二十九羽 闇を征く者②


「っ! すばらしい……!」

「そいつはどうも」


 エレヴォスは、未だおとろえぬギルクライスの魔力に称賛を送った。


「ならばわたしも──」


 そう言って瞼を閉じる。するとエレヴォスの目元には赤い縦の線が現れた。

 血のような色をしたそれは、瞼を閉じると顔に十字の切り込みが入ったかのようだ。


 次に眼を開けた時には、先程までの美しい緑の瞳は消え去り、まるでギルクライスの右目のように暗闇と赤い光を宿していた。


「く、くくく……アーハッハッハ!! 熱い……、たぎる。身が震えるぞ……!!」

「うーん。やっぱり暑苦しい方だ」


 先ほどまでの印象とはまるで真逆になるエレヴォス。

 元々彼の性質を知っていたギルクライスは、やれやれと言いたげだ。


「闇の歩き方……、このわたしが教えてやろうッ!!」

「これはこれは、ご丁寧に」


 どちらともなく距離を詰める。

 ふっ、と空気が震えると二人の姿は消え去った。


 瞬きの間に二人はその手に剣を携え、刃を交える。

 漆黒から成る剣と、闇の炎から成る剣。


 初撃を防ぐとまた距離をとり、エレヴォスは魔法を放つ。


「ゆけっ!!」


 闇の炎がその身を蛇へと転身させる。

 無数から成る蛇の軍勢は、エレヴォスの足元より這い出るとギルクライスへと襲い掛かろうとした。


「うーむ」


 ギルクライスは悩んだ。

 さて、何を見せれば彼は納得するのかと。


 とりあえず目の前の難を逃れようと、ギルクライスは目元へと魔力を集中させた。


「!?」


 すると、エレヴォスは己の眼を疑った。


 ──闇……?


 ギルクライスの左半身。エレヴォスから見て右側。そちら側の光景は何も変わらない。

 森に佇む、怪しげな紳士。

 困ったように笑うのが癖のようだが、それが怪しさを増す男。


 だが、右半身はどうだ。エレヴォスから見て左。

 ギルクライスが目元に魔力を寄せた瞬間、まるで闇そのものが目元から溢れ出でるように零れ、右の顔を、右半身を、そしてそちら側の景色を闇へと塗り替えた。


《ヒャッヒャッヒャ! こいつ、ビビってやがるぜ!》

《きひひ……》

《んだぁ? 雑魚かよ……面白くねぇな》


「!? な、なんだ……」


 その白い羽根で覆われた耳元を確かめるように触る。

 異常はない。

 聞こえたのは、紛れもない『声』だ。


「おんやぁ? 何か聞こえましたか? ……あたしの本性? 闇に潜む者たち? それとも──あなたの心?」

「っ! う、うるさいっ!!」


 エレヴォスは一瞬ドキリとした。

 挑むと言っておきながら、自分には勝てる自信がないのではないか?

 そんな僅かな心の隙間を見透かされたかのように感じた。


 払拭ふっしょくするように闇炎あんえんの蛇たちにギルクライスを飲み込むよう命ずる。

 だが、それは徒労に終わった。

 ギルクライスの半身のような闇が、全てを飲み込んで無に還したからだ。

 むしろ、エレヴォス自身が闇に呑み込まれたかのように、辺りは真っ暗な空間となる。


「くっ……!」

「はあ、あたしは悲しい。これでも、大半の力は封じられていましてねぇ……なんでも、『おまえは危険だ』とか何とか」


 そう言うと、目元には元々の赤い輝きとは別の紋様が浮かんだ。


「なぜだ……魔神の闇の一部……。魔力を糧に借りることはあれ……意のままに従えるなどと……!!」


 エレヴォスは辺りの景色から、自分の置かれた状況を推察した。


「うーん。あたしの強さの根源を表すのなら、ただ一つ。この闇に呑まれたとしても、己を保つ力……これでしょうかねぇ? ほら、こんな風に」


 そう言うとギルクライスはわざわざ闇を全身に纏わせた。

 未だ聞こえる謎の声たち。

 揶揄やゆするような、「やっちまえ」と焚きつけるかのような声たち。

 ケラケラと嘲笑い、まるで見世物を観戦している客のように声が反響する。

 そんなものどうとでもないように、ギルクライスは闇に自ら飲まれると、その目元の赤い眼光を宿して言う。


「まあ、でも開けたのなら責任はとっていただかないと──ね?」


 徐々に人型をとる闇は、全身を黒いコートで覆ったような風貌。

 まるで、魔神そのものが顕現したかのような錯覚に陥ったエレヴォス。

 その闇に呑まれた時、自分はどうなってしまうのか──

 エレヴォスは、先程聞こえた声がずっと頭から離れなかった。


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