共同戦線
「現在、地下公道の外壁の一部が破られて、そこから地下生息型の魔物が侵入してきている状態だ。お前の役目は外壁を修理する
「————分かってる」
入口の封鎖をしていた教師に一言返し、問題の場所へと急ぐべく走り出す。
薄暗い空間に等間隔で点けられた明かりが線を引き、後ろへと流れていく。
◇
「——チッ。さっそく出やがったか」
全速力で駆け、三分間くらい走り続けた場所でさっそく魔物に遭遇した。
人の腰ほどまである、ブヨブヨとした皮膚に覆われている胴体。足などの部位が全く無く、胴体を伸縮させることで移動する魔物。
地下生息型の魔物の代表例のような魔物——「ワーム」と呼ばれるそれを、真っ二つに斬りつけながら飛び越えて、再び目的の場所へと走り出す。
ワームはゴブリン同様、比較的弱い魔物の類であり、一太刀で簡単に絶命する。
「何やってんだ、あいつら——ッ‼」
そんなワームを仕留め損ねて、公道全体に広がっているのは異常事態でしかない。
想定していたよりも更に悪化している事態を幻視して、走る速度をさらに上げた。
教師の話ではすぐ近くだと言っていたはずだが、嘘のように遠く感じる。
「————あれか!」
走り続けること五分、ようやく外壁が壊れた場所へと到着した。
だが、外壁の穴が想像以上に大きい。ワームが余裕で五体は出てこれるほどの巨大な穴だ。
道中でワームと遭遇した理由は恐らく数のせいだろう。
「伏せろ——ッ‼」
止まることなく涌き出てくるワームと交戦している中で伏せた生徒を飛び越え、ワームが集中している穴の付近に剣を振り下ろしながら着地する。
そうして、一気に数十体のワームが肉片と化した。
「ユーリス⁉ なぜ君がここにいる! それに、その服装は何だ!」
「うるせぇ、話は後だ! 油断したらすぐにまた涌き出すぞ‼」
俺が突然出てきたことに目を丸くしたクルトに喝を入れ、一瞬目を離した大穴へと顔を向ける。
そのわずか一瞬で、十はいそうなワームの群れが今まさに穴から出ようとしていた。
「クソ——ッ! 次から次へと出てきやがって……!」
「おい、ユーリス! 君が来たということは援軍が来てるのか⁉」
「来てねぇよ! 口動かす暇があったら一匹でも多く殺せ‼」
言いながら、ワームを次々に斬り捨てていく。その間、他の生徒が全く動いていない。
俺とクルトの二人だけしか機能していない状況。完全に足手まといだ。
「おい、お前ら! 突っ立ってるだけなら帰れ! 邪魔だ!」
その言葉に戸惑いながらも他の生徒が動き出す。結果、徐々にではあるがワームの勢いが弱まった。
「な、なぁ! 制服着てない奴! ワームを殺さなくても、足止めさえしてくれりゃあ穴は直せるぞ⁉」
「そんなことは分かってんだよ‼」
穴から次々にワームが出てくる現状では、足止めをする以前の話だ。
ひとまず、涌き出てくるワームを一旦止めるしかない。でないと修復作業を開始する事すらできないのだから。
——だが、ワームの勢いを一旦でいいから止める方法が無い。
「——クルト! お前の聖剣でワームを押し返したり出来ないのか⁉」
「無理だ! 地下で僕の聖剣を使ったら全員溺死してしまう!」
使えない——という言葉の代わりに舌打ちを一つ打ち、状況を打開する方法を考える。
一番楽にワームの勢いを止めるにはマテリアルを使うのが手っ取り早いが、今この場にマテリアルは修理用のレンガしかない。が、それを積み上げたところでワームの勢いは止まらないだろう。
何より、地下に生息する魔物にマテリアルの効果は効きが薄い。
ならばどうするか。
マテリアルに頼れない以上、直接ワームの弱点を突くしかないが——、
「——! ラビ、お前の腰についてるランタン俺に寄こせ‼」
「はぁ⁉ なんでアンタに……」
「——早くしろ‼」
ワームに限らず、地下に生息する軟体の魔物は火に弱い。ランタンの火を種に、何かを燃やせばワームの勢いを止められるはずだ。
燃やす物についてもこの場で揃えられる。
「クルト、一瞬でいいからワームを押し返せ」
文句を言いながら放られたランタンを受け取り、シャツを脱いだ。これで準備は万端だ。
「ちょ、ちょっと待て! なぜ服を脱いだ⁉ 君は一体何をするつもり——」
「黙ってワームを押し返せ。役立たずが」
俺の物言いにクルトはまだ何か言いたそうにしていたものの、迫りくるワームに剣を振るう。
そうして大穴に向けてクルトは突きを放ち、這い出ようとしていたワーム含め、再び穴へと姿を消した。
——ここに来て初めてワームの姿を見ない時間が出来た。
その一瞬に脱いだ服を地面に叩きつけ、その上にランタンをぶん投げた。
全力で投げたランタンは服の上で壊れ、中にあった火が服へと落ちる。
瞬間、服が激しく燃え上がり、瞬く間に火から炎へと変わった。
「——服が燃え尽きるまではワームは出てこないだろ。後はアンタらの番だ」
「お、おう——!」
戸惑いながらも威勢のいい返事を返し、修繕の準備を始める技師——を見ながら壁に寄り掛かり座った。
地下で太陽の光が届かないせいか、少し肌寒く感じる。
「アンタ、バカでしょ。自分の服を燃やすって何を考えてるわけ?」
「なら、他に何か燃やす物があったってのか? ないだろ」
「服の代わりになる物はいくらでもあったでしょうが!」
「——ハハハ。あんちゃん、言ってくれれば使わない材料貸してやったぜ?」
俺とラビが会話していた所、会話に入ってきた技師の一人がドヤ顔と共に荷物を指した。
「仕事に集中しろよ……。要らないもので燃える物があるなら継ぎ足せばいい。服を燃やした炎じゃ、長くは続かないだろうからな」
「おぉ、確かにその通りだな! そうすることにするわ!」
「————少し考えればわかるだろ」
笑いながら技師が仕事に戻っていき、その技師の考え無しな言動に呆れた。
「——それはそうと、ランタンの弁償、してくれるんでしょうね」
——やっぱり、そういう話になってくるか。
特に意味もなくクルトの方を眺めていた俺は、ラビが振ってきた弁償の話にビクついた。
何しろ、俺は金を持っていない。
「……どうせ、学園からの支給品だろ。弁償なんてするか」
「あれは、私が自腹で買った、お気に入りなの! ——弁償しなかったらどうなるか、分かってるんでしょうね?」
最悪だ。よりにもよってお気に入りだったのか、あれ。
「後で……後で弁償してやる」
「後っていつかしら? はっきりさせて貰わないと信用できないのだけど」
「後は後だ。少なくとも今じゃない——」
俺がラビにそう言った時——、半分ほど塞がれた穴から地響きが聞こえ、公道が激しく揺れた。
「————穴から離れろッ‼」
作業をしていた技師たちに注意を促すのとほぼ同時、塞がれかけていた穴を再び突き破って、赤い巨体が俺たちを分断しながら公道内に姿を現した。
「……うそ、でしょ」
ラビの震えた畏怖混じりの驚嘆は、突如として現れた魔物の咆哮にかき消された。
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