異能機関 〜陰キャぼっち俺、美少女を助けて異能をもらい、借金返済のために【異能機関】でエージェントをしていたらいつの間にか美少女に囲まれていた件〜

水垣するめ

俺、美少女を助けて異能をもらう


 時刻は夜。

 人気が少なくなった車道で。


「くそ、どうなってんだよこれ……ッ!!」


 俺は自転車を全力で漕ぎながらそう呟いた。


「伊織! もっと全力で漕げ! 追いつかれるぞ!」


 後ろの荷台に座っている金髪碧眼の美少女が叫ぶ。


「これで全力だよ! てか車に自転車で勝てるわけねぇだろうが!」

「私の魔術で補助してやってるんだからスピードは車と一緒だ! 死ぬ気で漕げ!」


 魔術。

 聞き慣れない単語だ。

 しかし先ほどから背後の美少女により『魔術』をかけられたこの自転車は、二人乗りだというのに車に勝るとも劣らないスピードを出している。


 俺はチラリと後ろを振り返る。

 そこには一台黒いバンが迫ってきていた。

 そのバンの窓が開く。


「伊織! また撃ってくるぞ!」

「アイリス! 防御頼んだ!」

「ああ! ついでに反撃もしてやる!」


 アイリスがそう言った瞬間、バンの両窓から男が身を乗り出し──銃を乱射し始めた。


 ドドドドドドッ!!!!


