第155話 届かない刃
しかし、それでもミリアルドの魔の手はまたもや友人に降りかかる。
……マリア・フィリスの誘拐だ。
今度こそは自分の手で友人を救おうと、半ば強引にケヴィンに付き添った。
無事マリアは取り戻したものの、被害者は他にも居た。
ケヴィンが、この人物の相手を自分に任せた。
きっと僕なら大丈夫……そう信じてくれたんだとエドワードは思った。
その期待に応えるべく奮闘したが……はっきり言って状況は著しく悪い。
誘拐されていた女性の治癒魔法が無ければ、下手したらもう死んでいたかもしれない。
なんとも情けない事だとエドワードは思う。
だが彼は完全に此方を舐めていた。
自分どころか、あのケヴィンすら舐めている。
ケヴィンが防壁の炎神の負ける?
王位を賭けてでも断言してやろう。
生半可な英雄を100人揃えても、ケヴィンは決して負けないと。
短い間だが彼には友情を感じていた。
一方的な想いかもしれないが、それに対し彼も答えてくれて居る様にも思える。
そしてその友人としての想いは、いつしか『憧れ』へと変貌していった。
英雄よりも英雄らしい。
彼ならどんな事でもなんとかしてくれる。
勝手にそう期待している。
だが……最初っから彼にだけ頼って、自分は蚊帳の外なんてまっぴらごめんだ。
エドワードは細剣を強く握りしめると、走り出した。
足の速さには少々自身がある。
僅かにだが『流動式身体強化術』を兆し程度に使える様になったお陰で、目の前の英雄相手にも追いつける速度を出す事が出来る様になった。
その点だけはこの真空の鎌鼬も驚きを見せていた。
しかし、素早さだけでは彼には勝てない。
伊達に元剣聖は司っては居なかっただろう。
体術も剣速も負けている。
それに加え、彼は容赦なく『異能力』を使ってくる。
彼の異能力は単純明快。
その二つ名にも使われている名前のままの異能力、『鎌鼬』。
風の刃を自由自在に飛ばせる異能力で、単純に風魔法を使うよりも使い勝手がいい。
あの『絶対切断』と比べれば何ともシンプルな異能力だが、だからといって一般人が対処出来るレベルの物では無い。
鎌鼬を掻い潜って彼に近づけても、彼の双剣に返り討ちにされる。
不意を突いた所で、元々の身体能力も負けている為彼に反応されてしまう。
どうにもならない状況だが、それでも負ける訳には行かない。
倒せるなんて思って居ない……ケヴィンは必ずやって来る。
人任せになろうとも、自分が出来るのは少しでも時間を稼ぐ事。
そこにプライドなんて欠片も無い。
エドワード・カルミン・アトランティスの使命は……ケヴィンが来るまでエルフの女性を守る事なのだから。
真空の鎌鼬は、名を『ゼノス・ゾンデルリンク』と言った。
何故知っているかと言えば、彼が自らそう名乗っていたからだ。
元剣聖としての権力に未だ縋っているのか、べらべらと聞いてもいない自慢話を戦闘中に聞かされていた。
エドワードに攻撃のチャンスが有るとすれば、彼のその『油断』だ。
負ける筈が無いと言う思い込みの隙を突き、なんとか刃を届かせる。
唯一勝機あるとしたらそれだ。
しかし、彼に近づく事すらままならない。
ゼノスはこれでもかと言う程容赦なく鎌鼬を飛ばしてくる。
彼の意のままに操作出来るのか、真っすぐ飛んでくる鎌鼬とは別に変則的な動きを見せる鎌鼬に、エドワードは反応しきれず体中を切り裂かれてしまう。
途端に弱々しい治療魔法が体を包む。
媒体も持っていないのに、賢明に治癒魔法を注ぐ彼女に心を支えられながら、足だけは止めない。
スピードだけなら、足の速さだけなら……意表を突く事が出来る。
ゼノスにとっては大したスピードでは無いかもしれない。
仮にも英雄だ、この程度のスピードなんて見慣れているだろう。
だがそれでも今の自分にはそれしか無い。
偶に舌打ちをする彼の心情から、決して通じないレベルの速度では無い筈だ。
右肩が切り裂かれた所で、頬を鎌鼬が掠めた程度で、脇腹がそれに抉られた程度で足は止めない。
地面だけが足場じゃない。
ここは幸いにもスラム街の中。
入り組んだ迷路にはなって居るがその分『壁』がある。
その壁すらも足場にして彼に近づくんだ。
エドワードは徐々に徐々に、しかし確実にゼノスへと近づく。
やれるかどうかじゃない、やるしか彼には選択肢は残されて居ない。
相手は油断こそしているものの、こっちを殺す気満々だ。
でなければこれ程まで正確に異能力を行使してはこないだろう。
こっちも死ぬ気で応対しなければあの女性を守り切る事なんて出来ない。
ケヴィンがやってくる前に自分諸共やられてしまう。
後3メートル、自分の刃が届く迄それだけ近付けばなんとかなる。
この鎌鼬を掻い潜ったとしても近接戦闘で勝てるとは思えないが、それでも近づくしか道は無い。
不幸中の幸いは、ゼノスが自分だけをターゲットにしている事。
誘拐されていた女性は恐らく誰かへの貢ぎ物なのだろう、彼女を人質にとって傷つける様子は無い。
だからこそこちらも気にせずに動ける。
後2メートル。
僅か数秒の出来事が、何十秒にも何分にも感じる。
いつも一瞬で走り抜けれる筈のわずかな距離がえらく遠い。
本当に刃は届くのか?
