二十四羽 ミーハーな森人


「やだ、イケメンがいっぱい……」


 森人ドリアスのハーネシアは思わず本音を漏らした。


 深い森の中。

 一部の森人たちでひっそりと育てている清麗せいれいの実。

 トマトよりやや暗めな赤色。桃のような香しさと大きさを持つそれは、森人たちにとっても美味しいおやつであり、栄養でもある魔力が詰まったものだった。


 それを求めてきたのが同族でもなく、人間二人と正体の分からない一人、計三人の美形だったからだ。


「突然すまんな」

「えっ!? い、いえ……」

「カルナくん、意外と常識人なんだね」

「殺すぞハイネ」


 カルナシオンは、緑の葉で出来た大きな両翼を持つ可愛らしい少女の姿をした森人に、膝を折って目線を合わせ低姿勢で接する。そもそも下僕以外にはわりと常識的な態度なのだ。空気は読めないが。


「実を譲ってはくれないか? もちろん、ここの場所は誰にも言わない。な、ハイネ」

「もちろん。森人からの信頼がなくなったら、二度とお目に掛かれない実だからなあ。素材探しも冒険者の力量だって」


 カルナシオンとハイネは事前に確認し合っていたことをハーネシアへと告げれば、その表情は恥ずかしそうなものとなる。


「え、えっと……気を遣ってくれるのはうれしいけど……。そもそも、この子移動するし……」

「「「え」」」


 ハーネシアがそう言うと、実のなっていた低木がスポッと地面から根を抜いた。

 恐怖映像である。

 確かに採取場所が固定されていないのならば、難易度S級の納品依頼に違いない。


「ド、森人ドリアス? だったのか……」

「森人の抜け殻だよ。魔力だけちょっと残ってるの。この子の宝果ほうかはずいぶん昔になくなってるから」

「……そうか」


 花を持つ者の心臓が『花珠かじゅ』であるなら、花を持たない者の心臓が『宝果ほうか』である。

 いずれにせよ森人にとって魔力や栄養を蓄える部分だ。


「……」


 カルナシオンは押し黙った。

 博識な者なら知っている。今でこそ森人と人間は互いを不可侵な存在とみているが、大昔にはその心臓を人間に狩られた時代もあったということを。

 魔力、花の蜜、樹液、栄養。いったい何がそれを形成するのかは分からないが、花珠や宝果はどれも宝石のように美しい球体の物質だった。


 目の前の元森人は純粋な寿命だったのかもしれないが……それでも、カルナシオンは珍しく言い淀んでいた。


「人間さん。どうぞ」

「!」


 ハーネシアはカルナシオンの苦悩をくみ取ると、ずいっと三人分。三つの実を差し出した。


「……いいのか?」

「もちろん。大昔のことを知っている人間……、それだけでもあたしたちには意味あることだから」


 ハーネシアを含む今を生きる森人は、よくも悪くも人間たちを長年見守ってきた。

 彼らはある時代には魔族と争い、一方で別の時代には人間同士で争う。

 それもそうだ。

 彼らの生は短い。人間はこの世で最も成長と衰退の早い種族だ。

 その早さは感情の揺れ動く速さにも直結し、ある時代の人間たちは森人へ犯してきた過去の後悔と謝罪をしたのだという。


 長命種にとってその行為は中々理解し難いものであるが、『別れ』に慣れていない彼らは人間と共存した方が遥かにマシだと考えた。


 そうして長い年月を経ると、そもそもそんな時代があったことすら人間は忘れている。

 都合がいい。

 森人たちは期待していたわけではないものの、やはり違う種族なのだと感じる。

 そんな中で歴史を学び、森人への接し方を弁えている人間を見ると、森人は助けずにはいられなかった。


 カルナシオンの場合は故郷での環境もあり、種族間の歴史を自然と知る機会もあった。


「ありがとう。お礼になるかは分からないが……私の魔力をどうぞ」

「え゛?」


 ハーネシアは驚いてまじまじと目の前のカルナシオンを見る。


 ──魔力量、ヤバい


 道中の森の住人たちが恐れをなして、早くお帰りいただくためにカルナシオンに自ら進んで果実の元へと案内していたのは理解していた。

 だが、想像以上にヤバい。

 道理で精霊たちも出てこないわけだとハーネシアは悟った。


「え、えっと」

「? 必要ないか?」

「必要ありますっ!!!!」


 逃がすものかと言いそうなくらい前のめりに返事をするハーネシア。


 彼女は迷っているのだ。

 相手はせっかくのイケメン。精霊たちの話に聞く、人間の国の王子様のように美しい男。

 彼から魔力をどうせもらうなら、ちょっとでもいい思いをしたい……と。


「っえい!」

「おっと」


 ハーネシアは意を決すると、カルナシオンにぎゅっと抱き着いて右の頬に軽く口づけ魔力を吸った。


「──」

「アルクァイトくん、意識飛んでない?」


 炎竜も怒るに怒れず、その思考を停止した。


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