第27話 形見

「……シン。……開戦した」

「ああ。見てるよ」


 シンは死塔の食堂でを見ていた。

 戦場を映した鮮明な映像だ。これもレティシアの魔導具である。

 

 戦場に放った機巧大鷲はレティシアとしか視界共有を行えなかった。

 レティシアが言うには複数の機巧大鷲と視界共有する場合は、随時切り替えを行わなければならないらしい。それを不便に感じたレティシアは全て映し出してしまえばいいと考えた。

 よって食堂の壁には九枚の魔導石板が設置され、戦場に放たれた九体それぞれの機巧大鷲の視界が映し出されている。


「……やっぱり間に合わなかった」


 レティシアが俯きながら言う。世界樹の枝の事だろう。


「仕方ないよ。だから当初の予定通りいく」


 押されている戦場に俺が赴き、帝国を撤退させる。まずは戦争の終結だ。

 復讐の事はまた後で考えればいい。


「……」


 しかしレティシアは顔を上げずに俯いたままだった。


「レティシア?」


 訝しんで名前を呼ぶと、レティシアは小さく頭を下げた。

 

「……ごめんなさいシン。……手がないわけじゃないの」


 そう言ってレティシアは虚空から一本の杖を取り出した。

 レティシアの身長と同じぐらいの大きさがある長杖だ。

 それは質素な杖だった。余計な装飾は一切なく、木で作られていた。そして杖頭には拳大の宝石が付いている。


「それは?」

「……聖杖せいじょうレーステイン。……この持ち手の部分に世界樹の枝が使われている。……分解すれば魔導具は作れる」

「本当か!?」


 俺にとっては朗報だ。それが使えれば呪術師が出てきても対処することができる。

 しかしレティシアの顔は浮かない。

 そこで俺は一つの可能性に思い至った。


「……レティシア。正直に答えてくれ。……分解したら元に戻せるのか?」


 やはりと言うべきか、レティシアは首を振った。

 

「……戻せない。……宝石が壊れるから」

「それじゃあダメだ」


 俺は即答した。

 表情を見れば分かる。この杖はレティシアにとって大切な物なのだろう。

 正直に言ってその気持ちは嬉しい。だけど彼女の大切なものを奪ってでも復讐を成し遂げたいわけではない。

 レティシアは善意で協力してくれているのだ。

 俺が巻き込んでいるのにそこまでして貰うのは

 

「……でも……シンの……」


 俺は尚も言い募ろうとするレティシアの肩に手を置いた。

 

「レティシア。俺の為にそこまでしようとしてくれるのは嬉しいよ。でも……大切なものなんだろ?」


 レティシアはコクンと頷いた。

 

「……ん。……お母さんの形見」


 母親の形見。

 レティシアの場合、その意味は普通の家庭の物とは大きく異なる。おそらくはレティシアが生まれた時に、呪いによって亡くなってしまった母親だ。彼女は顔すら知らないかもしれない。

 大切という言葉では表しきれない程の物だ。


 そんな物は絶対に受け取れない。受け取ってはダメだ。

 

「レティシア。その杖はこれからも大切にしてくれ」

「……わかった」


 レティシアは小さく頷くと聖杖レーステインを虚空へとしまった。


 とそこで、石板の一つが赤く点滅した。

 機巧大鷲には戦況を分析する機能もついている。その為、王国軍が壊滅的な被害を受けると石板が赤く点滅するようになっていた。

 

 そこに映し出されていたのは火の海となった戦場だ。


「これは……どうなっている?」


 少し目を離しただけで光景が一変していた。

 それが示すのは王国軍が一方的に蹂躙されたと言う事実だ。


「……これ」


 レティシアが魔術式を記述すると、石板に映っていた映像が拡大される。

 そこにいたのは人型の炎とでも言うべき存在だった。


「魔物……か?」


 俺は似た魔物を知っている。

 炎妖精ファイアスピリットと呼ばれる火を操る人型の小さな魔物だ。

 しかし、炎妖精ファイアスピリットというにはこの存在は大きかった。おそらくは俺と同じぐらいの身長がある。


「……これは」


 レティシアを見ると顔を顰めていた。

 

「わかるのか?」

「……ん。……魔物の因子を人間に注入して作り出される存在。……魔人って呼ばれてた」

「人体実験ってことか?」

「……ん。……数百年前に滅んだ国の技術。……まさか残っていたなんて」


 そんな魔人は二人の人間の前で楽しそうに嗤っていた。


「……アイツらは」


 俺はそんな二人に見覚えがあった。確か姫様の部下だったはずだ。


 ……もしかして姫様もあそこに?


 そう考えたが、直ぐにそんなわけはないと思い直す。

 姫様ならばあれぐらいはどうとでもなる。

 

 しかし顔見知りが死ぬのも忍びない。それに姫様も悲しむだろう。だから俺はレティシアに転移を頼む。


「レティシア。転移を頼めるか?」

「……ん。……っとその前にこれ着けて」


 レティシアが虚空から取り出したのは黒い仮面のような物だった。

 ような物、というのは視界を確保する為の穴が空いておらず、本当に仮面なのかが疑わしい


「……これは?」

「……新しく開発した魔導具。……認識阻害の仮面。……シンだって気付かれにくくなる」

「やっぱり仮面なのか。これ前は見えるのか?」

「……つけてみればわかる」


 レティシアがそう言うので、俺は仮面を受け取り顔に付ける。すると視界が開け、仮面の重さも消えた。

 まるでなにも付けていないみたいだ。


「これはすごいな」


 そう言った俺の声は自分の声ではなかった。

 

「……でしょ。……声も変えられるようにしておいた」


 レティシアは誇らしげに胸を張る。


「ありがとなレティシア。これで動きやすくなる」

「……あっ。……まずいかも」


 するとそこでレティシアが焦ったような声を上げた。映像では二人に向けて魔人が炎の剣を振りかぶっている。


「レティシア! 頼む!」

「……ん。……気をつけて!」

「ああ」


 レティシアが魔術式を記述。一瞬で俺の視界は切り替わった。

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