小物語 「ヤマンバ」
津野孝彰
第1話
小物語 「ヤマンバ」 前編
角山郷の百姓、隆吉は妻の桃と子供三人との家族五人暮らし。山の斜面を開墾して小さな段々畑を耕していた。生活は裕福でなかったが、なんとか無事に年の瀬を迎えることが出来て安堵していた。
「桃、もう、そろそろ餅の準備をしないといかんね」
「そうね、隆ちゃん、餅つき頑張らないとね」
二人がそう話していたら、突然、入り口に一人の老婆が立っていた。腰の少し曲がった白髪の老婆で、こちらを向いて会釈をした。
「何かしら?」
「あのね、申し訳ないけど、餅をついてくれんかのう。ここに、もち米があるけど」
隆吉と桃は顔を見合わせた。桃が目配せをして、隆吉は頷(うなず)いた。承知して、隆吉はすぐに返事をした。
「お婆ちゃん、いいよ。一緒に餅をついてあげますから」
急遽、桃はもち米をふかして、餅つきの準備に取りかかった。隆吉は杵(きね)を振り上げ、打ち下ろし、タイミング良く桃が餅をこねて、忽(たちま)ちに美味しそうな、ほっかほっかのお餅が出来上がった。
桃は老婆が持ってきたもち米より多めのお餅を手渡してあげた。もちろん、老婆は大喜びで帰っていった。
「あのお婆ちゃん、見たことないよね。山向こうの、仏谷に住んでるのかな。餅つく人が、居ないのかしら?」
「そうだね。仏谷には、もう、若い人が、あんまり、居なくなったんじゃないかなあ。畑も少ないし、まともな仕事は、炭焼きだけだもんね」
「お気の毒ね。仏谷から、山越えて大変でしょうに・・」
その年以来、お婆さんは必ず、毎年の12月29日にやった来た。隆吉と桃の夫婦は、いつものようにお餅をついてあげた。お婆さんとは、毎回、すこしの談笑をするもすぐに帰っていった。遅くなると山道は怖いからと言いつつ、隆吉が送っていくと申し出ても、きっぱりと断わられたものだった。
そして、年々、隆吉の畑からは、予想以上の芋や大根、ゴボウがとれ、その味は評判となり高値もついて、収入が大幅に増えた。
遂には、村だけでなく、国中の評判となって、売れに売れ、村一番の大農家を抜いて村の大金持ちとなったのである。
つづく
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