初任務:1

「赤亡くん、ちょっと待って」

 歩く赤亡を止めようと血走が声を掛ける。

「何です?」

「いや、君の能力がマジでわかんないからさ、心配なんだよ」

「心配するとこ間違ってます。殺してくるような敵を僕がやらないといけないんですか?ここ最近、ずっとあの…アジト?みたいなとこにいたせいで、筋肉が弱ってる気がします」

「ずっと肌を刺してたもんね、筋トレとかそんなになかった」

「それに、人間の時から僕、モヤシもいいとこでしたよ?聴いた話、今から僕がやる人ゴリラみたいな人らしいし」

「まー何とかなるでしょ。団長が言ってるし間違いない」

「そう…なんですかね」

 依然として俯いたままの赤亡。

「んー、憂いたって現状は一切変わらないよ。希望があるとすれば、団長の知り合いに刃血鬼研究してる刃血鬼がいたから、その人に何かしてもらうとか…かな」

 赤亡の、生気の籠もっていなかった目が、再び光を取り戻した。

「ちょ、そんな目輝かせないでよ。希望だよ?希望」

「1%でもあれば、期待できます」

「妙なとこポジティブだよね…」

 呆れたように血走が言う。

「で、どこにいるの?その震奮とかいうのは」

「うーん、200mくらい先の角を左折して、50mくらい歩けと」

「なるほどね。成務票は性格だからさ、示す目標の居場所は的確なんだよ。しっかり取り込まれてるね」

「あの紙が体内に入ったというのも、あんまり良い気持ちはしませんけどね」

 発言はネガティブだが、その視線の先は地面ではなく前だ。幾分か気持ちは晴れたと言えよう。

「それにしても、ここって大通りなのに全然人いませんね」

「今深夜2時くらいだから。酔っぱらいくらいしかいないでしょ」

「ネクタイを頭に巻いて寿司持ってるおっさんなんていませんけど」

「いつの話してるの?ドラえもんくらいでしょ現代でそれやってるの」

 会話をしながら歩き続ける二人。

 指示通り、200mほど進んだ先に合った角を曲がると、見るからにマフィアのボスのような巨漢が歩いていた。

「うわー、単独で道塞いでるよあいつ。でかすぎでしょ」

「…え?僕今からあれとやり合わないといけないんですか?」

「そだよ。何回も言うけど、当たんなけりゃ大丈夫だから。どうする?私の刃術で吹っ飛ばしてやるけど」

「刃術…?」

血飛沫の輪イネルデストロピレ

 血走は、その場に人一人通れる位の輪を生成した。

「これくぐると、勢いよく射出されるよ。人間大砲みたいな感じ。マ〇オギャラ〇シーのスー〇ースターリ〇グとでも言えば良いのかな」

 血飛沫の輪、血走が使用する刃術。通った物を指定した方向に飛ばすリングを生成する。効果を丁寧に、伏せ字を付けながら血走は説明した。

「んじゃ、行ってきな」

 そう言って、血走は赤亡の背中を蹴り飛ばし、リングに押し込んだ。

「やめ――」

 抵抗も虚しく、赤亡は震奮と思われる巨漢の下へ飛ばされた。

「…ええい、ままよ!」

 赤亡は腹をくくり、リングによる加速を利用して、巨漢の背中を突き刺した。

(うわ、嫌な感触。でもやるしか…)

 刺して最初に感じたのが嫌悪感である点が、彼の性質を物語っている。

「うっ…何だぁ?」

 赤亡は刺してから、全力で血走と心做を恨んだ。

 高い壁、などというレベルではない。丸腰でスカイツリーを登れと言われたような荒唐無稽、目に見えて不可能。

 ネガティブな言葉が更に数を増し、赤亡の頭の中に溢れ出す。

「弱そうなガキだな…オラっ!」

 背中に張り付いた赤亡を振り落とし、頭を掴む。

「ぐっ…あぁぁ!」

「生意気だな…この俺、震奮に勝負を挑むなど――」

「…上に注意しなよ…!」

「何?」

 促され、震奮は上を向いた。直後、空から血刃が飛んできて、震奮の右目に直撃したのだ。

「ごがぁっ!」

 思わず手を放す震奮。

(危なかった…成功してよかったよ。計算通りになった)

 掴まれている赤亡は背後で手を組み、血刃を引き抜いて、ほとんど真上の方向に弾き飛ばした。それが落下し、震奮の目を潰したというトリックだ。

「おい聞いてねえぞ…」

 目を押さえながら震奮が呟く。一方で、赤亡は己に言い聞かせた。

「僕は…戦える」

 しっかりと向き合った赤亡に対して、震奮は言い放った。

「上等だ…原型も残らないほど、ボコボコに殴り殺してやる」

 拳を撃ち込もうとする震奮。

 対し赤亡は接近し、己の血刃を震奮の拳に突き刺す。

 拳の勢いで血刃は深々と刺さり、一瞬怯む震奮。

 急所を刺そうと更に接近する赤亡。

「舐めるな…ガキが!」

 赤亡の血刃が胸の皮膚を貫く直前、震奮は右手でその刃を握り、血刃を奪い取った。

「ちょ!?」

 更に左手で殴り飛ばし、建物にぶつけた。

「さっきまでの威勢はどこへ行った?よくも俺を挑発しようなどと思ったな」

「…」

「返答する気力すら残っていないか。よかろう、せめて痛みを与えず殺してやる」

「…脳筋かな?判断すりゃよかったのに」

「何だと?」

「僕はまだ負けてない。布石は既に打ってある」

 赤亡は不敵な笑みを浮かべた。

 片方だけ割れたメガネの裏、赤亡は静かに震奮を窺っていた。

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