時の記憶~約束
虹のゆきに咲く
かがやき
第1話 かがやき
「すみません、ベンチに座りたいのですがどこにありますでしょうか」
「ああ、こっちだよ。おじいさん大丈夫」
「はい」
「ここだよ」
「ありがとうございます」
「ああ、年だけはとりたくないな」
「そうだな、見ろよ。あのよぼよぼした歩き方、身なりはしっかりしているけど、多分、認知症とかもあるんじゃないか」
「そうだな」
時が懐中時計のように動き出した瞬間だった。
大平洋戦争での日本は雲行きが怪しくなりつつのことである。
高等学校の3年生である、明は美鈴という少女に恋をしていた。明はある企みをしていた。それは自転車を買う事、美鈴を後ろに乗せることだった。自転車は当時では決して安い物はなかった。そのために明は郵便局の配達のアルバイトをしていた。
彼の両親は共に他界しており、親戚に面倒をみてもらいながら、一人で生活をしていた。
一方で、美鈴は母子家庭であった。生活は決して楽ではなかったが、明と同じく真の強い少女であったのだ。そんな、美鈴も明の事が好きでたまらなかった。美鈴の父親は貿易会社の社長をしていたが、倒産して多額の借金を抱えたまま他界したのだ。
二人は互いに想い合っていたのだった。明はアルバイトでようやく自転車を買う資金ができた。念願の日がおとずれたのだ。自転車販売店へ行く時間は明にとって短かった。想いがかなったのだ。早速、自転車販売店に到着すると息つく間もないくらいに店主に声をかけた。
「すいません、このお店でとびっきりかっこいい自転車はありませんか?」
「ああ、この自転車はいいぞ」
「どうだ、かっこいいだろう」
「はい、かっこいいです。二人乗りはできますか?」
「ああ、出来ない事はないが、危ないぞ」
「わかりました」
しかし、明は微塵にもそう思っていなかったのだ。そして、迷う事なく購入したのだった。そして、いよいよ、美鈴を誘う時がやってきた。明の胸の鼓動は止まる勢いがなかったくらいだ。
「美鈴さん、小遣いをためて自転車を買ったよ」
「そうなんですね。高かったのではないですか?」
「ああ、しばらくは小遣いは無しさ。後ろに乗ってみない?」
「いいのですか、是非」
「大丈夫、ちゃんと乗れる?ほら」
「ありがとうございます」
「いいよ」
「美鈴さんと一緒に乗りたかったんだ。一度ね」
「明さん身長も高いですしハンサムですから、あまり女性と仲良くしないでください」
「美鈴さんこそ、綺麗だから、今日は今からどうする?」
「どこか連れて行っていってください」
「いいよ、どこに行く?」
「そうですね。海を見に行きたいです」
「いいね、そうしよう」
高等学校に近くには透き通る海辺があった。白い砂浜に松の木が広がっていた。海辺は微笑ましく二人を招き入れた。明も美鈴も戸惑いは一切なかった。そして、明は美鈴を自転車の後ろに乗せて漕ぎだした。二人の心は揺れていた、まるで自転車が揺れながら走り出すように揺れていたのだった。明の楽しい声が響いた。美鈴のはしゃぐ姿が初々しかった。
「よいしょ、よいしょ」
「キャ、揺れます」
「大丈夫だよ。怖いかな?」
「恐いです。」
「じゃあ、ここで降りるかな?」
「いやです。」
「僕の背中をしっかりつかまって」
「はい」
明の背中は温かさに包まれていた。美鈴の心も同様であった。
「着いたよ。ほら、白い波がきれいだね」
「本当にそうですね」
「まるで僕達を歓迎しているみたいだね。浜辺を走ってみない」
「はい」
「そら」
二人は砂浜をかけだした。それを見つめる海辺はきっと羨ましかっただろう。
「明さん足が速いですね」
「美鈴さんが遅いからだよ。美鈴さんといっしょにいると不思議な気持ちになるよ。海と美鈴さんが溶け込んでみえる。一緒になって見えるよ。美鈴さん綺麗ですね」
「恥ずかしいことを言わないでください。もう帰ります」
