第14話:次の仕事は、またも火の玉役だ
男たちとゲオログを縛り上げた俺たちは、これ以上無用な遭遇を避けるために慎重を期して帰還した。当然ながら、屋敷はちょっとした騒ぎになった。エィーガー氏はひどく驚き、落胆し、そして
その過程を、俺は知らない。ただ、少なくとも王国製の
「本当に驚きだったよ。まさか、あんなことになっているなんてね……」
エィーガー氏は、疲れた表情を隠せぬままつぶやいた。
「やはり、自身で視察することの重要性を思い知った気分だ。それと、信用のおける側近の重要性にもね」
俺たちと共に、数多くの護衛を引きつれて山に登ったエィーガー氏は、その目で、えぐり取られた山を目の当たりにすることになった。そこに残っていた人間は少なかったが、エィーガー氏は問答無用で連中を拘束し、連れ帰って情報を吐かせたのだ。
ほとんどがただの犯罪者崩れの
「それはこっちも同じだ、トニィ。自分の
「そちらは山と森と水がご自慢のヴァルドグレイブ深林伯領だ、万が一水源を荒されたりしては、たまったものではないだろうね」
「そちらだって『麦穂たなびく』レギセリン領だろう? 長い目で見て麦の生産に悪影響が出ないことを祈るのみだよ。……本当に、とんでもない話だ」
今やトニィ──エィーガー氏の希望で、今はトニィスコルトの愛称で呼んでいる──と俺は、階級も立場も年齢も違えど、同志と言える間柄だった。
そう。
敵は王国だけじゃない。ネーベルラントの中にも、自分の育った国でありながらカネに目がくらんで敵国に水源を売り渡す売国奴のような敵がうじゃうじゃいることが分かったのだから。例の、女を戦争に活用する部品と見なす悪魔の研究「ゲベアー計画」だって、どこまで進んでいるか、分かったものじゃない。
「アイン。私はこれから、いち領主貴族として物申していくよ。幸い、麦の輸出のおかげで、多少は影響力があるみたいだからね」
「謙遜を。レギセリンの麦といえば多くの王室で御用達だと聞いている。心強い」
「それから、君が見せてくれた『ゲベアー計画』の資料、そして君たちが連れてきた研究者たち。あれは本当に、なんとかしなければいけない。王立法術研究所が絡んでいるのがまた、問題を難しくしているがね……。なにせ、王家の支援で成り立つ機関だ。『ゲベアー計画』も、我らが王の公認のもとで進められているとしたら、私たちは王に楯突くことになる」
それは実に頭の痛い問題だった。
俺たちはあくまでも王に奉ずる領主貴族。領地経営による財力と領民による武力を背景にしたチカラを有する俺たち領主貴族を、王は軽んじることなどできない。
だが、領地の正当性を保証しているのもまた、王だ。持ちつ持たれつの関係、それが王と貴族なのだ。
もしも王が俺たちの正当性を剥奪した場合、他の領主貴族を動員して征伐にくる恐れもある。そうなったら、もちろんこちらも死に物狂いで迎え討つが、多勢に無勢、隣の領主に土地を切り取られてしまうだろう。
「だからアイン、王にこちらの正当性を訴えるのさ。だが、力なき主張は無力だ。戦争のやめ時を今、私たちは失っているように見えるが、戦争にうんざりしている領主もいる。問題は、それをどうやって焚き付けるか、だけれどね」
トニィの言葉に、俺はうなずいた。俺一人のチカラではどうしようもできない問題だっただけに、領主貴族、それも各国、各地の領主への影響力を持つトニィと知り合えたのは極めて大きなチカラになる!
「トニィ。君はたくさんの知り合いが領主にいるだろう? そうした領主を集めて、国境を越えた領主貴族連合を作るべきだ。もちろん、表向きはネーベルラントと王国、それぞれ別にね」
「国境を越えた領主貴族連合……?」
トニィは目を丸くした。軽く息を呑んだ彼は、首を振った。
「それはさすがに無理がないかな? 我々も王国の貴族も、それぞれの王に奉じている。確かに、国境をまたがって二国の王に仕える貴族もいるが、そんなことは……」
「いや、俺が言っているのは、あくまでも『領主貴族連合』だ。二君に仕えるわけじゃない」
「アイン、それはさすがに……」
「自分たちは領主貴族だ。トニィ、自分は実際に統治する経験を積んできたわけじゃないが、隣国と国境を接する村で、境界上の問題が発生した時はどうしてきた?」
国境における紛争は、領主にとって悩みの種だ。だからこそ、隣国──隣の領主とは常に話をつけてきて、現場で問題が起こった時は「程よく」戦い、「程よく」矛を収める機会を探ってきた。戦争だから相手領主、相手国との繋がりを断つのではなく、戦争だからこそ、繋がりを絶たないように細心の注意を払うのだ。
長く続く戦争によって、どの領主も頭痛の種を抱えている。だからこそ、新たに発覚しつつある
「利害の一致……確かに、そうかもしれないね」
「しかも国境付近で無闇に採掘をした場合、国境をこえて
俺の言葉を聞いて、トニィがソファに身を沈める。
「そう……だね。それに今回のような、目の届きにくい場所で盗掘されるおそれもあるときたものだ」
一気に大人数を投入し、ここぞという場所を鉱石ごと一気に吹き飛ばし、根こそぎさらっていく──まさかそんな大胆な手法を使う連中がいるだなんて、夢にも思わなかった。
