ピリオド




 死ね、消えろ、出てくるな——。


 その他、様々な罵声が俺の耳に届く。だが——ただ、聞こえているだけだ。

 その言葉を、意味を、感情を……読み取れるわけじゃない。

 まるで麻痺毒を浴びたように、何も感じない。


飛んでくる罵声の意味を理解しようとする気にもなれず、そればかりか、対面しているクルトに対しても何も感じなくなった。


以前はウザい、目障りだ——そう思っていたはずなのだが。


「——よく、逃げ出さなかったな?」

「僕は……君から謝罪の言葉を聞くまで負けるつもりは無い」


 そう言ってクルトが木剣を構えた——が、剣先が僅かに震えている。


「そんなビビるな。楽しみにしてたんだよ……お前より俺の方が強いと証明できる機会を」

「——御前選定戦、決勝戦。……始めッ!」




   ◇





「————始めッ!」


 その合図とともに、俺はクルトへと一直線に斬りかかった。

 しかし——木剣がクルトの体に触れることはなく、寸での所で防がれる。


「——くッ!」

「——あぁ、いいぞ。こんなあいさつ代わりの一撃で終わらなくて良かった……な‼」


 語りかけながら防がれた攻撃を力任せに振りぬき、クルトの防御ごと吹き飛ばした——つもりだったのだが、せいぜい後ろ滑りする程度だ。


「——チッ」


 嫌な感触がする。

俺の攻撃を受け止めるので精一杯のくせに、俺が思い描いたようにはならない。聖剣使いの恩恵だとでもいうのだろうか。だとしたら余計に怒りが増すだけだが。


「——言ったはずだ。僕は君に負けるつもりは無い」

「……だったら今すぐ俺を倒してみろよッ‼」


 ——いちいちムカつく奴だ。


 喋る言葉も、戦い方も、存在も。その全てが俺の神経を逆なでしてくる。

 クルトが視界の中にいるだけで、俺の怒りはどんどんヒートアップしていく。

 そんな怒りに身を任せて攻撃するが——案の定、必死に食らいつかれて俺の攻撃は弾かれるばかりだ。


「まさか、攻撃を防いだだけで満足してるんじゃないだろうな‼ そんなんじゃいつまで経っても俺を倒せねぇぞ⁉」

「……そう言うのなら、早く僕を殺してみたらどうだ?」

「——上等だ、お望み通りぶっ殺してやるよ!」


木剣と木剣がぶつかり合い、場内に剣戟の音が響く。

 しかしその音は、およそ木剣同士がぶつかり合ったとは思えないほど激しく、苛烈。

 ——だが、足りない。こんなものでは。

俺が聖剣を使っていないクルトに勝つのは当然なんだ。聖剣を使ったクルトを倒してこそ意味がある。


「——おい、クルト。聖剣を使え」


 その言葉に驚いたのか、中途半端に振られた剣をクルトの手から弾いて落とさせた。


「聞き、間違いか——? 今、聖剣を使えと言ったのは」

「間違いじゃねぇよ。とっとと聖剣を使え。今のお前じゃ相手にならない」

「な、何を言っているラルカディ! この試合では木剣以外の使用は認められていない!」


 そう騒ぎ立てる審判を睨みつけて黙らせ、クルトに聖剣を使うように促す。


「早くしろ。ハンデをやるって言ってやってんだよ」

「生憎だが、僕は君にハンデをもらうほど弱くはないんだ」


 上目で睨みながらそう言うクルトに俺は殺意を覚えた。


 当然だが、今の俺はかなり手を抜いている。

 はっきり言ってクルトは弱い。俺が本気で戦ったら、他の奴と同じように一瞬で決着がつくだろう。

だが、そうしていないのは決勝戦だからであり、相手がクルトだからだ。


 聖剣の使い手であれば、他の奴と比べて少しは楽しめるだろうと——。


 そう思って、試合直後に決着をつけることをせず、わざわざ手を抜いてやったというのに。

 クルトがそれすら分からず、俺と対等に戦えていると思い込むほど愚かだとはとは思わなかった。


「……あぁ、もういい。お前に何言っても無駄だってのは、よく分かった」


 足だけに力を入れてクルトとの距離を一気に詰める。それに反応してクルトが防御の構えを取ったが、その防御ごとクルトを吹き飛ばした。


「何言っても無駄なら体に叩きこむしかねぇよな」


 俺の攻撃を受けきれず、体を強く地面に打って苦しそうな声を上げるクルトに歩み寄る。

 そうして、倒れたままのクルトに再び剣を振った。


「がは……ッ!」

「いつから……俺とお前が同等だと勘違いしたんだ? 言っておくが、お前と戦ってる間、俺は少しも本気を出してない」


 そう言いながら、何度もクルトを剣で殴っていく——。

 聖剣を使えと言っても通じないのであれば、使わざるを得ない状況にするだけだ。


「俺が少し力を込めただけでこの様だ。所詮お前は聖剣を使えなかったら、ただの雑魚でしかない。そんなお前が騎士団長になれるわけないだろ?」


「……少なくとも、君よりは僕の方が騎士団長に向いている」

「向いている? ……どこがだよ‼」


 未だ状況を理解せず、倒れたままそんなことを言うクルトを、俺は思いっきり蹴り上げた。


「無様に倒れてるだけのお前が、どうして騎士団長になれるんだ? 力がないのにどうやって他人を守るんだ? ——守れるわけねぇよな‼ 弱い奴は魔物に殺されるだけだ‼ ……こんな風にな‼」


 言い切って、今度は蹴り飛ばした。

 そうやって俺がクルトを攻撃するたびに、場内に嵐のようなブーイングが巻き起こる。


「——強くなかったら何も守れない。だから、お前より強い俺が騎士団長になるのは当然だろうが」

「————君は間違ってる」


 よろめきながらも、立ち上がろうとするクルトを再び蹴り飛ばそうとした時——、かすれた声でそう言ったクルトに、俺は蹴るのを止めた。


「たしかに強さは大事だ。……だが、それは君のような強さじゃない」


 クルトが立ち上がって、右手を前に突き出した——その右手が青い光に包まれていく。

 その光が強くなり、徐々に寄り集まって剣の形を作り出した。


「……だから、騎士団長になるのは僕だ。……顕現せよ《アクティベート》、アクエリオス!」


 光が実体となって、一本の美麗な剣が空中に現れた。

 その剣を握りしめたクルトは、まさに「騎士」という言葉を体現している様だった。

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