独りぼっち




 ——だが、それはどうやら無駄なことらしい。


 今俺の前にいるヤツらはただのゴミだ。聖剣を持っている奴が強いのは当たり前だと言い、自分たちがそれより弱いのは普通だ——と、言った。

 それはつまり、こいつらには強くなろうという意思すらもない訳だ。

 聖剣を持っている奴が強いのは当たり前。そして普通の俺らが聖剣使いより弱いのは当然。


 だから俺たちは聖剣使いに寄生すればいい——と、こいつらはそう言っている訳だ。


 自分で自分のことを磨く努力もせず、聖剣を超えようと努力している人間を——この俺を笑いやがった。


 ——そんな腐った奴らを生かしておく意味がどこにある?


 力が無いから大人しく守られているだけならまだ良かった。だがこいつらは、自分から望んで騎士になりたいと思い学園に来たはずだろう。


 ——それがこの程度なのか?


 だったら騎士団は何のためにあるんだ。


 ふざけるなよ。


 何のために優遇されてるんだ。力のない国民を見捨ててこいつらを助けることに何の意味があるんだ⁉


「フ、フ……。ハッ——ハハハハ‼」


 あぁ、そうじゃないか。

 ゴミはゴミ箱に捨てて処分するのは当然だろう。——なら、ゴミクズを殺して処分するのも当然だ。


「ユ、ユーリス、君…………?」


 プリックが俺の名前を呼んでいるが関係ない。俺はこいつらを一人残らず殺してやる。


「——騎士団は今日をもって解散だ。これからは騎士団長の俺一人だけでいい」


 ——気分がいい。


 今なら現騎士団長でさえも相手にならない——そんな万能感を感じる。


「—————ユーリス・ラルカディ。順番です。待合室から出て、準備してください」


 次の対戦カードを告げる拡声器の音が俺の名前を告げた。その瞬間、待合室にいるすべての人間の顔が引き攣った。


「……さぁ、最初の犠牲者はどいつだ?」


 ——そう言った俺の顔は、まるで悪魔のように目を見開いて、口角がありえない程上がっていたのだろう。


 俺を見る奴らの顔が、完全に捕食される前の小動物のそれだった。


   ◇


「それでは、両者構えて。——始め!」

 

 審判が開始の合図をかけ、試合が始まった。

 それと同時に俺は、手に握った木剣を体の中心に構えたのだが——、


「ひ——ッ‼」


 対戦相手は短い悲鳴を上げて、完全に戦意喪失している。

 奇しくも最初に俺と対戦することになったのは、数分前に待合室で俺のことをコケにしてきた奴だった。


「——? 君、体長でも悪いのか? だったら棄権すると宣言してくれ」

「……! 分かりました! き、きけ————」

「——逃がす訳ないだろ? クズが」


 そう言い放ち、今まさに棄権しようと手を上げたその腕を全力で横に薙ぎ払った。


「——あがッ⁉」

「何、棄権しようとしてんだ? 許すわけがないだろ。お前はこのまま死ぬまで俺に殴られ続けるんだ」

「——っざけんなよ‼ 俺がお前に何かしたか⁉ さっき言ったことが気に障ったんなら謝るからさぁ‼」

「——もう遅ぇんだよ。残念だったな」


 ——バカなヤツだ。

 俺に何かを言う余裕があるなら、その間に危険を宣言すればいいものを。

 そう思いながら、腕を抱えて蹲っているままのそいつを蹴り飛ばしてさらに痛めつけていく。


「どうした——? もう喋れなくなったのか? 言っておくが棄権させるつもりは無いからな」


 話しかけても反応してこない——というよりは痛みでそれどころじゃないのか、低い唸り声をあげている。そうして地面で丸くなっているそいつに、今度は剣で頭をぶん殴った。


「あぁ、それと。言い忘れていたが反撃するなら好きにしろ。まぁ、無駄だろうけどな」


 そう言い、さっき嘲笑われたことの仕返しに嘲笑する。

 

 ——そうして、一方的に殴り続けてから一分が経過した頃だろうか。


「——や、やめなさい‼ もう勝負はついているだろう⁉」

「てめぇが勝者を宣言してねぇんだろうが。俺のせいにすんじゃねぇよ」


 俺がそう言ったことで、審判が慌てて試合終了を宣言する。


「————チッ」


 あと少し時間があれば本当にコイツを殺せた。それを止められたことにイライラが募る。


「い、今舌打ちをしたのか君は⁉ あと少しで死んでいたかもしれないんだぞ⁉」


 生存確認をされた後、担架で運ばれていった奴を見ながらした舌打ちに審判が反応した。


「——だったらなんだ」

「……は?」

「俺はアイツを殺すつもりだった。それを寸でのところで邪魔されたから舌打ちしただけだ。アンタのせいでな」

「しょ、正気なのか⁉ 魔物ならまだしも……同じ人間なんだぞ⁉」


 正気なのか——だと? 俺は至って正気だ。だからこそあいつらを殺すんだろう。 


「ガタガタうるせぇよ。俺とあのクズが同じな訳ないだろうが」

「ひ————ッ‼」


 俺が審判を睨みつけるとさっきの奴と同様に短い悲鳴を上げ、その場に尻餅をついた。

 それに何の感情も抱くことなく、待合室へと戻る——その部屋に入る前に観客席が気になって、ついと観客席に目を向けた。


 そこには、目の前で行われた惨状に眉を顰める人間しかいなかった。

 歓声はおろか、ブーイングの一つすら聞こえない。ただ目の前で起こった出来事に「ありえない」と目を見開いているだけだ。

 

 ——こうなることは大体予想していた。


 というか、試合中も全く歓声が聞こえなかったのだから当然だろう。


「…………ハハ」


 ——さっきまでの喧騒とは打って変わって静寂に包まれたコロッセオの中で、俺の乾いた笑い声だけが聞こえた。

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