 銃声が鳴り、銃弾の嵐が俺たちに向かってくる。

 その時、荷台のアイリスがパチンと指を鳴らした。

 すると空中に魔法陣が展開し、火や水や雷やが後方のバンに向かって飛んでいく。


「うおおおおお、マジでどうなってんだこれ!」

「ハハハハハ!」


 俺の叫びと、アイリスの笑う声。

 銃声と、魔術の発射音が夜の街にこだました。


 ──この出会いが、俺の運命を決定的に変えてしまった。

 異能と、銃弾と、天才たちの集う世界へと俺の今いる世界を変えたのだ。




***



村雨むらさめ伊織いおりぃ!」

「最近調子乗ってるんじゃねぇのか?」

「先輩が喝入れに来てやったぜぇ!?」


 人気のない校舎裏、日当たりが悪いせいでジメジメとしたこの場所に野太い声が響いた。


 振り返ると、そこには五厘刈り、ソフトモヒカン、リーゼントという、いかにも不良な見た目の三人組が立っていた。

 俺は不良先輩たちに質問する。


「俺を呼び出したのは一年の不良だったはずですが?」

「一年のくせに調子に乗ってる奴がいるって言われて、代わりに来たんだよ!」


 なるほど、つまり先輩の不良を呼んで俺を囲みリンチにするつもりだった、と。


「てかテメェ、状況分かってんのか? 三対一だぞ! 今からリンチされるんだぞ!」


 その三人はニヤニヤと笑みを浮かべて釘バットやメリケンサックを手に持っている。

 対して俺は素手。常識的に考えて勝てるはずがない。


「行くぜ、村雨……」

「待ってください」


 俺は不良先輩たちを制止した。


「一つ提案をしましょう。やっぱり喧嘩は無しにしませんか? 俺はそういうの苦手なんです」


 俺の言葉を聞いて、不良先輩たちは逃げようとしていると思ったのか、ギャハハハ! と笑った。


「ハッ、逃げようったってそうはいかねえよ!!」

「ヒャッハァーッ! ボコボコにして金を搾り取ってやるぜ村雨ぇっ!?」

「覚悟しやがれぇ!」


 まさか今日現代日本で聞くとは思わなかった声をあげて、いかにも不良三人組が俺に一斉に殴りかかってきた。


「はぁ……仕方がないか。これは正当防衛だな」


 俺はため息をつくと、制服のネクタイを緩めて、前に歩き出した。





***





 数分後。

 近くにはリーゼントと坊主先輩が地面に倒れていた。

 モヒカン先輩を含め、三人とも顔がボコボコになっている。

 四つん這いの姿勢で、俺の椅子になっているモヒカン先輩の頬をペチペチと叩いた。


「だから、俺は普通に暮らしたいんですよ。できれば喧嘩なんかしたくないんです。聞いてます?」

「聞いてまふ……」


 俺がニッコリと笑顔を向けると、不良先輩たちは「ひいっ」と悲鳴をあげた。


「大体、村雨流師範代であるこの俺に勝てるわけないでしょう。こちとら七歳の頃から鍛えてるんです」

「なんだよそれ……」

「何か言いました?」

「何も言ってません……」

「とにかく、これに懲りたらもう絡んでこないでくださいよ。良いですね。ああ、あとはこのことは誰にも言いふらさないでください。良いですね」


 不良と喧嘩したことを言いふらされて学園で目立ちたくないので、俺は不良先輩たちに口止めを行う。


「はい、約束しまふ……」

「すんませんでした……」

「もう絡んだりしないので許して……」


 不良先輩たちは呻き声をあげながら俺にそう言った。

 ま、ここまですれば不良先輩たちもプライドが高いだろうし、一年に負けたなんてわざわざ言いふらしたりしないだろう。


「分かりました。そういうことなら許しましょう。あ、喧嘩する前にした約束通り、昼飯代ください」

「あい……」


 俺がモヒカン先輩から立ち上がると、モヒカン先輩が五百円を差し出してきた。


「確かに。では、俺はこれで失礼します」


 先輩たちに向かって手を挙げると五百円を握りしめて食堂へと向かったのだった。





***





 暗い、人目につかない路地裏の中に、俺はいた。


「がはっ!」


