第21話 先代魔王、オフ会に行く




 ラウラがやってきたのは東急田園都市線、三軒茶屋駅だった。

 最近、復興したばかりの国道246号線と首都高とが走る地上に出ると、目当ての集団はすぐに見つかった。

 路肩にロケバスが二台並んで駐車されており、そこに数十人余りの中年男性が手持ち無沙汰に立っていたのだ。


 すると、スーツを着た一人の男がラウラに気が付いて歩いてくる。


「オフ会参加者の方でしょうか?」

「そうであるが……貴様は?」

「──私はカエデのマネージャーです」


 マネージャーを名乗ったその男は、「き、きさま……?」と呟きながら無遠慮な視線を投げてくる。

 実に不快である。


「チケットのQRコードを拝見します」

「ふむ」


 ラウラは頷いて、いつものように投影魔術を使おうとし──慌てて、魔術で錬成・・したスマホの画面を見せた。

 シロのと同じ物をコピーしたのだ。


「羅雨羅さまですね。ご提示ありがとうございます」


 今回は偽名を用意していた。

 ラウラはじろじろとマネージャーを名乗る男を見る。


「いたのだな、マネージャーが。配信の時はカエデたそは一人で切り盛りしていたようであるが」

「ウチの事務所はそう言う方針なんですよ。何よりもカエデ本人が、我々事務所サイドの人間が同行することを嫌うので。──と時間が押しているので、一旦失礼します」


 マネージャーの男はそう言ってタブレットの操作を終えると、集まった男衆に呼びかけた。


「それではここから十分ほど車で移動しますので、バスに乗って下さい!」


 よく見れば、二十代から六十代までと幅広い世代の男が集まっている。意外なことに脂ぎった典型的なオタクだけでなく、小奇麗にまとめたいけ好かないイケメンっぽい男もいる。


「カエデたんは!? カエデたんはいないのでござるか!?」


 すると、その中の一人のオタクが声を上げる。

 丸々と肥えたシルエットに、バンダナを頭に巻き、妙に小さいリュックサックを背負っている。

 なるほど、ああいうファッションも人間界では是とされているのか。


 マネージャーは落ち着いた声音で続ける。


「カエデは先に現地入りしています。到着し次第、挨拶タイムがありますのでご安心ください」

「……ッしゃあっ!」


 豊満体型(男性ver.)のオタク男子は意外にも軽快な動きで膝を曲げ、全力でガッツポーズを取る。

 周囲の他の男性は気持ち悪そうな目を彼に向けて距離を置いた。

 一方でラウラは腕を組んで大きく頷く。


 ──分かるぞお。我、その気持ち、よく分かる。


 思えば、この場にいるのは全員が重度のカエデオタクなのだ。

 つまり同種の集いとも言える。


「それでは乗車してくださーい!」


 マネージャーにいわれるがまま、ぞろぞろとロケバスに乗っていく。

 バスの中はごく一般的なシャトルバスと大差なかった。窓は全面にスモークが張られ、外の景色が薄暗く見える。

 ラウラは列の最後尾について、二台目のバスに乗った。


 人数は定員ギリギリだったらしく、相席が必須のようだった。補助席こそ使わずに済むようだがひと席しか空いていない。

 ラウラはそのまま空席に腰を下ろし──


 隣人の座席からはみ出た贅肉に半身を圧迫された。


「ぐぬぅ」


 とはラウラの声。


「おおっ、これは拙者のミートテックが失礼」


 と、声が続く。

 見れば、その声の主は先ほどガッツポーズを決めていた豊満体型(男性ver.)のオタク男子・注:年齢不詳だった。

 むわ、と汗のすえた匂いがただよい、周囲のファンたちが顔をしかめて鼻をつまむ。

 アンデット族のねぐらを思い出すなあ、と思いながらラウラは会釈した。


「問題はない。今の我の身は幸い細い。存分にくつろいでくれ」

「お、おおお……っ。その自信たっぷりな佇まいに、何よりもその違和感がないほど馴染みきった口調。……見た所、お若いのに重度のオタク歴戦の猛者とお見受けしたでござる!」


 どういう訳か恐れおののくオタク男子。

 ラウラは感心の声を漏らした。


「ほう……分かるか。そうかそうか、分かってくれるか。この見てくれだとどうしても下に見る輩も多いのだが──そうなのだ。戦場いくさばに身を投じて幾星霜。今は隠居の身であるが、歴戦の猛者と言われれば全くその通り」

「分かりますとも、面構えがまず違うでござる。いや、まさかカエデたんのオフ会でこんな同志に会えるとは全くの行幸。──拙者、《肉侍》と申す」


 そう言って、《肉侍》と名乗ったその男は野球グローブほどもある大きな右手を差し出した。

 その手を前に、ラウラは首を傾げる。


「同志……?」

「そうでござる。真のオタクに、カエデたんの信者。この二拍子が揃って、これを同志と言わずしてなんと言いますか」

「ふむ──気に入った」


 ラウラは大きく頷くと、肉侍の右手を取って大きく上下に振った。


「我の名はラウラ。貴様の顔と名、しかと覚えたぞ──同志よ」

「こちらこそよろしくでござる、ラウラ殿」


 ぐふふ、ふっふっふ、と不可解な笑い声が車内に響く光景を、周りの紳士諸君は顔をしかめて眺めていた。


 かくしてラウラには〝同志〟が出来た。


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