パーティの配信役をクビになった俺 訳ありエルフに見染められ、おかかえ配信師となる
弐月和洋
第1話 配信役をクビになる
「ひでぇ仕事しやがって、ほんと使えねぇなぁ、おまえ」
王立ギルドハウスに併設された酒場に野太い声が響く。
そう罵っているのは、丸テーブルの向かいに座るパーティのリーダー、この国の第三王子・バッカス。
罵られているのは、その王子パーティに雇われた配信役のこの俺だ。
左右に座る他のメンバーは、その通りと言わんばかりに首を縦に振っている。
「なんで、ここでオレ様の顔のドアップなんだ!」
バッカスはそう言って、右手に持った板状の魔導端末を俺に向けた。
画面に映っているのは、ちょうどバッカスがミノタウロスの脳天に剣を振り下ろしたシーンだ。
「ここは、オレ様が繰り出した起死回生の一撃を、もっと引きの絵で視聴者に届けるべきだろ? なんで顔しか映ってないんだ!」
その意見には俺も激しく同意する。こんな髭面の汚いオッサンのアップなんて金を積まれたって見たくない。ただ、アップになってしまったのには理由があるのだ。
「いやー、アレは凄まじい一振りでしたなぁ。さすがはバッカス様と感服いたしました。このアリフォン、九死に一生を得ました」
ここがヨイショのしどころとばかりに、右手に座ったパーティメンバー、痩せぎすの魔法使いアリフォンが猫なで声で語り出す。
確かにアレが無かったら、今頃バッカスは棺の中に違いない。
「コメントの反応は上々、投げ銭も結構ありますぜ」
左手から、筋肉お化けの前衛タンク・ボルケスがあとを継ぐ。手元の魔導端末で視聴者の反応を追っているようだ。
「なにを喜んでやがる、おまえら!!!」
バッカスが振り上げた拳をテーブルに叩きつけた。
皿に載った食べ物が宙に跳ね上がり、グラスが倒れ酒が四方に飛び散った。
予想外の反応に慌てふためく腰巾着たち。ほんとオモリ役も大変だ…。
「オレ様の身体に、これまで経験したことのない溢れんばかりのパワーが満ち渡り、そして放たれたあの一撃…」
お供ふたりにかみついていたのも束の間、怒りの矛先がふたたび俺に向かって来た。
「アレがちゃんと撮れてりゃあ、どれだけバズってたと思う!? こいつが配信役として、ちゃんと仕事さえしてりゃあ、えっ、そうだろっ!」
首を上下に忙しく振るふたりに目をくれることなく、バッカスは俺を指差しさらに罵倒に拍車をかける。
「被写体をあらゆる角度から撮影できて、即時配信できる1級配信師? はっ、とんだ期待はずれだぜ!」
そう言い放つと、椅子の背もたれにドカっともたれ掛かり、こう締めくくった。
「おまえ、今日でクビだ」
その言葉を待っていたかのように、ボルケスがガッハッハと嘲るような笑い声を上げる。
「すげーな、初日でクビかー」
グラスからちびちびと酒をすすりながら、アリフォンも煽ってくる。
「次の仕事を探すのにも時間が必要だろうから、ダメな場合は即クビに。いやー、バッカス王子の優しさに感謝することですな」
バッカスの方はこちらを見つめ、ずっとニヤニヤしている。
俺はというと、特にショックは受けていない。
配信の腕がどうのこうの言ってはいるが、これまでの同接の最高はたったの100。見た目×、戦いのテクニックも×、正直見る価値のないパーティだ。
腐っても王国の第三王子のパーティ。潜り込めば、王族しか知り得ないような情報を漏れ聞く機会もあるのではと少し期待していたが、こんな奴らが重要な機密にアクセスできるとはとてもじゃないが思えない。報酬を貰って早々に退散することにしよう。
「なにをぼーっとしてる? おまえはクビなんだよ、クビ! さっさと出てくんだな、この下手くそ配信師が! ……おっ、さてはおまえ、ショックで動けないのか? へへへ、そうかー、そりゃあショックだよな。せっかく高明なこのバッカスパーティの一員になれたのに、即日クビになったんだからな」
醜悪な笑みを浮かべるバッカスに、俺は広げた掌を差し出した。
「クビにするかどうかは雇った側の勝手だからな、特に依存はないよ。今日の分の報酬を受け取り次第出ていこうじゃないか」
そう告げた俺に、呆れ返った様子でバッカスが声を発した。
「おまえ、配信の腕がからっきしだけならまだしも、頭の方の出来も最悪らしいな」
先ほどまで配信の様子を見ていた魔導端末をこちらに投げてよこした。
「これがこのパーティとの契約書だ。下の方を見てみろ、おまえの名前、…あー」
「アカツキだ」
「ふん、その名前のすぐ上の一文…」
【本契約はロンディアナ王国 法632条に基づき締結されるものとする】
魔導端末で拡大しないと見えないくらい、他の文字よりも小さく書かれたそれを俺は確認した。
「で、法632条というのはこんな内容だ」
【本条は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約する契約を規定する】
バッカスは、淀みない口調で条文を諳んじるとこう言い放った。
「つまりだ。おまえは仕事を完成させていない。よって、我々に支払い義務はない。そういうことだ」
…なんだよそれ。
「法律に文句があるなら、王子のオレから国王の耳に入れてやってもいいが。まあ無駄なことに時間は使いたくないものだな」
高めの報酬とはいえ王子の立場で払えないような金額ではない。しかもたった1日分。端金だ。それをわざわざ法律なんか持ち出して踏み倒すとは。正直呆れ果てる。
ダンジョンを出たときにはまだ小降りだった雨が激しさを増したのだろう、ギルドハウスの屋根に打ち付ける音が室内にも大きく響き渡っている。時折遠雷も聞こえた。
こんな姑息なヤツとこれ以上やりとりしたところで無益でしかない。天候が荒れない内に移動するのが賢明だろう。
「…わかったよ」
俺はひとことそう言うと椅子から立ち上がり、胸元でぶらぶらと揺れるアミュレットを掌で押さえつけ、テーブルに背を向けた。
追い打ちをかけるように背中越しにバッカスが声をかけてくる。
「おっと、そうだ。おまえの後釜が早速決まってな」
振り向くと、知らぬ間に少女がひとり、バッカスに寄り添うように立っていた。身長は俺の肩くらい。右の口角を上げて蔑むような視線を俺に送っている。顔は結構カワイイが性格は悪そうだ。
「あら先輩、お疲れ様でしたぁー。あたしもザコ呼ばわりされないように、先輩の分まで頑張りますねぇー」
甘ったるい声でそう言って、幅広のブレスレットを付けた自分の腕をバッカスの二の腕に絡め胸に押し付けた。やはり性格は最悪のようだ。
「おい、おい、ヴェリザ。オレはさすがにザコなんて言ってないぞ」
デレた表情のままバッカスは俺に向き直り続ける。
「2級配信師だが、おまえと違って配信以外の役割もできる。何よりこの通りべっぴんで声もカワイイ。覚醒したオレ様の戦う姿が配信されてバズりまくるのも時間の問題だな。まあ、おまえもオレたちの配信を見て一から勉強するこったな」
バッカスの言葉を最後まで聞くことなく、俺はギルドハウスの出口へと向かった。
ほかの冒険者と違って金に困っているわけでもないだろうに、ヤツらはまた目立ちたいためだけに、あんな無茶な戦いを挑むのだろうか?
もしそうなら、今日のような幸運な出来事は決して偶然には起きないってことを、きっと思い知ることになるだろう。
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