 壁に叩きつけられた俺の口から空気が絞り出された。


「じゃ、またよろしくー。伊織クン」

「また来月取り立てに来るから」


 俺を今壁に叩きつけた人物、いかにもヤクザな見た目の二人は俺の足元に封筒と財布を放り投げた。

 その手にはその二つから抜き取った金が握られていた。


 その金はこれから一ヶ月過ごすために必要な生活費まで含まれた金だ。だから俺は無謀だとは分かりつつも、取り返そうとした。


「ちょっ、待ってくれよそれは……!」

「チッ、しつこいんだよ! オメェが借金してるのが悪ぃんだろうが!」


 ヤクザの二人を引き止めようと腰を浮かすが、肩を蹴り付けられ再度壁に叩きつけられる。

 そして追い打ちをかけるように腹にもう一度蹴りを入れられた。


「ぐっ……!?」


 たまらず苦悶の呻き声をあげる。


「そのまま大人しくしてろ」

「ああそうだ。二億の返済期限、そろそろだから。頑張って返済しろよ? 返せないんだったら担保の家と土地、全部俺たち三藤組のモンだから」

「こっちも可哀想だとは思うけど、そういう契約だからよ。じゃ、そういうことでよろしくー」


 ヤクザたちは上からそう浴びせると、去っていった。

 しばらくしてなんとか俺は立ち上がった。

 同時に蹴られた腹と殴られた口元に痛みが走る。


「っ、あいつら、俺が高校生で反撃できないからってバカスカ殴りやがって……」


 口の中は切れてるし、腹は多分青あざになってるだろう。

 痛みを我慢しながら近くの封筒と財布を拾い、中身を確認する。


「くそっ、全部抜かれてるじゃねえか! 今日給料が入ったところだったのに……! バイト終わりを待ち伏せって狡すぎだろ!」


 財布の中身も封筒の中も、一ヶ月バイトをした給料も全て抜かれていた。小銭に至るまで。

 だが、と俺はニヤリと笑った。


「だが……守ったぞ! これだけは!」


 俺は靴を脱ぎ、底の方からあるものを取り出した。

 一万円札。


「まだこれだけじゃない、もう片方もだ!」


 もう片方の靴の底から一万円札を取り出す。


「ハハハハハ! 二万隠し切ったぞ! これで一ヶ月は生活できる! やっぱり俺は天才だ!」


 俺の笑い声がしばらく辺りに響いていたが、虚しくなって夜空に掲げた二万円を下ろした。

 くしゃり、と二万円を無造作にポケットに突っ込む。


「二億か……」


 約二億円。

 俺がヤクザに借金してる額だ。

 というか、元は両親が借りてたお金らしいが、祖父が死んだ途端突然訪ねてきて、俺にその返済を求めてきたのだ。


 七年間利子を重ねた結果、約二億円が俺の借金になった。

 その返済期限があと一週間ほどに迫っている。一週間後までに二億円全てを返済しないと、担保として入れている家と土地が全てヤクザに奪われてしまうという事だ。


 もちろん、一週間後までに二億円なんて払えるはずがない。


 つまり、俺の家と土地が奪われるまであと一週間と言ったところだ。

 いくら村雨流の師範代で腕が立とうが、借金の前にはそんなもの無力だ。


「惨めだな……いや、それよりもあと一週間後までに二億を稼ぐ方法を考えないと……」


 一瞬ネガティブな思考に陥りかけたが、頭を振って気分を切り替える。


「……駄目だ。腹が減り過ぎて何も思いつかないな。仕方ない……今日はもう遅いし、モール通って家に帰るか」


 俺はため息を吐いて家に帰ることにした。





 この街には、廃墟となったショッピングモールがある。

 人通りが多い大通りの端っこの方にある、大型のショッピングモールだ。


 そのショッピングモールは構造上、建物の中が迷路のように複雑な作りになっており、中の暗さも合わさって一度入れば迷ってしまう、という噂がある場所だ。


 本来はすぐに取り壊されるはずだったのだが何らかの理由で解体が延期になってしまい、そしてこれも噂だが解体するはずの業者が次々に倒産してしまったとかで、誰も解体に手をつけず、そのまま廃墟として残ってしまった。


