宇宙軍幹部とベトナム宇宙軍の将官がリモートで参加しているのだがお構いなしに大騒ぎしていく第6艦隊に唖然としているのを見たエチエンヌ・ユボーがそっと両者をフォローしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る