1-04魔王の保護者

「今夜は朝まで泣かせてやるぜ、フィーネ」

「あらリヒト、それがね。魔王アヴァランシュがもういないって分かったら、昨日は悪夢を見ないで一人でちゃんと眠れたのよ」


「そりゃ、良かったな。フィーネ、泣いているお前を見るのは俺も辛いからな」

「うん、良かったわ。それにね、ティエルが寝る前に私にいっぱい泣くように言ったの、私それでいっぱい泣いたからよく眠れたのかもしれないわ」


「へぇ~、前魔王さまがね。そうか、それじゃ、俺はこの魔王城の見学でもしてくるぜ」

「リヒトったらほどほどにね、あんまりこの魔王城の侍女に手を出しちゃ駄目よ」


 私にそう言うとリヒトはこの魔王城の見学に行ってしまった、用心深いリヒトのことだからこの魔王城の仕組みを調べてくるに違いなかった。それにリヒトはインキュバスだから魔王城にいる侍女を、十人くらい軽く口説いてくるかもしれなかった。そうやっていざとなった時の逃げ道の確保をしておくのだ、ついでにリヒトは情報を教えてくれる者から淫魔として食事をするはずだった。


「あっ、あれが君の保護者なのか?」

「そうよ、リヒトは私の保護者で、血は繋がらないけど大切な家族よ」


「血が繋がっていないのか、それじゃ恋人っていうんじゃないのか?」

「ふふっ、まさか!? リヒトは私を助けてくれた恩人で、私の村の生き残りの保護者よ」


「だが、君の体をべたべたと触っていた。あれでもきちんとした保護者なのか!?」

「私の村が襲撃された時、リヒトは出稼ぎに出ていたの。彼が私を見つけてくれなかったら、私はもうとっくに死んでいるわ」


 リヒトは私の家族と親しくしていた若いインキュバスだった、彼はインキュバスのわりに強くてそして外の世界によく出稼ぎに行っていた。私たちの村が襲われた時に彼はいなくて助かったのだ、そして私はあの悲劇の後は自分の家の両親の遺体の傍で呆然としていた。そんな私を助けてくれたのが村に帰ってきたリヒトだった、リヒトは私を強く育てる為にいろんな仕事をしてくれた。


 私は両親がいなくなってからはリヒトから愛情を貰って育った、リヒトには恋人がいっぱいいてインキュバスらしく彼は過ごしていた。去る者は追わず来る者は拒まずといった様子で、リヒトの恋人はしょっちゅう入れ替わっていたが、リヒトは私のことをきちんと育ててくれた。私が魔王アヴァランシュに復讐すると言ったら反対されたが、それでも私が魔法や大斧の鍛練をするのは自由にさせてくれた。


 私はリヒトが用意してくれた人間の先生から大斧の使い方を習った、他にもリヒトが用意してくれた人間の魔法使いから魔法についても学んだ。どちらも結構なお金がかかっただろうに、リヒトはそんなことは気にするなと言ってくれた。だから私がティエルに勝てたのもリヒトのおかげだった、リヒトが私を大事に育ててくれたから私は良い環境で努力して強くなれたのだ。


「ティエル、リヒトとは仲良くしてね。彼は男性には基本的に興味が無いから、貴方にとってはあんな態度だけど、本当はとても優しくて用心深いのよ」

「そうなのか、分かった。俺に興味が無いというのは助かる、俺は女の相手もしてられないのに、興味があるからと男に言われても困る」


「うーん、でもティエルも綺麗な顔をしてるから、リヒトが抱きたがるかもしれないわ」

「は? はぁ!?」


「リヒトはね、大抵の恋人は女の人だったけど、実は男の人が恋人でも構わないのよ」

「そっ、それは困る!! 絶対に俺は口説かないように言ってくれ!! 俺は男に口説かれる趣味はないんだ!!」


 リヒトの恋人は大抵は女性だった、でもリヒトは気紛れに男性にも手を出すことがあった。ティエルは綺麗な黒い髪に赤くて苺のような目をしていた、ちょっとリヒトの好みだなぁと私は思った。こういうティエルみたいな女性にしか興味のない普通の男性を、リヒトはだんだんと女性のように可愛くして、そう男性でもいいと愛情で溺れさせてしまうのがしまうのが上手かった。