 その名残か、ショッピングモールの周囲には駐車場も含めてぐるりと周りから視線を遮るフェンスが張られている。


 フェンスといってもところどころ破られたり、穴が空いたりしているので中に侵入することは可能なのだが。


 だが、そのせいでこの廃ショッピングモールは不良やバイヤーなど危ない奴らの溜まり場になってしまい、地元住民は誰も近づかない場所となってしまった。


 俺がいるのはそのモールのフェンスの前だった。

 工事用のフェンスがドアみたいに開くところがあるので、そこからモールの中に入ろうとしたとき。


「おわっ」

「おっと、これはすまない」


 俺がフェンスに手をかけた瞬間、向こう側から人が出てきた。

 出てきた人物を見て、俺は驚く。

 なぜならその人物が異様な風貌な男だったからだ。


 歳は恐らく三十代ほどだろうか。茶色の髪をオールバックにして、スーツを着ており、身長は190センチ以上はある。


 そして、今まで見たこともないような筋肉を持っていた。


 厚い胸板。太い腕と脚。しかし美しいと感じる筋肉のつき方だった。

 そのスーツの上からでも分かる筋肉の隆起は、服の下の鋼の肉体を容易に想像させた。

 この時点で、なぜこんな男が廃モールから出てきたのか、という疑問は消し飛んでいた。


「あ、すみません」

「譲ってくれるのか、ありがとう」


 その男はニカっと気持ちのいい笑みを浮かべ俺にお礼を言うと、手を挙げてフェンスの中から出てくる。


 俺の隣を通り過ぎようとしたその時、男のポケットから財布が地面に落ちた。


 どうやら財布を落としたことには気がついていないようで、スタスタと歩いてく。

 多分、今これを盗ってもバレないだろう。

 しかし、俺はその財布を拾うと、そのデカい背中に声をかけた。


「おっさん。財布落としたよ」

「む?」


 振り返る男に財布を投げて渡す。

 男は片手でそれを受け取った。


「おお、気がつかなかった」


 男は俺に近づいてくると、バシバシとその太い手で俺の背中を叩いた。


「ははは! 少年、いい奴じゃないか。感謝する!」

「ちょ、いたっ、痛いって、おっさん!」


 俺がそう言うとおっさんは手を離して、顎に手を当てて考える。


「ふむ、そうだな。これは何かお礼をしないとだな。そうだ、君が困っていたら私が助けてやろう。どうだ?」

「どうだって言われても……」

「決まりだな! それではまた会おう少年!」

「聞いてねぇ……」


 おっさんが去って行こうとしたとき、何かを思い出したのか振り返った。


「ああ、そうだ少年。一つ忠告だが」

「なんだ?」

「そこは危ないぞ。危険な奴がいる。今日は特にな。もし入れば──キミの運命は変わってしまうかもしれない」


 おっさんが指差したのは、俺の背後の廃ショッピングモールだった。

 俺が危ない場所に入るから親切に忠告してくれているのだろうと思って、肩を竦める。


「大丈夫だよ。何回もここは通ってるし。大体危ない奴らがいるところは知ってるから。それに、このクソみたいな運命が変わるなら逆に嬉しいくらいだ」


 俺の言葉におっさんはフッと笑った。


「そうか。気をつけたまえよ。では、今度こそさらばだ」


 おっさんは俺の言葉に頷くと、また爽やかにニカっと笑って去っていった。


「さてと、帰りますか……」


 おっさんの背中を見ながらそう呟くと、俺は背後に振り向き、バッテン状に貼られた板の下を潜り抜けて、暗いショッピングモールの中へと入っていった。





