第10話 ニディアを外へと誘う

 それから数日。俺たちは探索を続けた。

 そして、この場所を特定するためのヒントになりそうなモノを映像に収め、リンタローのサブチャンネルへとアップしていった。


 以下、これまでに分かったことを列挙してみる。


 1. ニディア邸のあるこのエリアは見た目より遥かに狭く、水平方向360度は全て行き止まりになっていること。


 2. 上空は空ではなく、岩盤で構成された有限な空間であること。


 3. 上層階と思われる場所が存在し、湖の頭上にある空間を通じて侵入できそうなこと。


 4. 上層階にはドラゴンと思しき生き物が待ち構えていること。


 5. エリア全体に広く結界が張られており、外部からの侵入は可能だが、内から外へは抜け出せないこと。ただし、湖の上の空間に見つけたルートだけはその結界が途切れていること。


 続いて以上の事実から、俺が推察した内容をまとめてみた。


 Q:なぜ結界が張られているのか?

 A:内部にいる者・入った者を閉じ込めておきたかったから。


 Q:なぜ入ることだけを許す結界なのか? 一ヶ所だけ開き脱出口を作っている理由はなにか?

 A:いずれも罠としての仕掛け。内部にいる者へ接触しに来た者は自動的に捕えられ、内部から脱出しようと試みる者は一網打尽にすることができるから。


 Q:閉じ込めておきたかった者とは誰なのか?

 A:ニディアの母親だった可能性が高い。



 ここからさらに推察されることとなると…。

 ロンディアナ王国の裏の歴史が頭に浮かぶ。


 これは一度、ニディアと話をした方が良さそうだ。


 …昨日の夜のリンタローとの会話の件もある。




「アカツキ、おまえの目的はなんなんだ?」


 話の途中でリンタローが急にそんなことを言ってきたので、少々戸惑った。


「いや、おまえが生涯をかけてやろうとしていることは理解している。いま俺が聞きたいのは当面の目的だ」


「…当面の目的?」


「おまえのいまの目的、それはとにかく外へ脱出することだと俺は感じている」


「ああ、それはそうだ。まずは閉じ込められた状態から解放されたい」


「もちろんおまえはそうだろう。俺が気になっているのは、彼女、ニディアのことだ。彼女はどうなんだ?」


「…ニディア…か…」


「ああ、彼女は生まれてからずっとそこにいるんだろ。

 生まれ育った家があり、そして両親のお墓もある。

 おまえが外を目指せば、結果的に彼女も外に出ることにならないか?」


「……」


「長年暮らした思い出の場所を離れることになる。

 もしそこが本当に未踏のダンジョンなら、世の中に広く知れ渡れば、冒険者たちが殺到するかもしれない。

 おまえ自身の当面の目的はそうなんだろうが、ちゃんと彼女のことも考えておく必要があるんじゃないかと、俺はそう思うんだけどな。

 だって、同居人なんだろ?」


 リンタローがニカッと笑った。


 確かにそうだ…。

 災害に巻き込まれてこの場所に流れ着き、とにかく外に出ることだけを考え躍起になって突き進んでしまっていた。

 ニディアへの配慮が俺のなかで完全に抜け落ちていた。



 地底にも関わらず、時間経過に応じて、朝昼夜があるかのように明るくなりそして暗くなる。なので、これに合わせて食事も取る。


 その日の夕食を食べた終えたあと、俺はニディアに声を掛けた。


「ちょっとだけ、時間を貰えないかな?」


 いつもなら、「えー、なんですかー、ドキドキしますー」とか、ふざけた様子をみせるニディアが、今日は「はい、分かりました」とだけ応答した。

 俺の声に緊張があって何かを察したのかもしれない。


 ダイニングテーブルのいつもの場所に腰掛ける。


 うまく切り出せないか考えてはみたが、どちらかといえば口下手の俺にそんな技量はない。

 単刀直入に、このエリアから外に出るためのルートが見つかったこと、そして、そのルートを使って、外に出る準備を進めようと思っていることを告げた。


「…そうですか」


 ニディアの第一声は、思いのほかあっさりとしたものだった。


「…わたしにアカツキさんを止める理由は…ありませんよね…」


 …ああ。

 もっと上手く伝えられるようになりたい…。


「ごめん、うまく言えなくて…。何が言いたかったのかと言うと…」


 ニディアが寂しそうな、悲しそうな、そんな笑顔をこちらに向けた。


「…ニディア」


「…!」


「……君も、その、俺と…一緒に外に出ないか!?」


 ニディアが顔を伏せ、目を閉じたのが見えた。


「…」


「……アカツキさん…」


「…?」


「……初めてわたしのこと、ニディアって呼びましたね…」


 あぁ、そうだっけ。

 心のなかではずっとニディア呼びだったから気づかなかった。


「…」


「お腹がいっぱいになったら、何だか眠くなっちゃました…。

 今晩よく寝て、また明日お返事してもいいですか?」


「…うん、それはもちろん」


 そう言って、ニディアは自室へ向かうべく俺に背を向けた。


 いつものように「おやすみなさい」と言って振り返ることもなかった。


 どんな答えが返ってくるのか。

 こう言われたらどう返そう? こうなったらどうしよう? いろんなシチュエーションが頭に浮かんで、その日はぜんぜん寝付けなかった。

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