妖精姫と第三王子

砂山むた

序章

序章

ハキーカ暦三〇〇五年 クイーンティーリス


「ああっ! 消えちゃいました……」


 星が、青藍せいらんの空に線を描き一瞬で消えた。


 その日は見事な星月夜ほしづくよだった。月のない空に散る幾千いくせんもの星が、幼い二人の上で命を燃やし輝いていた。


「流れ星さん、おねがいを言うには速すぎます」


 王城の物見台で横になっていたエフェメラは、気落ちしながら文句を言った。隣にいたディランが訊く。


「フィーは、何か叶えたいことでもあるの?」

「はい。早く来年のクイーンティーリスになりますようにって、おねがいしようとしたんです」

「へえ。どうして?」

「それは……」


 もちろん、また早くディランに会いたいからだ。だが照れ臭くて本人に言うことはできない。


「ディ、ディランさまには、ひみつです!」


 ディランが残念そうな顔をした。


「そっか。秘密か」

「また流れるといいのですが。流れたら、ディランさまも一緒におねがいをしましょう。何か叶えたいことはありませんか?」

「叶えたいこと? ……そうだなぁ」


 ディランは星空をしばらく眺めた。そして言った。


「フィーはさ、いつも、すごく幸せそうに笑うよね」


 話が変わった気がして、エフェメラは目をしばたたかせた。


「そうでしょうか」

「うん。フィーの笑顔は、その……とってもすてきだと、おれは思う」


 エフェメラは顔が熱くなった。ディランも恥ずかしかったのか、耳が赤くなっている。幸せそうに笑うのは、大抵ディランが影響しているからなのだが、気づかれてはいないらしい。いつも笑顔でいようと、エフェメラが決意していると、ディランはぽつりと言った。


「もし……もし、おれが王子になったら、できるかな」


 何がと問う前に、おかしなことを言うなとエフェメラは思った。


「ディランさまは、もう王子さまではないですか」

「ああ――そうだった」


 ディランは誤魔化すように笑ったが、エフェメラは首を傾げた。王子だということを一瞬忘れてしまったのだろうか。


 ディランは笑うのをやめ、右手を天へ伸ばした。燦然さんぜんと輝く星空に、まだ小さな手の平をかざす。


「もし……もし、みんながフィーみたいに笑えたら、それが一番幸せなんだろうな。おれの家族と友達だけじゃなくて、この城の人も、フィーの家族も、サンドリームの国民もスプリアの国民も、みんなみんな、笑顔でいられるなら、それがきっと、一番幸せなんだろうな」


 まるで自分ができることを確かめるように、ディランは広げていた右手を強く握り締めた。


「おれが、叶えたい願いは――」


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