美鈴の心は裏腹であった。楽しくて幸せでたまらなかったのだ。家に帰ると母親と二人きりの寂しい生活を送っていたので、なおさらの事であった。それは明もそうであった。
「じゃあ、そんなこと言わないで、座っていっしょに話そう」
「はい」
「美鈴さんと出会えてよかった。いつまでもそばにいてほしい」
「本当ですか?」
「ああ」
「さっきも言いましたけど明さんハンサムだから、他の女性と仲良くしないでくださいね。怒りますよ」
「もちろんだよ」
「美鈴さんは好きな人はいますか?」
「そんな事、聞かないでください。わかっていて聞いているのですか?」
「どうだろう。ハハハハ」
「もう、からかわないでください。好きな人がいればこのように、明さんの自転車に乗ることはありません」
「ありがとう」
「いえ……」
明はさらにとっておきに企みがあった。勇気を振り絞って実行に移したのである。
「美鈴さん、僕の方を向いて」
美鈴は美しい海を眺めていた時の事だった。
「はい」
それは、海もきっと恥ずかしかったにちがいない。
「キャ」
「初めて手をつないだね」
「そんな恥ずかしいことをしないでください」
「幸せでたまらないんだ」
「明さんの手は温かい」
「そうかな」
「はい」
明は新たな企みを思いついた。
「今度は自転車を美鈴さんが乗ってみる」
「わあ、いいですか」
「僕が後ろにのるから」
「ええ、重くて運転が出来ないかもしれません」
「試しに乗ってみようよ」
「はい」
「ほら、左右に揺れているよ」
「きゃあ、もう、明さんが重いから」
「そうかな、美鈴さんの方が重いと思うよ」
「怒りますよ」
「ハハハ、こわいな」
「キャ」
ぎこちない美鈴がこいでいた自転車が砂浜に倒れたのだ。
「倒れたよ、大丈夫?」
「大丈夫です」
明は心配だったが、二人は幸いに怪我はなかった。
「よかった、そこに座ろうか」
「はい」
そして、会話を始めた。
「美鈴さんは得意な科目は何」
「う~ん数学かな」
「僕は国語だな」
「わかります。時々詩人みたいなこと言うから。かっこつけですよ」
「そうかな?さっき美鈴さんが言ったように詩人と言ってほしいな。かっこつけはよしてほしいよ」
「いえ、かっこつけです」
他愛もない会話が続いたのだった。そして、さらに明は大胆な行動にでたのだ。
「それより、ほら両手をつなごうか」
「今度は両手ですか?」
美鈴は恥ずかしさと不思議な気持ちに襲われた。
「ほら」
「キャ」
「回らないでください。目が回るじゃないですか」
「え……」
「ごめんね抱きしめてしまった」
時が止まった瞬間だった。美鈴は恥ずかしくてたまらなかった。
「初めてです。突然そんな事をしないでください」
「ドキドキした?」
「はい、じゃあ、今度は私から……」
「大胆だなあ」
「明さんが先じゃないですか。明さんが悪いです」
二人は離れることができなかった。
「じゃあ……」
「だめ……」
「恥ずかしかったかな?」
「もう帰ります」
美鈴は海辺に沈みゆく夕日のように優しく染まった。
「そんなに嫌だった?」
「意地悪……」
二人は静かな時をすごした。それは永遠に続くようでもあった。しかし現実は待ってくれない。
「一緒にに帰ろう。また、僕が運転するから。しっかりしがみついてね」
「はい」
海は二人の余韻を残しながら静かに別れを告げた。
「明さん今日のことは忘れません。でも、どうせ美鈴の事は忘れるんでしょうね」
「僕も生涯、忘れないよ」
「本当ですか?」
「ああ」
「約束ですよ」
「うん、もう一回海に行こうか」
「はい」
「何をしにいくのですか?」
「忘れ物を拾いにだよ」
「忘れ物は何ですか」
「君のぬくもりさ」
「また自転車に一緒に乗ってくれる」
「はい」
吉田明 18才
藤井美鈴 18才
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