第21話 愛犬の話と婚約成立


「あ、愛犬? い、犬を買っているのか、貴殿は?」


「はい。子供の頃から飼っている犬で、俺の親友です。ポッピーが心の支えになってくれたおかげで俺は他の貴族からの悪意を乗り越えられたんです」


「そ、そうなのか……それは、よかった……」



ノゲムスは愛犬が心の支えになったと言うハラドにちょっと微妙な気持ちだったが、アスーナの方は違った。



「素敵です! 犬って可愛らしくすぐに懐いてくれて本当に大事にしたくなりますものね! その気持よくわかりますわ!」


「おお、流石はアスーナ嬢! やっぱりわかってくれるんだね!」


「私も幼い頃に愛犬のクロットと一緒に遊んだ思い出があるのです。あの子は初めて会った時から最後まで私の最高の友達でしたからハラド様のお気持ちがよく理解できます!」


「なんてことだ……俺達は似た者同士だったんだな!」



互いの愛犬のことで意気投合し合うアスーナとハラドはいつになく興奮気味になった。そして、そのまま互いの愛犬の話に入ってしまった。二人だけの世界の構築だ。



「あ……そこで意気投合するのか……」



意気投合するきっかけが見つかって楽しそうに会話するアスーナに苦笑いするノゲムス。その一方で、自分の娘が新しい婚約者と楽しそうに会話する姿を眺めていると微笑ましく思う。



「アスーナの笑顔……久しぶりに見た気がするな……」


「父上……」


「旦那様、私もです」



アスーナの笑顔、それは嘘偽りの無い本当の笑顔のことだ。貴族令嬢としてアスーナは笑顔を絶やさない努力をしてきたため、滅多に本当の笑顔を見せることはなかった。特に、カリブラがそばにいる時はまずありえないくらいに。



(……思えば、あのカリブラ・ゲムデス侯爵令息と婚約してからは内気なアスーナはより控えめな娘になってしまった。そんなアスーナとは反対にソルティアは自分勝手な娘になった……いや、ソルティアの性格は私のせい……)



アスーナとソルティアの母でありノゲムスの妻ハテナ・ブラアランはすでに故人。彼女は青髪で桃色の瞳、ソルティアは瞳の色以外は母親に極端に似ていたため、ノゲムスはソルティアのことを非常に甘やかしアスーナも子供の頃は可愛がっていた。


そしてそれが、ソルティアの我儘な性格を形成したとノゲムスは後悔している。アスーナをカリブラと婚約させたことと同じくらいに。



「父上、社交界でハラド殿は好青年で通っています。私はハラド殿がカリブラ殿と違ってアスーナを大事にしてくれると思っています。二人の婚約のことは賛成できます。ソルティアは違いますが……」


「リボール……」


「旦那様、アスーナお嬢様があのままカリブラ様と婚約されても幸せになれないと私も思っておりました。ハラド様が公爵家だからということもありますが、これは思わぬ良縁だと思われます」


「チャーリー……」



嫡男と執事にハラドとの婚約を受け入れるべきだと促されるノゲムスは、あらためて楽しそうに語り合うアスーナとハラドの二人を眺めて決心がついた。



(今度こそ……アスーナのためになるのなら……)



この後すぐに、ハラドの父グラファイト公爵その人との話し合いの末にアスーナとハラドの婚約が正式なものとなった。

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