お使いもできないダメ夫は異世界を救った勇者でした。エルフのお姫様が迎えに来て、いらないならちょうだいと言われました。帰ってきてと言ってももう遅い。

第1話ダメな夫は元勇者

　高橋美也子は毎日いらいらしていた。

　それは彼女の夫である勇人（はやと）が主な原因である。

　勇人（はやと）は一言で言えば、ダメな夫だった。

　不器用で気が利かない。察することができない。そのくせ妙なこだわりがあり、収集癖がある。

　それに給料が低く、こんなのなら私のほうが稼げていたのにと美也子は思う。

　しらすを買ってきてと頼んだら、ちりめんじゃこを買ってくる。牛乳を買ってきて頼むと乳飲料を買ってくる。

　トイレットペーパーが失くなりりそうになっても変えない。

　生理が辛いときに洗いものをしてくれるのはいいが、油汚れがとりきれていなくて、結局洗い直す羽目になった。

　同じようなプラモデルばかり買ってくるので、フリマアプリでそれらを売ったら三日も口を聞かなくなった。

　あんなに同じものばかり、あるんだからいいじゃないと美也子が言うと彼は黙ってしまった。

　一歳になる息子の有人（あると）は手がかからないのが、唯一の救いだ。

でも黙って空中を見つめるときがあるので、我が子ながら気味悪いと美也子は思う。

　どうしてこんな人と結婚したのだろうか？

　その疑問が毎日美也子の頭の中をよぎる。

　三年前の二十九歳のとき、焦って結婚してしまった自分が悪いのだろうか。

あの時の勇人は優しい、良い人に見えた。

　一緒に暮らすようになって、初めて人の性格はわかる。付き合っているときはいいところしか見えない。

　美也子の数少ない気晴らしはそんなダメ亭主である勇人（はやと）の愚痴をSNSに投稿することだった。ハッシュタグは「こんな夫いらない」だ。

　SNSの仮想電脳空間では多くの共感をえることができた。承認欲求が満たされたわずかな時間、美也子は夫のストレスがわずかに減り、気持ち良くなる。

　どうして、彼は察することができないのだろうか。こんなにいっぱいサインを出しているのに、なんの役にも立たない。

　とある日の昼ごろ、有人が寝ついたのでつかの間の休息をとることにした。

　美也子は自分のためにインスタントコーヒーをいれた。

　本当ならおしゃれなカフェで友人とランチをして、おしゃべりなんかをしたいのに。

　今の自分はノーメイクで襟首がよれよれのトレーナーを着て、一人でコーヒーを飲んでいる。

　本来の自分はおしゃれが好きで、行動的で社交家だったはずなのに、今では話相手は夫だけだ。その夫も仕事の帰りが遅く、帰ってきてもすぐに寝てしまう。

　たまの休日に外に出かけたら、人が多いと文句を言う夫に心底怒りを覚えたものだ。

本当にこの人はダメだ。

　こんなことなら、結婚なんかせずに一人でいたほうがよかったかな。

　そう言えば、勇人と付き合う前に会社の先輩に食事に誘われたっけ。

　風の噂ではその先輩は部長に昇進したときいたことがある。役員になる日も近いとか。それに比べて夫は平社員のままだ。もしかして、人生の選択をまちがえたのかな。

　その日もSNSに勇人の愚痴を書き込み、一人になりたいわとため息をつく。

　そうしているとピンポーンとチャイムが部屋中に響いた。

　もう、せっかく有人がお昼寝しているのに、起きたらどうするのよ。

　美也子は怒りを覚えた。

　どうせ、訪問販売か何かだろう。

　美也子は居留守をきめこむことにした。

　下手に出て、トラブルに巻き込まれるのはごめんだ。

　ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……。

　何度もチャイムが鳴る。

　もう、うるさいな。早くどっかに行っちゃえばいいのに。

　美也子は無視していたが、チャイムは何度もけたたましく鳴り響く。

　苛立ちを覚えた美也子は我慢の限界がきて、インターホンの受話器をとる。

「誰ですか、何度も何度も迷惑です！！」

　怒鳴り気味に受話器に叫ぶ。

　モニターを見るとその小さな画面には一人の女性が写っていた。金髪の女性だ。とてつもなく美しい女性であった。こんなに整った顔をした女性を他に美也子は知らない。

　美也子がこれまでの人生で見てきたなかで断トツの美女であった。

　そしてその絶世の金髪美女の耳は笹の葉のように尖っていた。

　金髪美女は画面のなかで一礼する。

「わたくしはサーリア・ヒルデガルト・ファーリアと申します。どうぞ、わたくしを中にいれてくれませんか」

　鈴が鳴るようなとはまさにこの事だと思わせる美声であった。

　その美声につられて、美也子は解錠のボタンを押してしまった。

　その声には不思議な魅力あるように思えた。

「恐れ入ります」

　その声のあと、オートロックのマンションの玄関にその女性は入ってくる。

　しばらくして今度はチャイムではなく、ノックの音がする。

　マンションの玄関からだ。

　美也子はふらふらと玄関に行き、ドアを開けてしまう。

　そこでまた、美也子は眼を見開いて驚いてしまう。

　モニター越しでなく、肉眼で見るその金髪女性の美しさに圧倒されてしまった。

　それにスタイルもアニメのキャラを彷彿とさせるぐらい素晴らしいものだった。特大の二つのメロンのような肉球が胸にある。なんとそれは重力に逆らうようにそびえ立っている。

　胸もお尻も大きく豊かなのに腰だけは美也子の頭ほどの細さだ。あんな細いお腹に内臓が入るのだろうと疑いたくなるほどのくびれ具合だった。

　そのあきれるほどのスタイルを自慢するかのように赤いドレスがぴったりと包んでいる。

「突然お訪ねして、恐れ入ります。先ほどももうしあげましたが、わたくしはサーリアと申します。ファーリア王国より、勇者勇人（はやと）様をお迎えしたく、この国に参りました」

　サーリアは深々と頭を下げた。