第32話 ベトナムへ向かって舵を取れ

 今回の戦いでは一斉休暇の後に戦後処理が始まった。

 マレーシア宇宙軍と国家連邦政府宇宙軍とが協力して掃宙挺を送り出し、更にパラスワメラの片付け、更に今回新たに大場霙さんと騎兵隊代表にエンブレムを掲げる許可が降り、叢雲、大場家一同並びに騎兵隊全員にはマレーシア政府より表彰、受勲が行われた。

 マレーシア政府はこの一戦をプロパガンダにしてでも宇宙軍拡大に力を入れる気でいるらしい。マレーシア政府の意図とは裏腹に、帰還した全員の胸に新しく勲章が付けられ誇らしげだ。

 笹本は表彰、受勲を受けても良いものかを予め問い合わせて回答を得ていた。曰く『いかにクソみたいな国家からの表彰、受勲も誇らしく頂いて下さい』だそうだ。国家連邦政府の言うところのクソ国家には笹本にも一国だけ覚えが有るが、考えるのを止めた。

 今回の戦役では二階級特進が2名。マレーシア出身の怪我をした子で、名誉の負傷扱いである。いま一人がウルシュラ・キタ。こちらは勝利を導く改修と改装が評価された。

 一階級特進が叢雲、エチエンヌ・ユボーで、二人は晴れて准将になった。その他大場家一同が全員一階級、騎兵隊の皆さんも同じように階級を上げている。この他階級が進んで准将になった船団長が3人いる。何かの役には使えそうだと笹本は喜んでいる。

 階級の発表と階級章の差し替えも終わった頃、次なる作戦箇所が発表される。公国の本拠地から一旦離れたベトナム領羅針盤座α。ベトナムはこの恒星に陳興道チャン・フン・ダオという名前を付けている。

 この星の12番惑星ティック・クワン・ドックの2番衛星に実力至上公国が立て籠もり、ベトナム宇宙軍、貨物輸送の行動を大幅に制限しているのだという。その立て籠もった公国の第32・33両艦隊を攻略して欲しいというのだ。

 詳しくはベトナム軍との合同ブリーフィングで打ち合わせる事になってはいるが、笹本は微妙な顔をしていた。笹本の年の離れた友人たちが集う、笹本の部屋で行う勉強会で笹本は切り出した。

「通常なら立て籠もっている場合艦砲と揚陸で決着を付けたら良いと思うんだよね。なんでベトナム宇宙軍が応援要請なんかしてくるんだろう」

「そうだねケンジ。余程守備が巧い提督でも居るのかな?」

 友人の一人であり参謀のフランシスコ・サントス・マイアが答えてみる。彼はおおよそ守備や防御をさせれば世界の提督の中で彼にかなう物は居ないだろうとシュミレーターは予測しているほどの人物だ。割と血の気が多く攻撃的な人物が多い第6艦隊では目立たないけど重要な人物だ。

「世界の彼方此方あっちこっちにサントスさん程の人がいたら戦争なんか進まないよ。1艦隊6万人3億隻なんてどうかな?」

 どでかい予測を立てたのは第7揚陸艦船団長の小島かなめだ。彼女は参謀ではないが、笹本でも負け越しているサントスによる防衛戦に於いて、かなり高い勝率で勝っている。

 サントスは小島に負けるたびに『突撃って浪漫だよね』と空を見上げて嘆く為、その嘆きの言葉Romance d突撃e assalto浪漫をサントスのエンブレムに採用している。

「そんな数が手元に有るなら迷わず戦闘に至りますでしょう」

 真面目なツッコミを入れたのは秘書官の各務原かがみはら若葉だ。笹本を面接した面接官として初対面を迎えたが、元々美浜区役所職員で、本人が面接の心得も無いままやらされていたのを笹本が見ていられなくなって手助けした人物だが、面接を受けた事もしたことも無いという経験上の問題以上にかなりのコミュ障で、面接時に一切目を合わせなかったのが不味い人だった。

 国家連邦政府宇宙軍とは言った物の、内情は混乱を絵に描いたような人事をしている事の象徴のような人だった。面接が苦痛でならず、とうとう笹本と共に前戦に異動届を出した一種の変人だ。その変人が続ける。

「戦えないなら守る。守れないなら逃げる。逃げられないなら降る。それが出来ないなら死ぬ。うん。戦えないから守っているのでしょう」

「ワカバ、それどのアニメのセリフだ?」

 アリーナの質問に笹本が返した。

「アニメじゃないよ。中国の昔に有った三国志という歴史小説の登場人物、司馬懿しばいという人のセリフだよ。でも各務原さん、僕が聞きたいのはそんな禅問答の成れの果てみたいな物じゃないよ」

 そうですかぁ。と聞こえるか聞こえないかの返事を返した各務原と被るようにアリーナが予想を言ってきた。

「パラメスワラと同じだろう。そこに何か資源が有るのさ」

「アリーナは鋭い所に視点を持っているね。僕もその線で調べたんだ。けどこの星の主な成分はただの玄武岩なんだそうだ。二酸化ケイ素と鉄の塊がそんなに必要とは思えないんだよね」

「ケイ素って何に使うんだ?今度恵梨香先生に聞いてみるよ」

 アリーナは極度と言っていい程一貫された教育を施されていない。親戚をたらい回しされていた為、学校がコロコロ変わったからだ。

 そんなアリーナと、偏った教育を施された子たちの補習塾機能も艦隊内には有る。第5航宙母艦船団長の栗林という女性が『学習塾』と言う名前のサークルを立ち上げ、多くの基礎学力不足の人材を対象に勉強を教えているらしい。多分それが恵梨香先生なのだろう。

「多分なんですがベトナム宇宙軍をそこに釘付けしておきたいんじゃないでしょうかね」

 無難で現実味の高い予想を立てたのはやっぱり叢雲だった。

 この小島、サントス、各務原、アリーナ、叢雲が笹本の目下の処の遠慮会釈の必要が無いブレイン達だ。今後増え続けていくのだろうが、今はこの位が丁度いい。

「精強にして艦隊数も多いベトナム宇宙軍を釘付けか。一番有りそうだね」

 笹本のブレイン……という言い方をしてはいるものの、本源的に賢い人物は一人も居ない。

「おーい笹本君、ティック・クワン・ドックの第2衛星が見えてきたよ。皆で見においでよ。こいつぁスッゲエ事になってるよ」

「ええ。常識ではありえない位には凄いわ」

 笹本に無線が鳴り、そこに出てきたのはウルシュラ・キタとエチエンヌ・ユボーである。

 ウルシュラにせよ笹本自身とその友人は天才でも秀才でも無く、偏った才能の集合体だと言えるだろう。

 一応エチエンヌ・ユボーだけは小粒なりにバランスの取れた軍人に見える。実際は激情家だが。


 羅針盤座α陳興道チャン・フン・ダオ1-12-2。名前はまだついていない。その星を見に行こうと勉強会を停止し艦橋ブリッジに上がった全員を待っていたのは、火星程の大きさの第2衛星の赤道辺りに謎の開口部が出来ており、その中に公国の艦船が入っていてこちらを監視しているというものだ。

「これはなるほど。立て籠もってますね」

「早いうちにベトナム宇宙軍とも打ち合わせしなくてはなりませんね」

「エゲツねえよ。全くエゲツねえよ。そう思うだろ?」

 笹本は提督に向き直り具申した。

「中の状況も分かりません。ベトナムの安全の為に早いうちにブリーフィングをしましょう」

「ああ。ベトナム側もそのつもりらしい」

 早速第6艦隊参謀府とベトナム宇宙軍の合同軍議が開催された。

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