二十七羽 森人の矜持③


「……」

「……」


 木の牢獄に捕らえられたシルケンタウラ。

 ぶすっとした表情で地面に腰を下ろし、無言でテリネヴをにらみつける。


「……まっっったく理解できないねぇ!」

「ん? なにが」


 不意に言葉を荒げる。

 テリネヴは特に気にも留めていない様子で続きをうながした。


「それだけの魔力、貴様……純血種なんじゃないのかい?」

「そーだけど?」


 森人ドリアスの中で、『古き者』と呼ばれる純血種。

 森人は通常、その魔力や栄養を蓄えた花珠かじゅ宝果ほうかさえ無事であれば、別の植生を見付けて生き延びることができる。人間には想像が及ばない生態を持つ種族だ。


 だが純血と呼ばれる彼らは、その人格が生まれてから一度も体を変えたことがない森人。

 テリネヴの場合、花珠に蓄えた魔力どころかその全身に魔力がみなぎっており、普通の森人とは比べ物にならない魔力を持つ。

 うさぎさん基準でいうと、全身が『たべごろ』だ。


 かつて、その宝珠のような美しい魂とも呼べるものを人間に狩られ、他の魔族からは弱き者とレッテルを貼られ。それでも現在は人間に温厚で友好的な種族と称される森人。


 体を変えたことがないというのは、即ち危険を自らの力で乗り切れるほど強き者の証でもあった。


「なぜ、その力で復讐しようとしないんだい?」


 シルケンタウラは疑問に思った。

 『古き者』であるテリネヴは、恐らく同族を人間たちに狩られた時代も生きたはずだ。

 人と魔族が争う理由の一端にもなったであろうそれは、今を生きる森人が人間に復讐をしたいと思うには充分ではないのかと。


「……人間は寿命が短いからね。今を生きる人間にその業を背負わせても……彼らは帰ってこないよ。そういうことがあったこと、忘れないでいて欲しいとは思うけど」


 じっと真剣に見つめるシルケンタウラ。

 応えるように真っ直ぐ見つめ返すテリネヴ。

 今この時は、テリネヴに『めんどう』という感情は湧き上がらなかった。


「……ま、未だに一攫千金を夢見て花珠を狙うバカはゼロじゃないみたいだけどね。そーいうヤツらは栄養足りてないんだと思うよ。だって、今生きてる森人は若くて人間を好意的に見ているか、そーゆう時代を生き延びて達観してるかってことだもん。温厚だからってやられっぱなしとは限らない……特に後者はね。知らないってことは、それだけで不利だ。人間は自分たちに都合よく歴史を改ざんするし、森人にやられた人間もいるってのは伝わってないんじゃない?」

「なら──」

「これはただの持論で種族の総意じゃないけど、……だってダルいじゃん。気が乗らないね。カワイイもののために頑張る方がぜったいイイ」

「!?」

悠久ゆうきゅうの時を生きるコツだよ」

「コツ……?」

「やる時はやるさ。それ以外の時はボーっとしたり、気が乗らない時は何も考えない。メリハリってゆーの? まあ、人より多少、退屈な時を耐えるのは得意だからね。そこはボクの強みかも」

「復讐は、……貴様の理由になり得ないと?」

「今のとこはね」

「……ふん」


 テリネヴが、もっと同族と助け合いながら生活していたらきっと違ったのかもしれない。彼はよくも悪くも孤高だった。同族よりもエルフらと長い時を過ごした。だから復讐は理由になり得ない。

 理屈としては非常によく分かるが、テリネヴは自分の身に降りかかったわけではないことを、自分の命をしてまで行おうとは思えなかった。

 まして魔族である。

 弱き者が強き者に従うのは自然である。そう考えることも多い、人間とは違う種族だ。


 ただ、もちろん先のことは彼にも分からない。

 気が乗る時というのは、不意に訪れるものだ。


「変な森人ドリアスだな」

「帰りなよ。真花しんかするまでのないヤツなんて、ダルくて相手にしてらんないから」


 しゅるしゅると木のおりが元の小枝の姿に戻る。

 解放されたというのに、シルケンタウラは呆然としてその場から動かなかった。


「あー……にしても、クソガキの相手はダルかった。カルナさんに吸わせてもらお」


 もしかすれば最近のテリネヴが比較的活動的なのは、美味しい食事の影響なのかもしれない。


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