第19話 宣戦布告

「姫様! 姫様! 帝国が! セルベルド帝国が我が国に対して宣戦布告を行いました!」

「……なんですって!?」


 ハイルエルダー王国、第一王女アリシア=ハイルエルダーは夕食後、自室にてその知らせを受けた。

 報告をしたのは金の長髪を靡かせた凛々しい女性だ。

 第一騎士団副団長であり、アークエルダー公爵家の長女シェスタ=アークエルダーである。


「主張は?」

「近年増加している終域エンドに対抗する為には国を一つにし、人類全体で立ち向かわなければならないというものです」

「……お決まりですね」


 アリシアはため息を吐いた。

 セルベルド帝国はこの主張で戦争をはじめることが多い。そこに正当性があるかなんてものは関係ない。

 セルベルド帝国は侵略国家なのだから。実際に周囲の国々を滅ぼし己が領土としてきた歴史がある。


「……大陸統一の為ですか」


 シェスタがポツリと呟く。


 セルベルド帝国の悲願。それは大陸統一だ。

 帝国には皇帝こそが至高の存在であるという考えが浸透している。故に皇帝の支配を受けない国は必要ない。

 だから対等の国力を持つハイルエルダー王国を目の敵にしているのだ。


「帝国の悲願ですからね。それにしてもこのタイミングで……」

「……このタイミングだからかもしれません」

「……そうですね。その件はどうなっていますか?」


 その件。それはハイルエルダー王国、元第三騎士団長シン・エルアスについてだ。アリシアはシンの死塔流しに疑問を抱いていた。


 なぜならば、動きがあまりにも早すぎたからだ。

 港町エーカリアの事件が起きてから判決が下るまで僅か五日しか経っていない。調査が碌に行われていない事は明白だ。

 それ以前に、事件が起こると分かっていなければここまで迅速な対応はできないとアリシアは思う。


「申し訳ございません。……証拠はまだ出ていません」


 シェスタは俯きがちに頭を下げた。アリシアはその肩に手を置く。


「仕方ありません。相手は王族です。手間を掛けさせますね」

「……いえ」

「……ですが、ここまで来れば現状こそが証拠と言えるでしょう。ほぼ確実にお兄様がシンの死塔流しに関わっています」


 お兄様。その言葉が示すのはハイルエルダー王国第一王子、リヒト=ハイルエルダーのみだ。

 彼は王位継承権第一位でありながらも焦っていた。妹であるアリシアに王位が奪われるのでは無いかと。


 そのことにアリシアが気付いたのは第一騎士団長に任命された時だった。


 元々、アリシアとリヒトは仲のいい兄妹だった。

 しかしその関係は幼い頃だけのもので、アリシアが頭角を表すにつれて変わっていった。

 やがてアリシアは剣の才能を買われ、国王である父に第一騎士団長に任命された。


 アリシアは嬉しくて、誰よりも早く兄に伝えたかった。

 しかしそんなアリシアに兄は怒り、こう言い放った。


 ――ぶざけるなよ! なんでも俺より上手くやりやがって!


 その時にアリシアは、兄が劣等感の塊だと知った。


 アリシアは頭を振って過去の光景を振り払う。


「考えたくはありませんが、帝国と内通している可能性も捨てきれません」


 港町エーカリアの大量虐殺事件。そもそもがおかしな事だらけだ。

 確かにシンならば街の人々を皆殺しにする事ぐらい造作もないだろう。しかしやる理由がない。

 であるならばあの事件ですらも仕組まれた物である可能性が高い。


 ……シン。やはり貴方は無実なのですね。


 アリシアは初めからそう信じていた。

 だけどシンは何も語らなかった。全てが己の罪だと譲らずに裁きを望んだ。だからアリシアは介入することができなかった。


「もしあの事件が仕組まれていた物ならば、私はお兄様を許すことができません」

「……それは私もです。……シンがシュバインを手に掛けるなんて事は絶対にあり得ません。もしあったとしたらそれは何か理由がある筈です」


 シェスタは手のひらを握りしめた。

 彼女はシンの親友であったシュバイン=アークエルダーの姉である。肉親を失った彼女でさえシンが犯人だとは思っていない。

 それほどまでにシンは第一王女派の人々から人望があった。


 そんなシェスタの様子を見て、アリシアは拳を握る。


「覚悟を……決めなくてはならないのかもしれませんね」

「覚悟ですか?」

「お兄様……いえ、リヒト=ハイルエルダーを蹴落とし、私が王位に就く覚悟です」

「姫様……」


 シェスタは驚きに目を見開いた。

 アリシアが王位に関しての考えを口にしたのは、これが初めてだったからだ。

 

 実のところ、アリシアは王位になんて興味は無かった。

 王位継承権第一位である兄が王になり、自分は騎士としてその補佐をする。

 仲が決裂してからも、それが理想だと考えていたぐらいだ。

 

 しかし事情が変わってしまった。

 リヒトはアリシアの大切な友人に手を出した。

 既に刑は執行され、シンは生きてはいないだろう。シンが生き返る事は決してない。だけどやれる事はある。


「私はシンの名誉だけでも取り戻したい」


 その目的はシンを謀殺した王の元では達成できない。

 であるならば自分が王となり、正しく調査をした上で事実を公表するしか道はないとアリシアは考えていた。


「……この件はいずれ必ず決着を付けます」


 アリシアは決意を秘めた眼差しで言った。


「はい。私も全力でお供します」

「ではまずは戦から片付けないといけませんね。ここで敗北してしまえばシンの名誉を晴らす機会が永遠に失われてしまう」


 アリシアはゾッとするほど不敵な笑みを浮かべた。

 第一王子リヒト=ハイルエルダーは眠れる獅子を起こしてしまった事にまだ気付いていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る