「一応はリヒトに言っておくわ、でもティエルのことを本気で気に入ってたら、その時は私も止められないわ」

「一応じゃなく、強く言っておいてくれ!! フィーネ、俺は君のような女性にしか興味が無いんだ!!」


「でも性別に関係なく愛情を注ぐことはできるもの、リヒトが本気でティエルを好きになったら、なんだか私も面白くないけど止められないかも」

「そこはどうにかして、君の保護者を止めてくれ!!」


「うん、私もティエルのことが好きだから止めてみるわ。だって私の方が先にティエルを気に入ったんだもん」

「あっ、ああ。そっ、そうか?」


「今までリヒトが誰を恋人にしても気にならなかったけど、ティエルは私の特別だから簡単にリヒトには渡さないわ」

「とっ、特別か。そうか俺は君の特別なのか、特別というくらいには思ってくれているのか」


 そうして私とちょっとだけ嬉しそうなティエルは執務室で公務を再開した、やることは山のようにあったから一つ一つ片づけていくしかなかった。大規模な部下の見直しも必要なことだった、特に魔王軍にはまだ私の直接の仇がいるはずだった。私はティエルにその部下に復讐してもいいか聞いた、ティエルは君はもう魔王なのだから自由にしていいと答えてくれた。


「私は父を殺した悪魔を覚えている、母を凌辱した奴らも忘れられないわ」


 今はまだ他のことが忙しいから放っておいたが、私は必ず直接の仇にも復讐することにした。私たちが弱小種族だからと面白半分で私の村を焼いた者たち、そんな卑怯で弱い者いじめが好きな者たちを私は許せなかった。ティエルがそれなら調査しておくと言ってくれた、私よりこの魔王軍の組織にティエルは詳しかったから任せておいた。


 そして執務を終える夕方になってリヒトが私のところに帰ってきた、リヒトは侍女たちからつけられたのだろう、沢山のキスマークをつけて貰ってから帰ってきた。私はそんなリヒトの行動に慣れていた、でもティエルにはまた衝撃だったようだ。それから私はティエルが言っていたから、リヒトに頼み事をしておいた。


「リヒト、ティエルは女性にしか興味がないんですって、それに私が先に見つけたんだから貴方は口説かないで頂戴」

「チッ、そのガキを俺が口説いたら面白そうだと思ってたのに、俺のお姫様のフィーネが言うんじゃ仕方がないな」


「ありがとう、リヒト」

「どういたしまして、フィーネ」


 私たちの会話を聞いてティエルはとりあえずホッとしていた、そうして私は魔王の自室に戻ったが当たり前のようにリヒトがついてきた。私はリヒトに魔王城内の様子を聞いてみた、リヒトはたった一日でしっかりと魔王城のことを調べてきていた。魔王城内では概ね好意的に私が魔王になったことを喜ばれていた、それとティエルが魔王城で働いている者から怖がられていることを初めて私は聞いた。


「お前の新しい玩具は危険そうだぜ、血筋の良いお坊ちゃんだが、陰では『血まみれティエル』と呼ばれている」

「そうなの、ティエルはとても優しいけど、私だけに優しいのかしら?」


「ああ、あのお坊ちゃんはどう見てもお前に惚れてる。奴の俺を見る目の冷たいことといったら、いろんな修羅場をくぐってきた俺でもゾッとしたぜ」

「私もティエルのことが気に入っているの、だから彼がとても可愛かったら手にいれちゃうわ」


「おお、とうとうフィーネも処女じゃなくなるのか。それじゃ、淫魔としてお祝いしなくちゃいけないな」

「私にティエルが捕まえられるかしら、私たち忙しくて仕事の話しかしていないの」


 そう私がベッドに座って寂しそうに言うと、リヒトは私の頭を優しく撫でてくれた。私は強くなるのに夢中だったからサキュバスとしてはあまり魅力的じゃなかった、インキュバスのリヒトのように沢山の人間や悪魔を誘惑するのも得意じゃなかった。今まではそれで良かったが、私はティエルというあの綺麗な悪魔を気に入っていた、あの可愛らしい悪魔がどう私のことを抱くのか楽しみになった。


「フィーネ、自信を持て。お前は最高にいかしてる女だ、この世界で一番かもしれない良い女だ」

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