第5話 同居人にならないかと勧誘される

 瀟酒な装飾が施された縦長のダイニングテーブル。

 その片側の端に、たおやかな微笑みを浮かべながら座わる銀髪の少女。


 青みがかったグレーの瞳。愛らしく口角の上がった口元。

 暗い室内でもなお光沢を放つその銀髪は、頬から首筋そして胸元へと綺麗な曲線を描いている。


 羽織っているのは毛足の長い貴族が着用しそうなローブだ。

 腰紐をきつく締めていないせいなのか、右肩部分がいくぶんズリ落ちて、動くたびにその下の白い肌が見え隠れする……。


 ……ああ、ダメだ。

 目に焼き付けるつもりは全くなかったのだが、彼女の裸体が目に焼きつき過ぎて離れない……。


 そんな俺の心のざわめきを知ってか知らずか、明るい口調で彼女はこう切り出した。


「初対面から裸のお付き合いになっちゃいましたが、あらためてご挨拶から始めさせてください」


 あれ? もしかして怒っていない?


「ようこそ我が家へ。わたしはここの主人でニディアと申します」


 それに我が家ってどういうことだ?


 とは思ったものの、これ以上の失礼を重ねてはマズい。少しでも好感度を上げねばと間髪入れずに返事する。


「…あ、あの、アカツキです。配信師をしていま…」


 俺の名前を聞いた彼女が、一瞬びくっと反応したように感じたので、ここで言葉を止めてしまった。


「……」


 …気のせいだったのか。

 うーん。今のところ話の行き着く先も、この場の空気も全く読めない。


 すると彼女は、少し身を乗り出して次の言葉を発した。


「それではまず、わたしが一番聞きたかったことからお訊ねさせてください」


「あ、はい、もちろん…」


 ちょっと緊張する。


「この場所へは…」


「…はい」


「どうやって、覗きに入ったのですか?」


「……」


 『どうやって?』は、これまでの経緯を説明するとして、『覗き』については是非とも謝罪しつつ訂正もしたい。


「あの…言葉尻を捕らえてなんなのですが、ふつう覗きってこっそり見ることを言いませんか?」


 少し遠回しに、言葉の定義から攻めてみる。


「……たしかに。自ら堂々と姿を現してましたもんね」


 堂々とはしてなかったんだけど、言葉の定義は受け入れてもらえたようなので、そこはスルーして次のステップに進む。


「あの、確かに状況から言えば、覗きとのご指摘はごっもともです。その点は謝罪をさせてください。ただ、ここに至ったのには理由がありまして……」


 俺は、凄まじい嵐がロンディアナの王都を直撃し、川が氾濫して土石流が発生したこと。それに巻き込まれてこのダンジョンと思しき場所に流れ着いた経緯を説明した。


 彼女は時折表情を変えながらその話を聞き終えると、しばらく考え込んでいた。


 そしてやっと口を開くと、こう俺に投げかけた。


「では…」


 きちっと理解してもらえるとありがたいのだが。


「…私の裸は見たくなかったということですね?」


「はいっ?」


 いや、えっと、なんか話の流れがおかしくないですか?

 しかもこの質問、どう答えても地雷を踏むパターンになりそうなのですが。


 答えに臆する俺を尻目に、


「もしかして、配信師ということは盗撮目的ですかっ?」


 どんどん話が違う方向に膨らんで行く。


「いや、あの、ですから、そうじゃなくって…」


 すっかりしどろもどろになり、テーブルに突っ伏す俺。

 あー、今日は最悪な一日かもしれない。


 程なく、クスクスという笑い声が聞こえて来た。

 だんだんと声は大きくなる。

 顔を上げ彼女を見やると、涙を流しながら笑っていた。


「ごめんなさい。ちょっと意地悪しちゃいましたね。お話はよくわかりました!」


 そう俺に告げると、彼女は椅子から立ち上がって、柔らかな笑みを浮かべながら、先ほどよりも畏まった口調で挨拶した。


「あらためまして。ようこそ、アカツキさん」


 俺も急いで立ち上がる。


「悪く思わないでください。久しぶりに直接ひととお話ししたので、ちょっとはしゃいじゃいました」


 悪くは思っていませんが、悪ふざけはできればこのくらいにしてください。


「ただ…」


 …ただ?


「残念ですが、ここに辿り着いた以上もう外にはお出しできません」


 言葉は不穏だが、表情はめっちゃ嬉しそうだ。


 やっと彼女の性格を少し掴めた気がする。このニディアさん、所謂お茶目さんなのだ。


「もしかして結界のことですか?」


「あ、気づいてたのですね」


 ちょっと残念そうな顔。

 うん、気づいたのは俺じゃなくてブークだけど。


「あの結界は、外からは入れますが中からは出れないという構造になっているようです。結界を越えて入って来たのは、アカツキさん、あなたで二人目です」


 二人目?

 ってことは、ほかにも誰かいるってことか。

 その人はいまどうしてるんだろ?


「なので、あなたも現状ココに留まるしか選択肢はありません。で、このわたしもしばらく一人っきりで退屈してたところですし、ついてはご提案なのですが…」


 そこで言葉を切ると、彼女はテーブルの反対側にいた俺のもとへゆっくりと近づき、右手を差し出した。


「この家で一緒に暮らしましょう!」


 へっ!

 と思ったと同時に、彼女の右の肩からさらにずり落ちたローブに目を奪われ、思わずその手を握ってしまった。

 あーぁ…。


「良かった! では決定ですね。ということであれば善は急げ。早速ウチのなかをご案内します!」


 ウキウキした様子で部屋の外に向かって歩き始めたニディアさん。ふと自分がローブ一枚なのに気づいたようだ。


 俺に「ちょっと着替えて来ますね」と告げると、さっきとは別の方向へ小走りに駆けて行った。


 そして、部屋に入る間際、俺の方を振り向くと、


「あ、ちなみに、寝室は別ですからねっ」


 一言そう言って扉の中へ消えて行った。

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