第2話 幼馴染が裸でうろつく

 いくら幼馴染とはいえ、十六歳にもなれば越えてはいけない一線があることくらいわかるだろう。

 そう、例えばそれは、下着姿でリビングをうろつくとかそういったことであって。

 同棲初日、僕の幼馴染の菫野すみれのむらさきはそれを犯した。


(あいつ……今日も下着姿で出てきたら、今度こそ許さないからな……)


 僕は、紫がシャワーを浴びている音を聞きながら、気が気でないまま興味のないテレビを流し見て平静を保とうとしていた。


 すると――


式部しきぶ~。ちょっと来て~」


 風呂場の方から声がする。


 ……すごい嫌な予感。


 虫でも出たのかと、ティッシュを手にして風呂場に赴くと、紫は浴室から濡れた身体を半分だして、手招きをしていた。

 僕は、その肌色面積の多さに絶句する。

 浴室の扉が摺りガラスでなかったら丸見えだろうが! どうしてくれる!!


「式部、助けて」


「……ッ。なんだよ……」


 顔を背けながらも、「助けて」と言われて耳を傾けないわけにはいかない。

 上気した頬、濡れた髪と睫毛が色っぽいなぁなんて思いながら話を聞いていると、紫はありえないことを言いやがった。


「替えの下着持ってくるの忘れたの……取ってきて?」


「は????」


「部屋にある、タンスの一番上の引き出しにあるから。部屋のカードキーはそこ……」


 そういって、平然と洗面台を示す幼馴染。


 その表情は相変わらずどこか抜けててぽやっとしているが、言っていることはとんでもない。


「僕に! お前の下着を取ってこいって言うのか!? 部屋に入って!?」


「うん」


 ……くそっ! それがどういうことを意味するのか、それでどれだけ僕の理性が揺さぶられるのか、まるでわかっていない顔! ここまで鈍感だとムカつくよ!


「……お願い」


 ああくそ!! 上目遣い可愛い!!!!


 僕は仕方なくカードキーを手にして紫の部屋を物色した。


 言われた通り、タンスの一番上の引き出しから、一番手前にあったピンクのブラジャーとショーツを手にする。


(……G、ねぇ……)


 あまりのデカさに思わずサイズを見てしまった。

 風呂場のガラス越しに見たあの胸がGかと思うとそわそわしてしまう。


(でも待てよ。もし下着しか持っていかなかったら、また下着姿で出て来るってことだろ? せめてパジャマも持っていこう……パジャマはどこだ?)


 パッと部屋を見回すが、それらしきものが置いてある気配はない。


(違う引き出し? もしくはベッド下の収納……)


 本当はいけないとは思いつつも、パジャマを探して部屋を物色していると、ふとベッドわきに飾ってある大きなくまのぬいぐるみに目が留まる。


(あれ……僕が、十歳の誕生日に紫に贈ったやつだ)


 そのぬいぐるみは随分とくたびれていて、毎晩抱きかかえられているのか、くったりと枕に寄りかかるようにして安置されていた。


(紫のやつ、ひょっとして、毎晩アレを抱いて……?)


 思わず、口元を抑える。

 頬が熱くなって、嬉しさがこみ上げて……


 ああもう。どうして……


 余計に、好きになっちまった。


 ◇


 結局パジャマが見つからず、せめてバスタオルを羽織らせようと、下着とタオルを手にして風呂場に戻ると、紫の姿はすでになかった。


(は? 服もないのに、どこへ……)


 イヤな予感がしてリビングに戻ると、そこには、バスタオル一枚に身を包んだ幼馴染が立っていた。


「あ。式部」


「…………」


「遅いから先に出ちゃった。服、ありがとう」


「ああ、いや。それはいいんだけどさ……」


 お前、ひょっとして、その下裸ってことか?


「最初からこうしていればよかったねぇ。バスタオルなら浴室にあるもん」


 いや。だからってソレ一枚で出てくるのはどうなんだよ?


 バスタオル一枚姿の幼馴染を前にして、僕が手を出さないとでも思っているのか?

 そのままソファに押し倒されたらどうしようとか、思わないわけ?


「僕、一応男なんだけど……」


「……? 知ってるよ?」


「……ッ!」


 くそ! 何もわかってないじゃないか!!

 僕が今そのタオルを引き剥がしたらどうなるか、微塵も考えていないだろ!!


「……いいから、早く服を着ろ! もちろん自分の部屋でな!!」


 僕は全身全霊で視線を逸らして、下着とタオルを投げつけた。

 紫はそれをわたわたと受け取り、どうして怒られているのかわからずに首をかしげて部屋に向かう。


 すれ違いざまに、「式部、ありがとう」と呟いて。


 ふわりと薫るシャンプーの匂いと、囁くような紫の声。

 僕は、この胸に残るあたたかさを守るために、今日も色々と我慢しているんだと噛み締めた。


 そうして、紫のいなくなったリビングのソファに沈み込んでため息を吐く。


「はぁ~~~~。同棲とか、マジで心臓に悪いってぇ……」


 だが。数分して紫がゆるふわパジャマに身を包んで出てきて、「式部、一緒にアイス食べよう?」なんてソファの隣に腰かけてくるから……


「クッキーアンドクリームでよかった? 半分こしよ。……はい。あーん」


(ああ、もう……! )


 同棲――もとい、僕の幼馴染……!

 最高かよ……!


 と。絆されるより他なかった。

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