とある古参のデュエリスト〜転生先が悪役貴族のかませ犬だったけど、前世のチートデッキが使えるので特に問題なさそうです〜

謙虚なサークル

第1話転生したらデュエリストだった件

WDG《ウィザーズ・デュエル・ギャザリング》は魔術師となって集めた魔法を使い決闘を行うトレーディングカードゲームである。

俺が中学生の頃に本場アメリカから上陸、日本でも大流行したこのゲームはコミック、TVゲーム、ネトゲ、ソシャゲと時代と共にプレイ媒体を増やしながら発展していき、二十年経った今でも世界大会が開かれる程多くのプレイヤーに愛されているのだ。

だがカードゲームというのは面白さを極限まで追求する為、どうしてもバランスを著しく崩すカードが生まれてしまう。

そうしたカードは公式大会では使用を禁止され、その都度闇に葬られてきたのだが、古参プレイヤーである俺はそういったカードたちを沢山看取ってきた。

いつか公式大会で制限される程に狂った強さを持つカードたちを制限なくデッキにぶち込んで、気持ちよく無双したい……それが俺のささやかな夢なのである。


「ま、そんな事はできないのでゲームで紛らわすしかないんだけどねー」


今プレイしているのはソシャゲ版のWDG、これはファンタジー世界でカードバトルをし、最強の決闘者を目指すというゲームである。

ネット対戦も出来るが俺がプレイしているのは専らソロ用のストーリーモード。

理由は簡単、このゲームではストーリー限定で歴代の極悪禁止カードを自由に使用することが可能なのである。

相手がNPCというのは少々味気ないが、色々なチートデッキを試せるのはとても楽しい。

1ターンキルにロックデッキ、即死コンボにデッキ破壊に無限ドロー……禁止カードを多用した多種多様な必殺コンボはやっててとても気持ちいいのだ。


え? どうせ一方的に嬲るなら相手は人でもNPCでも変わらないだろうって?

いやいや、これらのコンボも人が相手ではただ出せば決まる程単純ではなく、読み合いという物が存在するのだ。

もちろん、仕掛ける側が圧倒的に優位な読み合いだけどな。防ぐ選択肢がほぼないような状況を常に迫り、相手は必死に抵抗をする。

覆し難い程の圧倒的に有利な状況を作り出し、真綿で締めるようにじわじわと詰ませていく愉悦……もちろんそんなこと友人にして許されるわけがなく、何人かには『お前とはもう二度とWDGやらねー』とか言われたりした。

それでもしつこく似たようなデッキで戦いを挑んだら空気が読めないと友人たちも離れていき、仕方ないので近くの店のデュエルスペースで同じことをやって出禁にされたことも一度や二度ではない。

変装したり電車で遠くの店に行ったり、苦労したなぁ……え? まずそんなことやめろよって? いやいや、やめられるはずがないじゃないか。こんな楽しいことを。

超強いカードによる芸術的コンボで一方的になぶり殺すのが嫌いな男子はいるだろうか? いやいまい。

そんなこんなで今日も楽しくチートデッキをぶん回していた、その時である。


「ん、なんか騒がしいな……」


何やら遠くの方で物音が聞こえてくる。激しい衝突音が断続的に聞こえ、それが近づいてきている。一体何事だろうか?

どがぁん! と、突如眼前の壁を破壊して出現したのは大型トラックだ。

動くことも出来ず固まったまま、俺はそれに押し潰された。

ぐしゃり、と肉の潰れる音が、痛みすら通り越した痛みが、命の潰える感触がリアルに感じられる。

そうか。俺は、死んだのだ。



「……どこだここ?」


辺りを見渡すとそこは石作りの室内だった。

机と椅子があり、本棚も置かれている。そこには生活感があり、誰かの部屋のようだ。

……変だな。確かWDGで遊んでいたら突っ込んできたトラックに轢かれたはずなのに。

ここが死後の世界か? にしてはどこか現実味があるというか……

ふと、壁に架けられていた姿見鏡を見て、驚愕する。


「な、なんだこりゃあ!?」


鏡に映っていたのは俺ではなかった。

耳まで伸ばした黒い髪、鋭く尖った目元、どこか卑屈さ漂うその相貌。

こいつを俺は知っている。


「まさか、バルス=イゴマール……?」


バルスとはWDGのストーリーモードに出てくる悪役だ。

主人公のライバル……の腰巾着。

序盤から出てきて主人公の噛ませ犬にされながらも、何度も挑んできてはボコボコにされるというショボい悪役貴族である。

気弱なくせに弱い奴には強く、強い奴には媚び媚びで汚い真似も平気で行う。なのに弱いという悲しいキャラだ。しかも最後には家が没落し、様々な罪が発覚して処刑されてしまう。

……記憶が蘇ってくる。バルスとしての幼少期の記憶が頭の中に……!

間違いない。どうやら俺は現実で命を落とし、WDGのゲームの中に、破滅予定の悪役、バルス=イゴマールに転生してしまったようだ。


「なんということだ。俺は、俺は……!」


両拳を握り込み、プルプルと振るわせながら、


「……なんて幸運なんだっ!」


そして、大きくガッツポーズをする。

WDGストーリーモードでは様々なプレイヤーと自由にデュエルを楽しむことができる。

つまり禁止も制限もない世界で、チートデッキによる対人デュエルが楽しめるってことじゃあないか。

なんて素晴らしい……あぁいや、そうじゃなくってだな……

……コホン、この世界はカードの強さが全て。バルスは主人公に負け続けたことで追い詰められ、性格が歪み、悪事に手を染めなければいけなくなった。

勝てさえすればそんなことをする必要もなくなり、破滅の運命も回避出来るに違いない。

弱キャラであるバルスが勝つには多少のチートは必要だ。

そう、これは自身の身を守る行為。

本来なら対人でチートデッキを使うなど許されざる行為だが、自身の破滅を防ぐ為なら許されるのではなかろうか。

うん、許される! これは正しい行いなのだ。うんうん。


「俺は破滅を防ぐ為にチートデッキを使うだけだ。断じて楽しいから使うわけじゃないんだぞ。本当だ」


自分にそう言い聞かせながら、俺は胸の内で高鳴る鼓動を抑えきれずにいた。

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