***





 ショッピングモールの中はなぜか薄暗いが非常用の誘導灯や、ところどころ照明が就いているところがあったりして、暗いが歩けなくもないといった具合になっている。


 もちろん不良やヤクザもいるのだが、そいつらは大抵地下や、最上階である四階にいる。

 そうでなくても奴らがいそうな危険な場所は把握しているので、近づかなければ無問題だ。


 俺はその微かな明かりを頼りに廃ショッピングモールの中を歩いてく。


 なぜこんなにも迷路のような中を迷いなく進んでいけるのかというと、十歳の頃から借金取りのヤクザに追いかけ回されていた時に、ここを追っ手を撒くための場所としてよく使っていたからだ。


 実際に呆れるくらい撒けるからよくここに逃げ込んでいた。

 まぁ、その分ここにたむろしていた不良と遭遇することも多かったが。


 暗いモールの中を進んでいき、角を曲がろうとしたとき──


「うわっ!」

「きゃっ!」


 角の向こうから飛び出してきた。

 勢いよくぶつかったので、俺は後ろに倒れてしまう。


「って……」


 文句を言ってやろうかと顔を上げたそこには。


 ──絶世の、美少女がいた。


 サラサラと輝く金色の髪に、宝石のような碧色の瞳。そして透き通るような白い肌。


 白のシャツに首元には宝石のループタイがついた紺色の紐ネクタイを結んでいて、スカートもリボンと同じ紺色のものを履いていた。


 黒のストッキングとブーツも合わさり、良家のお嬢様だと一発で分かる服装だった。


 テレビ出ている芸能人だって霞むような、完璧な美少女だった。



 しかしその手には──拳銃を持っていた。



「拳銃……?」


 俺が彼女も持つ拳銃に凝視していると、金髪の美少女は俺の視線に気づいて、すぐに拳銃を太腿につけられたホルスターにしまった。

 そして彼女は何故拳銃を? と困惑している俺に、何事も無かったかのように俺へと手を差し伸べてきた。


「キミ、すまない。立てるか」


 そう言って目の前の金髪の美少女が手をこちらへと差し伸ばした瞬間。


「──っ!? 伏せろ!」

「おわっ!? 何を……」


 いきなり目の前の美少女が俺を押し倒してきた。

 ふわりと鼻腔を甘い匂いがくすぐった、その数瞬後。

 ドドドドドドッ‼︎‼︎

 金髪の美少女が曲がってきた角の向こう側から銃声と共に、銃弾が飛んできた。


「くっ、もう追ってきたか。しつこい連中だ……!」


 金髪の美少女は俺を押し倒したまま嵐が過ぎ去るのを待っている。


(なんだ、何が起こっているんだ!?)


 そしてしばらくすると銃声が止み、銃声がした方から男たちの話す声が聞こえてきた。


『おい、なんか男が増えたぞ!』

『男のガキの方は殺せ! 女の方は生きたまま捕まえろ!』


 男ってまさか……俺のことか!?


「立てるか! 逃げるぞ!」


 金髪の美少女は俺の手を引き走り出す。

 俺は走りながら彼女へと質問した。


「おい! 何がどうなってるか簡潔に説明しろ!」

「今追手に追われてる! キミの名前は! 私の名はアイリス・ロスウッドだ!」

「俺は村雨伊織だ! なんで追われてるんだ!」

「私は英国の貴族なんだ! 恐らく私を誘拐するためだろう!」

「なるほどな! それはそうと今どこに向かっている!」

「この廃ショッピングモールの出口だ!」

「それならこっちだ!」


 俺とアイリスは方向転換する。そして今度は俺がアイリスの腕を引っ張って走り出した。

 なんだこの状況! 意味がわからない!

 だが、全力で逃げないと死ぬのは間違いない!!


