第22話 またまた少女にお願いされる

 近衛騎士団 団長

 マルセル…。


 そうだ。

 この少女から予知夢の話を聞いたときに、確かそんな名前が出た気がする。


 あの時は、たぶん身近な人の名前なんだろうくらいで、気にも留めなかったが、その後の様々な出来事を考えると、何か深い関係性があるに違いない。


「あの、入ってもいいですか?」


「あ、あぁ、…もちろん」


 記憶を辿っていたせいで、少しぼーっとしていたようだ。

 少女を招き入れ後ろ手に扉を閉めた。


 天気は悪くないはずだか、彼女の出立ちは数日前と変わらず、今日も頭からすっぽりとフードを被っている。


 窓際に小さなテーブルと椅子が置かれていたので、二人でそこに腰掛け話をすることにした。


「…驚かせてしまいましたね」


 少し高めの椅子にちょこんと飛び乗った彼女は、見た目こそ数日前となんら変わらないのだが、口調や声のトーンがなんだか違う。前よりも随分大人びた印象だ。


 お詫びとお願いと言っていたのも気になる。

 色々と聞きたいことばかりだ。

 いったい何から話せばいいだろう?


 思い倦ねていると彼女から急に声が上がった。


「本当にごめんなさい! 」


 突然の謝罪の言葉に面食らう。


「…えっ、いや、なにかな?」


「…わたし、色々ウソをついていました…」


「…ウソ?」


「はい。しかも色々です」


 なるほど、まずはお詫びと言ってたのはこのことか。


「えっと、ウソって言うのは、あ、予知夢のことかな?」


「いえ、あれは本当なのです。ただ…」


 ただ…?


「あの時、ギルドハウス前にいたのは…あれは偶然ではありません!」


 偶然ではない…。

 ってことは、ちゃんと理由があってあそこにいたってことか。

 確かにあんな豪雨のなか、小さな子供がひとりでギルドハウス前にいたのには、かなり違和感があった。


「説明してくれた夢は、街が水浸しになって、王宮に人が押しかけてすごい騒ぎになる みたいな内容だったよね…」


「はい、それはその通りです。

 …その後、わたしが言ったこと覚えてますか?」


 その後…。


「確か、居ても立っても居られなくなって家を飛び出して、で…ギルドハウスの冒険者が助けてくれそうな気がして とか…」


「そうです…。それって変に思いませんでしたか?」


「……」


 そう言わてみれば、ちょっと論理的には変だけど…。

 あの時はほんとうに切羽詰まっているようにしか見えなかった。


「……ギルドハウスや、あとアカツキさんの顔…。

 実は、出てきてたのです…予知夢のなかに…」


「…!」


「と言ってもわたしも半信半疑で……。

 それでもギルドハウスに向かったのですが、そしたら…、夢で見たまさにその容貌どおりの人が建物から出てきて…、わたしほんと驚いて…」


 驚き方が少し大仰に感じたのはそう言うことだったのか。


「でも、そんなことまで話をしてしまったら、気持ち悪く思われるに違いないと考えて、それであんなウソというか、演技をしてしまいました。

 本当にごめんなさい…」


 演技という言葉を聞いて、団長のことが頭に浮かんだ。


「近衛騎士団のマルセルさんっていうのは?」


「マルセルは、わたしの謂わば保護者です。

 代々王国の近衛を務める家系の者で、女王が不在になりカステル国王の一族が実権を握ったあとも、引き続きその職務を全うしている実直な人です」


 代々近衛職を受け継ぐ家系か…。 


 ん?

 あれ

 ということは…


 この少女って、

 普通の庶民の子供ではないってこと?


 頭がぜんぜん回らず話の全体像が見えこない。

 少し順を追って整理してみる。


 俺が王子パーティをクビになって、ギルドハウスから追い出される。

 そこに予知夢を見た彼女が、俺がそこにいるであろうことを知って現れる。

 予知夢の内容を話して、俺を王宮方面へと誘う。


 ここまでが今聞いた話だ。


 その後、マルセルが登場するまでのことが気になる。


「君が予知夢で見た内容で、俺がまだ聞いてないことってあるのかな?」


「…はい、これからそのお話をします」


 少女の目が真剣味をおびる。

 やはりそこが核心なのだろう。


「わたしが見た予知夢の最後。

 それは、アカツキさんあなたが、王宮の地下からひとりの女性を地上へと連れ出すその姿でした」


「…!」


 それって

 その女性って…

 …ニディアのこと?


 思いがけない話が出て、心が乱れるのを感じた。


 最後に振り返って俺を見たニディアの表情が頭に浮かんだ。


 俺はそれを押さえつけ、少女に問うた。


「その女性の名前って…」


「…はい」


「きっと、ニディアって名前なんだよね?」


 はい、いいえで返ってくると思っていたその答えは、違ったものだった。


「なんだか、回りくどい説明になってしまいましたね…」


 少女はそう言うと、しばらく逡巡するような素振りをしていたが、こう言葉を続けた。


「わたしのことを、きちっとご説明した方が良さそうです」


 そう言って、少女は意を決したかのように力強い視線をこちらに向けた。そして被っていたフードに手をかけると、背中にバッと跳ね上げた。


 まっすぐに伸びた髪の間から長く伸びた耳が覗いていた。


 どう見ても彼女はエルフだった。


「名前もお伝えせずに、一方的にお話をしてしまってごめんなさい。

 あらためて、このあいだは本当にありがとうございました。


 自己紹介が遅くなりました。 

 わたしが、このロンバルディア王国の女王だった母の娘。

 王位継承順位 第一位のファスティア・ロンバルディアです。


 わたしと、あなたが地下から連れ出したニディアとは、父親違いの姉妹になります」


 !!!


「アカツキさん、勝手ながら是非、あなたの力を引き続き貸してはいただけませんか?」

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