そもそも攻撃する必要があるのか?
ケヴィンに全て任せれば良いだろう、自分は時間稼ぎなんだろう?
そう言う甘い誘惑に襲われる。
しかしそれをかなぐり捨てて、エドワードは走り続ける。
後一メートル。
そこまで行ってやっと相手と対等の条件になれる。
人間の英雄であるゼノスと遠距離攻撃の異能力の組み合わせは正に反則的だ。
人間の弱点を失くした様な物なのだから。
だがそんな事言い訳だ。
あのケヴィンは英雄では無い、彼も異能力なんて持っていない。
だけど誰より強いじゃないか。
園長もまだまだ自分より強いじゃないか。
王子である自分が、恵まれた環境にある自分が、こんな所で弱音を吐いてどうする?
彼等はもっと悲惨な状況から、努力で成り上がって来たでは無いか。
「負けられない……」
一歩一歩、強く踏みしめる。
「負けられないんだ!!」
そしてエドワードは……ついにゼノスを間合いに入れた。
「とどけぇぇぇえっ!!」
エドワードは右手を伸ばした。
理想の体勢とは程遠い、しかし確実にゼノスを間合いに捉えている。
当たれば勝機は見える。
だから信じる……この刃は届くと。
……しかし。
「がぁぁぁっ!!」
無情にも、エドワードが踏み込んだ右足は、鎌鼬によって切り裂かれた。
「ひゃはっ! 今のちょーっと焦ったぜぇ? 中々やるじゃねぇかガキぃ。一般人にも関わらず俺の間合いにまで入ってきた奴はてめぇが初めてだぜぇ? ぎゃははははっ!」
「うぐっ!!」
エドワードは腹部を蹴り飛ばされる。
切り裂かれた右足を抑えながら、出血を防ぐ。
幸い、完全に断ち切れてはいない。
泣き叫びたくなる程の痛みだが、必死に腕を伸ばし治療魔法をかけてくれている彼女の前で弱さは見せられない。
届かなかった。
完全に捉えた筈の刃が届かなかった。
「おら、もうおわりか? さっきまでの威勢はどうしたよ、おい。ぎゃははははっ!」
ゼノスは蹲るエドワードに容赦無く蹴りを入れる。
もう勝機は見いだせない。
足がこの状態では、もうこれ以上にスピードは見込めない。
踏み込む事すら出来ない。
限界だ。
ケヴィン……近くに居るなら早く来てください。
そう願うしか無かった。
情け無い。
皆を守ると誓いながら、威勢よくケヴィンを守ると言いながら、結局はこの様だ。
エマを二度と傷つけないと豪語したにも関わらず、懸命に治療してくれているあの女性一人すら守れていない。
後数センチだった。
あの踏み込みが決まっていれば攻撃は当たっていた。
……だが当たった所でどうなる?
あの場合、当たったところでゼノスは軽傷だろう。
そうだ……意味が無かったのだ。
やはり、いくら足掻いても自分はただの一般人。
ただの環境に恵まれただけの王族と言う名の一般人。
「おーい、聞こえているかぁ? もうちょっと恐怖に叫ぶとかしろよぉ、しらけちまうだろぉ? ひゃはっ!!」
英雄相手に何が出来ると言うのだ。
徐々に治りつつあるこの足が治ったとしても、また時間をかけて鎌鼬を掻い潜った後攻撃を試みて……それで再び攻撃を受けて終わりだ。
時間稼ぎにも成らない。
終わりだ……もうどうでも良い。
……。
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