「伊織、出会ってすぐ頼むのもなんだが、スマホは持ってるか!? さっき追われてる最中に落としてしまってな! 助けを呼びたいんだが!」

「スマホなんて高級品持ってるわけねぇだろ!」

「了解だ! このまま逃げるぞ……ぐっ!?」


 するとその時、背後のアイリスが苦悶の声を上げて立ち止まった。


「どうした……って、お前その足……」


 振り返ると、アイリスは太ももの辺りに、一筋切り裂いたような傷ができていた。


「さっき掠ったみたいだな。だがこれくらいはかすり傷だ」


 アイリスはニッと笑う。


「大丈夫だ。異能を使えば私はまだ走れる。だから出口まで走れ!」

「ちょ、ちょっと待て!」

「なんだ」

「い、今異能って言わなかったか!? なんだよそれ!」

「あっ」


 アイリスはしまった、という顔になった。


「詳しい状況を……」


『近くから声がしたぞ!』

『絶対に逃すな!』


 もう少し詳しい状況を聞こうと思った矢先、背後から複数人の声と足音が聞こえてきた。

 悠長に状況を聞く余裕はないみたいだ。


「まずい伊織! 早く逃げるぞ!」

「くっ、後で絶対に教えてくれよ!」


 俺たちはまた走り出す。

 そしてすぐ向こう側に光が見えてきた。


「出口か!」

「アイリス、ついてこい!」


 俺は出口から飛び出すと、右に回って走り出す。

 向かう先はここの廃ショッピングモールの駐車場だ。


「どこへ行くつもりだ!」

「追われてるんだろ。逃げるための足を確保するんだよ!」


 そう、この時間帯ならきっとあいつらがいる。

 そして駐車場に走ってくると……。


「いた!」


 駐車場には予想通り暴走族がたむろっていた。

 派手に改造したバイクや車の中に、目当てのものを発見する。


「自転車よこせええええっ!!!」

「うわっ、なんだアイツ……ブヘッ!?」


 俺は思いっきり暴走族の一人に飛び蹴りを喰らわせた。

 そして華麗に地面に着地すると、そいつの持っていた自転車を奪い取る。


「アイリス! 乗れ!」

「あ、ああ!」

「しっかり捕まってろよ……!」


 俺はペダルに足をかける。


「テメェ! 何すんだよ!」

「やんのか!? あっ、おい待て!」


 飛び蹴りを喰らわせた奴が起き上がってくるが、アイリスを後ろに乗せた俺は全速力で自転車を漕ぎ出し、暴走族が唖然としている間にその場から逃走した。

 後ろに乗るアイリスが、俺にしがみつきながら質問してくる。


「伊織! どうして自転車なんだ!」

「免許持ってないんだよ!」

「納得の理由だな!」


 廃ショッピングモールを抜け、道路へと抜けた。


「これであいつらも撒けたか……」


 俺は安堵の息を吐く。


「っ馬鹿! キミ、それはフラグ……」

「ちょっ、口を塞ぐな!」


 アイリスが慌てて後ろから手を回して俺の口を塞ごうとした瞬間、後ろから黒いバンが猛スピードで追いかけてきた。


「奴らだ!」


 アイリスが叫ぶ。


「くそっ、こっちは自転車なんだぞ!?」


 俺は悔しげな顔で歯噛みをする。

 自転車ではどう考えても自動車には勝てない。いつかは追いつかれてしまう。

 しかし後ろのアイリスが叫んだ。


「大丈夫だ。伊織はそのまま漕ぎ続けろ」


 そしてアイリスはスカートの中のホルダーから拳銃を取り出した。


「まさか……撃つのか!?」

「安心しろ。私は拳銃の扱いには長けているし、マガジンに入ってるのは非殺傷の弾だ。だが、タイヤを破裂させるだけの威力はある……!」


 アイリスは後ろから迫るバンのタイヤに狙いをつけると、撃ち抜いた。

 揺れる自転車の上にも関わらず、アイリスが撃った弾は魔法のようにバンのタイヤに吸い込まれていった。

 パシュン、と音を立ててバンのタイヤがパンクする。


「もう一発」


 アイリスが再度銃弾を発射すると、同じように反対側のタイヤもパンクし、目に見えてバンが失速していく。

 俺が漕いでいる自転車よりも遅く。


「ふぅ……これで脅威は去ったな。もう安全だ」


 アイリスが安心したような声を出し、拳銃をホルスターにしまった。


「バカっ、そんなフラグみたいなこと……!」


 俺が振り返り後ろのアイリスにそう言った瞬間、また後ろから猛スピードで車が追いかけてきた。

 しかも今度は黒いバンが三台だ。


「追手がやってきたぞ!」

「そんなフラグみたいなことを言うからだ!」

「しょ、しょうがないだろう! だって安心したんだもん!」

「御託はいいから、早くさっきみたいにタイヤを撃て!」

「ダメだ! さっきので弾切れだ!」


 もう弾切れしたのか、とも思ったが、そういえばアイリスは俺と出会う前にも奴らに追われていて、その時に何発か撃っていてもおかしくはない。

 だがさっきのように車をパンクさせることができないとなると、いよいよピンチだ。


「くっ……!」


 今度こそもうダメか、と思ったその時。


「まだだ!」


 アイリスが叫ぶ。


「まだ諦めるのは早い!」

「諦める場合じゃないって、もう打つ手なしだろ! どうするってんだよ!」

「私の異能、【魔術】を使う!」

「なんだと!?」


 思わず後ろを振り返った。

 アイリスがパチン、と指を鳴らすと空中にいくつもの魔法陣が描かれる。

 それに加え、アイリスの瞳は発光していた。


「こうなったらヤケだ! 本来なら規則で一般人に絶対に見せてはならないがな……!」

「じゃあそれ駄目じゃないのか!?」

「私の身の安全が一番大切に決まってるだろ!」

「最悪だ!」

「生きてさえいればどうせ後で機関が映画の撮影だったとでも言って、いくらでも揉み消してくれる! ほら、自転車にも魔術で支援をかけてやる! 全力で漕げ伊織!」


 アイリスがまた指を鳴らすと、自転車のペダルが驚くほど軽くなり、スピードが自動車並みに早くなった。

 これなら早々追いつかれる心配もない。


 続いて、背後から恐らく魔術を打ち出す音が連続で聞こえてきた。

 同時に至近距離をいくつもの銃弾が飛んでいく。


「うおおお! どうなってんだよこれ!!」

「ハハハハハッ!!」


 アイリスは俺の言葉に耳もくれず、魔術を打ちまくる。

 氷の弾や炎の弾などが、先頭のバンに飛んでいく。

 そしてフロントガラスが割れ、運転手がやられたのか、一番前のバンは制御を失ったように蛇行して、他の車にぶつかった。


 あとバンは二台。

 一度は速度を落とした二台のバンだが、窓が開くと人がそこから身を乗り出した。

 手に持っているのは……銃!?


 ドドドドドドッ!!!!


