第8話 推しの命が危険で危なくて超危ない
「…………コホン」
小さく咳払いするエリアーナ。
彼女の視線は、はっきりと、ラウラの右肩に乗ってラウラの首元に顔を埋めるシロの姿を捉えていた。
エリアーナの顔は、般若のように怒りに歪んでいた。
「…………一体、どういうつもりですの」
「ん? 今、何か言ったか、黒雷の四天王」
「なんでもありませんわ」
エリアーナはラウラとシロの姿を見据えながら、吐き捨てるようにジェスターの言葉をあしらう。
その様子に、シロは短く鼻を鳴らした。
(……流石、当代四天王の中でも抜きんでて優秀なエリアーナですね。私の透過魔術を見破りますか)
(ほら、シロ。エリアの目が秒を経るごとに冷えていっておるぞ? 我からそろそろ離れるべきではないのか?)
(なぜでしょうか? 私はラウラ様の専属秘書で懐刀で、未来のお嫁さんなのに?)
そう念話で言いながら、エリアーナに向かって舌を出すシロ。
エリアーナは目に見えて額に浮かべる青筋の数を増やしていった。
そんな頭上で繰り広げられている熱線など知る由もないジェスターは、神妙に頷きながら首を捻る。
「……本当に、先代魔王は封印されたままなんだな」
「……コホン。ええ、ええ。ですから言ったではありませんの、暴風の四天王ジェスター。あなたが感じたものは気のせいでありますと」
「ふ、む……」
ジェスターはひとつ息を吐くと、エリアーナへと向き直った。
「先代魔王ラウラが継続されて封印されているのはしかと見届けた。──であれば、残る仕事はあと一つ」
「……まだ何かあるんですの?」
「黒雷の四天王。貴様が逃したという娘がいるだろう」
ドクン、と。ラウラの心臓が跳ねる。
「逃したとは人聞きの悪い。弱すぎて殺すまでもなかっただけですわ。路傍の石をいちいち蹴り飛ばすほど幼稚でも暇を持て余してもいませんの」
「それがただの路傍の石ではない可能性があると言っているんだ。先代魔王は間違いなく封印されているが、あの場でこの男の魔力を感知したのもまた事実」
「だからそれはあなたの勘違いだと──」
「黒雷の四天王エリアーナ」
ジェスターはぴしゃりと言葉を重ねた。
エリアーナは思わず口を噤む。
ジェスターは大きく息を吸った。
「貴様が逃がした娘。そやつを、間違いなく始末するのだ」
「────」
「不穏分子は、一つの残らず始末せねばならない。そこに目を光らせるのもまた、私たち四天王の務め」
エリアーナは視線を足元に落としたまま押し黙った。
彼女の右の拳が強く握られるのが見える。
(ラウラ様……っ)
(……………………)
シロが肩を叩いてくる。
しかし、ラウラは何も言えなかった。
じっとエリアーナの言葉の行方を見守る。
ジェスターが訝しみの声を上げる。
「どうした? なぜ返事がない」
細く、長く、エリアーナは息を吐いた。
そして顔を上げる。
「そんな面倒ごと、わたくしの仕事ではありませんわ」
「な……っ! 貴様、自分の領地で起きた問題であろう!」
「その領主たるわたくしは些末の問題にも過ぎないと言っているのですわ。ぎゃーぎゃーと騒ぎたてているのはあなたの方。であれば、手足を動かすのもあなたの仕事。そうでしょう?」
「そんな方便が通用するか! 貴様、やはり何か隠しているな!!」
「言葉に慎みなさいジェスター。同じ四天王とは言え、公爵家のわたくしと子爵家のあなたとでは格に天と地ほどの差がありますことお忘れなきよう。非礼にもほどがありますわ」
「家格の話はここでは関係ないだろう。私はローラクラッド帝国の軍人として、同じく帝国の軍人たる貴様に言っているのだ!」
睨み合うエリアーナとジェスター。
数刻を経て、ジェスターが低い声音で言った。
「──アデール領に、私の第八師団を送ってもいいんだぞ?」
「……このわたくしを恐喝するつもりですの、四天王ジェスター?」
ラウラは静かに息を呑んだ。
第八師団──それは、暴風の四天王ジェスターが抱える最強の軍団。
風の
そんなものに、自分の管轄地を横断してほしい領主などいるはずもない。
何より、第八師団に属する風精霊たちは
結果──
「……わかりましたわ」
エリアーナは、悔しさに顔を歪めて言った。
「例の人間の娘──このわたくし、黒雷の四天王が始末しますわ」
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