「今回は、君が川の濁りに気づいてくれたからあの連中の尻尾を掴むことができたようなものだが、それだって偶然だ。私たちは立ち止まるべき瞬間が来たのだと思うことにするよ」
「そうかもしれないな」
「……ただ、先にも相談した通り、私のような人間が動くと、どうしても動きも大きくならざるを得ない。アイン、君には申し訳ないが……」
「いや、もともとはこっちが持ち掛けた話だ。大いに暴れてみせるさ。ただ──」
「分かっているよ。支援は惜しまないさ」
「で、今度はトニィ様の弾丸に僕らはなる、ってわけ?」
トニィから支給されたばかりの
「弾を10発こめられるリエンフィールズ
「ただの王国嫌いのラントびいきってだけだろう?」
ノーガンが笑うのを見て、フラウヘルトも笑って答える。
「そうだよ? 我がラントの技術力は世界一ィィィィ────ッ! ってね」
カシャン、パチン。
組み立て終わった
「どれも似たようなものじゃがのう」
「それは違うよ、爺さん。年を取ったら若い女の子たちがみんな同じに見えてくるっていうけど、本当は一人ひとりは個性的──それと同じさ。同じように見えても、細部に宿る魂が違うのさ」
「そんなもんかね?」
「そうさ。だったら爺さんに質問なんだけど、爆炎術式と焦熱術式、起こる現象はほとんど同じなんだから、もう一緒にしちゃえば──」
「何を言う! お主にはあの炎生成の過程の違いとその美しさが、まだ分からんというのかっ!」
「分からないしどっちも同じだよ」
「何を言うか、全然違うわいっ!」
むきになるハンドベルクに、フラウヘルトが笑う。
「ね? 詳しくない人間にとっては大した違いが無くても、専門の人間にとっては、ずいぶん違うってこと、あるでしょ?」
「ぬ……むう……」
ぐうの音も出なくなるハンドベルクと、笑うフラウヘルト。
「さて、爺さんが納得してくれたところで、隊長。僕らは何をすればいいのかな?」
フラウヘルトの言葉に、それまで二人の戯れ言を黙って聞いていたロストリンクスが立ち上がる。
「レギセリン卿の話では、領内、特に山岳地を確認することになったそうだ。そちらは卿の仕事だ、自分たちにはひとまず関係がない。それよりも、これがこの三日間で卿がかき集めた情報だ。噂程度のものから確実なものまでさまざまだが、見ろ」
それは、レギセリン領を中心とした地図だった。といっても、この街を中心に、川や山の位置、森の広がり、主要な街道、そして近隣の他領の主要な街のおおよその位置が分かる程度だ。
「……こいつぁ、すごいぜ」
ノーガンが口笛を吹く。
「こんなにも
「そういうことだ。もちろん、噂程度の話も含めてだが」
俺はロストリンクスが広げる地図を指さした。主要な街で
「
これらが一時的なものなのか、それともさらに深刻になるのか。先のことは分からないが、それでもこれだけの
ここ数年で、
「というわけで、喜べ。俺たちの次の仕事は、またも火の玉役だ」
山の暗い獣道をひた走ったその先にあったのは、やはり露天掘りの現場だった。この採掘方法、よっぽど効率がいいのだろうか。それとも、盗掘であるがゆえに発覚を前提に、さっさと掘り尽くしていただいてしまおうとでもいうのか。
「
「まあ、そう言うでない。兵隊を借りたとはいえ、ワシらのほうが無勢なんじゃ。ここはワシの
そう言いながら、ハンドベルクがやけに張り切って作業を続けている。今回はトニィから借りた兵隊が俺たちを補佐してくれるおかげで、ハンドベルクが開発したトンデモ兵器、
分解して運んできたたくさんの筒を組み立てて出来上がったのは、荷台に乗せられている、筒を六本、円筒形に束ねてできた、不格好な出来損ないのハチの巣みたいなものが二台。この筒一つ一つの中に、ハンドベルクお手製の爆裂術式を刻んだ榴弾が突っ込まれている。
「角度よし……風向きよし。さて、やるぞい!」
ハンドベルクが起爆呪印を起動する。
その瞬間、凄まじい発法音とともに、榴弾が合計十二個、一気にぶっ飛んでいく!
思ったほど反動はなかったようだが、それでもずれた位置を修正しながら、ハンドベルクが叫んだ。
「ほれ、手伝え! 第二波、いくぞい!」
「とんでもない発法音に法術光だ、これじゃどこから狙ったか丸分かりじゃないか!」
俺が叫ぶと、ハンドベルクは意気揚々と叫び返す。
「だからさっさと次弾を装填しろと言っとるんじゃ! ぶちかませ!」
露天掘りの現場に榴弾が次々に着弾し、凄まじい破壊の嵐が巻き起こるなか、ハンドベルクが次の起爆呪印を起動!
「ほれ、あと三波! いくぞい!」
再び十二の鉄槌が、青い光の尾を引くようにぶっ飛んでいく!
「アインさま……。これ、ボクたちが突入するまでに、みんな、やっつけちゃってるんじゃない?」
十二の火柱が次々と上がるのを見ながら、エルマードが耳を押さえるようにして、おっかなびっくりといった様子で俺を見上げる。
「それはそれで仕事が楽になっていいさ! よし、次弾装填!」
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