 銃声が鳴り響き、銃弾が俺たちへと飛んでくる。


「この街中で撃つのかよ……っ!?」

「奴らもなりふり構ってられないということだ!」

「アイリス、撃ち返せ!!」

「言われなくても!」


 アイリスはさらに魔法陣を空中に展開して、バンに撃ち返す。

 魔術と銃弾の銃撃戦を繰り広げながら道路を疾走するが状況は……かなりまずい。

 もうすぐ後ろ二十メートルほどのところまでバンが迫ってきていた。


 このままじゃ追いつかれる。


「曲がるぞ!」


 俺は咄嗟の判断で、曲がり道を回った。

 そして自動車では通れないような一直線の細い道の中に入っていく。


 バンに乗っていた追手は小道の前で急停止するとバンから降りて、俺たちに向かって銃を乱射した。

 アイリスが「ぐっ」と苦しそうな声をあげる。


「まずいぞ! もう魔術で銃弾を防ぐのもそろそろ限界だ!」

「大丈夫だ! 今から跳ぶぞ!」

「どういうことだ……へ?」


 アイリスが素っ頓狂な声を上げる。

 なぜなら前方には下り坂の階段があったからだ。

 もちろん、このままだと飛び降りることになる。


「捕まってろ!」


 しかし俺はさらに加速した。


「何をするつもりだ……!? 待て待て待て待て!!!!」


 階段から飛び出した。


 視界が開けた。

 スローモーションの視界の中で、満点の星空と街の灯りが煌めいていた。

 俺は自転車を横向きにすると、前輪と後輪で挟むようにして、ボディを階段の手すりに乗せた。


 ガチンッ! と金属音がした後、ギャリギャリ! と耳をつんざくような不快な音と共に俺たちは階段を下っていく。


「きゃあああああっ!!」


 アイリスの思ったよりも女の子らしい悲鳴が夜の住宅街にこだました。

 そして十メートルほどの階段を下り終えると、倒れないように地面に着地するときに車体を反対方向に倒し、そのまま全力疾走でその場を走り去ったのだった。




***




「ふぅ……ここまでくれば大丈夫か」


 適当な公園で自転車を停める。

 地元ではジョギングや散歩コースになっていそうな、緑豊かな公園だ。ただ、深夜なので周囲に人気は全くなくなっていた。


「ここ、殺す気かぁっ!!」


 すると突然アイリスが俺の頭を叩いてきた。

 バチィン! と音が公園に響く。


「いたっ!? 何するんだよ!」

「あれは一体どういうことだ! 自転車で階段を滑り降りるなんて、私を殺すつもりなのか!?」

「ああでもしないと逃げれなかっただろ! 結果的に助かったんだし良いだろうが! 頭叩くとか俺が馬鹿になったらどうするつもりなんだよ!」

「もう馬鹿だから問題ないわ!」


 アイリスは「全く、本当に信じられん!」と怒りながら公園のベンチに座った。


「足の傷は大丈夫か」

「問題ない。こうやって回復魔術をかければ……」


 アイリスがそう言って太ももに手を翳したとき、俺は聞かないといけないことがあったことを思い出した。


「そうだ、思い出したぞ。その異能やら魔術やらってなんなんだよ」

「うっ……」

「命の危険レベルまで巻き込まれたんだ。詳しく話してもらう──」


 その時。

 パシュン、とそんな気の抜けるような音が背後からした。

 同時に左脇腹あたりに強い衝撃。

 左脇腹がじわじわと熱を帯びて、手を当てると、手のひらにベッタリと血がついていた。


 後ろを振り返る。

 そこには、狐面を被ったスーツ姿の男が立っていた。

 そして、手にはサプレッサー付きの拳銃を握っていた。銃口は俺に向けられている。

 そこで初めて俺は自分が銃で撃たれたのだと理解した。


「っ、伊織!?」


 アイリスの驚愕する声が聞こえた。

 しかし俺は頭の中で別のことを考えていた。


(追手か? 銃を持ってるし多分そうだ。でもなんでここに……。気配はなかった。俺たちの後ろから気づかれないように着いてきてたのか……?)


 焼けるような激痛に、思わず俺は倒れ込む。

 同時にすっと身体が冷えていく感覚。

 多分、血が抜けてるのだろう。


「っく……!」

「伊織! おい伊織! 大丈夫か!」


 アイリスが俺の左脇腹を手で押さえ、止血している。

 視界がぼんやりとして、意識もだんだん遠のいてきた。


「血が止まらない……!! ああくそっ、簡易手当セットなんて使ったことないぞ! 確か鎮痛剤を注射して……それから傷を固めるにはどうしたら良いんだ。ワセリンでも塗れば良いのか!?」


 ぼやける視界に、慌てた声で何かをしているアイリスが写った。

 どうやら、手当てをしてくれているみたいだ。


 バカだな。そんなことせずにさっさと逃げればいいのに。

 どうせ、俺が死んでも誰も悲しむ奴なんて……。


「ダメだ! 血が止まらない! 回復魔術……使える! 待ってろ、絶対に助けるからな!」


 アイリスは俺の傷口に手を当てて、治療している。

 良いから早く逃げろ、と言いたいのに口が動かない。

 その時、撃たれた左脇腹が不思議な力が働いているみたいに痛みが引いていった。


「よし、傷は固まった……おい、嘘だろ、何故また使えなくなるんだ!」


 アイリスは苛立ちを込めた声で叫ぶ。

 その時、男の声で「捕まえろ」と聞こえてきた。

 狐面の男の声だ。


 遠くなっていく意識の中で、アイリスの声と、複数の足音が聞こえた。

 視界の端でアイリスが男たちに捕まるのが見えた。

 どんどんと意識は遠くなっていく。


「おい離せ! まだ治療は終わって……ああもうっ!」


 その時、強引に男たちの拘束を振り切ったアイリスが、俺の元まで走ってきた。

 そして顔に手を当てると──


「言っとくが、ファーストキスなんだからな!」


 次の瞬間、アイリスの顔が目の前にあった。


 同時に、唇に柔らかい感触。

 キスをされているのか……これは?

 永遠にも思えるような一瞬の後、狐面の男の「捕まえろ」という声で、またアイリスは捕えられた。

 唇から柔らかな感触が離れていく。


「おい、聞いてるか伊織! この恩は必ず返す! だから絶対に目が覚めたら病院に行けよ! 傷を固めただけだからな! 今渡した異能も万能じゃない! 治癒力を高めるだけだ!」


 聞こえたのはそこまでで、俺の意識は落ちた。

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